魔弾の射手
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第三幕その六
第三幕その六
「領主殿」
彼はオットカールに声をかけてきた。
「貴方は」
オットカールは彼の姿を認めてハッとした。
「隠者様。どうしてここに」
彼こそアガーテに白薔薇を授けた隠者その人であった。
「その若者について貴方は御存知の筈ですが」
隠者は静かな声でオットカールに語りかけてきた。
「私もその若者については聞いておりますぞ」
「はい」
オットカールはそれに頷いた。
「私も彼についてはよく知っているつもりです。しかし」
「罪は許せないと仰りたいのですな」
「はい」
彼はそれを認めた。
「罪は罪です。しかも魔王の力を借りた」
「そそのかされて」
「それでも罪は罪です」
「領主殿」
彼は少し語気を強くさせた。
「神は慈悲を望んでおられます」
「しかし」
「御聞きなさい」
隠者は今度は優しい声でそう語りかけた。
「御自身の中に聞こえる神の御言葉を」
「私の中に」
「そうです。何と言っておられます?」
「それは」
隠者の言う通りであった。オットカールもそれを認めた。だがやはり法への意識が彼の心にあった。
「ですが」
「仰りたいことはわかります」
隠者は言った。
「ではこうしてはどうですかな」
「どうするおつもりですか?」
オットカールは問うた。
「彼に一年の猶予を。罪は犯しましたがその心は清く、そして悔いておりますから」
「一年ですか」
「左様、そして一年後のこの日に」
「再び試験射撃を行うべしということですね」
「そうです、そうすべきかと」
「わかりました」
オットカールはそれに頷いた。
「全ては神の望まれる通りに」
「左様、そうされるべきです」
隠者の目が温かくなった。
「神こそが法なのですから」
皆隠者を尊敬の目で見ていた。だが彼はそれに奢ることなくマックスをオットカールの前に連れて行った。
「さあ領主殿」
「はい」
「この純粋な若者に今神の御加護を」
「わかりました」
オットカールは頷く。そして彼はマックスが前に来るとまずその名を呼んだ。
「マックスよ」
「はい」
マックスはそれに応えた。
「神の恩恵が与えられた。そなたに一年の時が与えられたのだ」
「はい」
「私は待っているぞ。そなたが一年後アガーテと結ばれるのを」
「わかりました」
彼は謹んで頭を垂れた。
「神の示される神聖な正義と義務に従いましょう」
「うむ、頼むぞ」
オットカールの声も温かいものになっていた。隠者に示された神の心に触れたからであった。
「そう、これでいいのだ」
隠者は跪くマックスの姿を見てそう言った。
「罪は清められる。そして清められた若者はまた歩きはじめるのだ。これでよいのだ」
「隠者様」
アガーテが彼の前にやって来た。
「有り難うございます。私だけでなくマックスまで」
「清らかな娘よ」
隠者は彼女に声をかけた。やはり温かい声であった。
「私の力ではない。全ては神の御力だ」
「神の」
「そうだ。だから全ては神に感謝するのだ。私ではなくな」
「はい・・・・・・」
アガーテはその言葉に頷いた。
「全ては神の思し召し。それに心から感謝致します」
「うむ、それでよい」
隠者は目を細めた。クーノがそこに来る。
「アガーテ」
「はい」
娘に声をかける。アガーテはそれを受けて顔を上げた。
「一年待つのだ、よいな」
「はい」
「マックスは一年の間により立派になる。そして御前を迎えに来るだろう。そうだな、マックス」
「はい」
立ち上がっていたマックスは彼の言葉に頷いた。
「必ずや。その時までお待ち下さい」
「うむ」
クーノはそれを受けて力強く頷いた。エンヒェンも出て来た。
「お嬢様」
彼女はアガーテに声をかけた。
「その時はまたその服を着ましょう。そしてその時こそ」
「ええ」
アガーテは頷いた。
「私はその時は心揺れることなく向かいましょう」
「はい」
エンヒェンも笑顔で頷いた。全てを見届けた隠者はここで全ての者に語りかけた。
「全ては神の御心。我々はその慈悲に感謝するべし」
「はい」
皆彼の後ろに集まって来た。
「天を見よ、主が我等を見ておられる」
太陽が輝いていた。それはそこにいる全ての者を照らしている。
「清らかな心を持つ者は神の情を受ける」
「そして我等はここにいる」
「その通り」
隠者はその言葉に頷いた。
「さあ祝おう、そして感謝しよう。この神の温かき御心に。我等を愛し、そして祝福して下さるその慈悲深き神に」
皆天に祈っていた。罪が清められ、赦されたことに深く感謝の念を抱き続けそこで跪き祈っていた。来るべき幸福の日を信じながら。
魔弾の射手 完
2005・1・13
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