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灯り

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第二章

「百歳を超え素性もわからぬ」
「一体どういう御仁でござろうか」
「全くわかりませんな」
「そうですな」
 誰も天海のことを詳しく知らなかった。しかも天海自身も多くは語らない。
 ある日彼に弟子達がそのことを聞いたが彼は笑ってこう言うだけだった。
「ははは、忘れたわ」
「えっ、忘れたとは」
「それは」
「長生きし過ぎて忘れたわ」
 こう言うのだった。
「そんなことはな」
「あの、ご自身の生まれをですか」
「それをですか」
「そうじゃ、忘れた」
 そうなったというのだ。
「もうな」
「いえ、それは何でも」
「幾ら何でもないのでは」
 弟子達はいぶかしむ顔で彼に返した。
「ご自身のお生まれを忘れられるとは」
「それは」
「しかし忘れたことは確かじゃ」
 問われてもこう言うだけだった。
「もうな。百年前のことじゃぞ」
「だからですか。昔ですから」
「それでなのですか」
「そうじゃ。まあ世間ではわしのことを色々言っておるがな」
 このことは天海自身も知っていた。しかしそのことについて彼は特に何も悪く思わずにこう言うのだった。
「好きなだけ言わせておけばよい」
「ですか。それも」
「それもいいのですか」
「好きなだけ言えばよい。江戸の民達もな」
 彼等も天海についてはあれこれ言っていたのだ。そしてそのことについても言うのである。
「面白いわ」
「僧正様のお話を楽しんでいる」
「そうなっているというのですか」
「幾らでも言ってよい」
 天海はまた笑って言う。
「上様も幕臣のお歴々も民達もな」
「中には酷いことを言う者もいますが」
 弟子の一人が年齢を感じさせぬ大きな笑いを立てる天海に言った。
「何でも僧正様が人ではないとか」
「あやかしの類ではというのじゃな」
「何しろご高齢ですので」
 七十で古来稀なら百を超えればだ。
「そうした話も」
「他には仙人か」
「そう言う者もおります」
「わしは僧じゃが仙人ではないがのう」
「しかし神仙のことも御存知ですね」
「学問としてな」
 それで知っているというのだ。神仙はそもそも老荘の流れであり仏門とは違う。だが学問の一つとして天海も知っているのだ。
「知ってはおる」
「ですからそれで」
「わしを仙人だというか」
「はい、そうしたことも」
「仙人なら悪くないであろう」
 天海はそれはいいとした。
「わしが柿の種から柿を出したことにも仙術があったというのじゃな」
「実際にそんな噂も」
「余計に面白い。しかしそれは悪い話ではないのう」
「仙人ならまだよいのですが」
 弟子はここで溜息を出してから本題を述べた。
「中にはあやかしだのと」
「わしがあやかしとな」
「そうした類ではないかとも言う者が」
「そうか。わしは妖怪か」
 怒るどころかその口をさらに大きく開いて笑っての言葉だった。
「尚更面白い。よいではないか」
「人と思われてもいませんが」
「そこまで言われるのなら尚よい」
 天海は上機嫌だった。それでこうも言うのだった。 
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