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メリー=ウイドゥ

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第一幕その二


第一幕その二

「さて、マダム」
 気取った声で男爵夫人に声をかけている。
「私は貴女に申し上げたいことがあります」
「それは何でしょうか」
「はい。私は今恋をしております」
 お決まりの言葉を平然と述べる。
「誰にでしょうか?」
「女神に」
 じっと男爵夫人を見詰めて言う。
「宜しいでしょうか」
「さて、女神とは結ばれませんが」
 男爵夫人はそんな彼の言葉をまずはかわしてきた。
「それはどうでしょうか」
「だからこそです」
 しかしカミーユも負けない。また男爵夫人に顔を向けて言うのだった。
「私はその女神の心を手に入れたいのです」
「女神は火遊びはしないもの」
「アフロディーテは火遊びが好きでしたが」
 ギリシア神話の愛の女神を出す。笑ってこう述べる。
「それはどうでしょうか」
「女神にも色々ありますわ」
 夫人はまた笑って応える。
「それは御存知では?」
「さて」
 その言葉にはとぼけてみせる。
「そんなことは記憶にありません」
「では御存知あそばせ」
 また笑って返す。
「それについても」
「では教えて下さい」
 カミーユは負けない。そう言ってすかさず男爵夫人に問う、
「別の場所で」
「どうしましょう」
 はぐらかしはするが隣の部屋に目をやる。
「それについては」
「光の中と闇の中では世界も違うもの」
 詩人のようにして言う。
「今は光の中でのお言葉ですが闇の中では」
「どうでしょうか」
「それを知りたいものですが」
「あらあら」
 そんなことを話していた。男爵は男爵で四国の者達と話をしていた。
「然るに男爵」
「はい」
 日本人の言葉に顔を向ける。
「大使閣下はどちらでしょうか」
「今はここにはおられません」
 男爵はそう日本人に告げる。
「残念ですが」
「それはまたどうして」
「ははあ、わかりましたぞ」
 中国人がここで思わせぶりに言う。
「クラブですかな」
「するとですな」
 ロシア人がそれを聞いて楽しそうに笑う。
「恋人のところで」
「いや、閣下も隅には置けない」
 アメリカ人もここで笑う。
「ああ見えて」
「実はですね」
 男爵はここで言ってきた。
「伯爵は相思相愛の方がおられたそうでして」
「ほう」
「それは初耳です」
 四国の者達はそれを聞いて目をしばたかせてきた。
「しかし夢破れて」
「といったところでしょうかな」
「まあそこまでは存じませんが」
 男爵はここでは言葉尻を捕まえられるのを気にしたのかとぼけてきた。そのうえで話を変えようとしてきた。
「それでですな」
「いやいや」
「この話はもう少し」
 四国の外交官達は話をさらに聞こうとする。多分に興味本位である。しかし彼らにとってより興味のある話が自分からやって来たのであった。
「男爵」 
 若い大使館のスタッフが彼のところにやって来た。
「あの方が来られました」
「あの方が」
「はい」
 スタッフは男爵の言葉に頷く。すると男爵だけでなく四国の外交官達の顔色も変わってきた。
「来られましたな」
「ええ、遂に」
 彼等は顔を見合わせてそれぞれ話をはじめた。仲良くというよりは互いに抜け駆けを許さない、そうした感じで話を進めていた。
「グラヴァリ夫人が来られるとはな」
 男爵はあの方の名をここで口にした。
「それでどうされますか?」
「まさかお断りするわけにもいくまい」
 そうスタッフに述べる。
「何しろ我が国最大の富豪だ。若しも機嫌を損ねたら」
「大変なことになりますからな」
「そうだ」
 彼は言う。
 
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