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DQ4TS 導く光の物語(旧題:混沌に導かれし者たち) 五章

作者:あさつき
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五章 導く光の物語
  5-09裏切りと憎しみと

 宿の中に入り、ミネアが主人に声をかける。

「すみません。外の馬車は、どなたのものですか?」
「ああ、いらっしゃい。あれなら、私の息子のものなんですが……。もしや、砂漠越えをお考えですか?」
「ええ。ですから、馬車をお借りできないかと」
「そうですか……。それは、難しいかもしれませんね……。」
「なにか、事情でも?」
「はい。あいつは以前、仲間と東の洞窟(どうくつ)へ行ったんです。でも馬のパトリシアが、あいつひとりを乗せて戻ってきて……。」

 近くで聞いていたマーニャが、(つぶや)く。

「洞窟かよ……。嫌な予感がしやがるぜ」
「それ以来、あいつは人を信じなくなってしまったのです。一体(いったい)、洞窟で何があったのでしょうね……。」
「……とにかく一度、息子さんとお話がしたいのですが。息子さんは、どちらに?」


 宿の息子である馬車の持ち主の部屋を訪ね、扉を叩く。

「すみません。ホフマンさんは、おられますか?」

 中から、暗い声で返事がある。

「……()いてるよ。勝手に、入ってくればいい」

 兄弟が、顔を見合わせる。

「ずいぶんとまた、辛気(しんき)くせえな」
「よほど(こた)えてるみたいだね。とにかく、入ってみよう」


 ミネアを先頭に、三人は部屋に入る。

 閉めきった暗い部屋の中、ベッドに潜り込んだままの若い男が、顔を少し(のぞ)かせ、言う。

「……なんの、用だよ」
「馬車の持ち主が、ホフマンさんだと聞いて。お借りしたいので、お願いにきました」
「……ダメだ。用は終わったな、帰ってくれ。」
「ああ?なんも終わってねえだろうが。それで納得するとでも、思ってんのか?」
「兄さん」
「……なんとでも思えよ。馬車は、貸せない。」
「ああん!?」
「兄さん!」

 (いら)()()(しき)ばむマーニャを(おさ)えるミネアの前に、少女が出る。

「おにいさん」
「……なんだよ」
「パトリシアっていうのね、あの子。とっても、いい子ね。大事な、子、なのね。大事な、馬車なのね。」
「……そうだよ。おれが信じられるのは、パトリシアだけだ。」
「大事な、馬車だから。だから、貸せないの?」
「……それも、あるけど。それだけじゃ、ない。」
「どうしたの?」
「……おれも、昔は、あんたたちみたいに。旅を、していたさ。ある時、世界で一番、大切な(たから)(もの)が隠されているという、(うわさ)を聞いたんだ。」
「世界で……いちばん……?」
「そうだ。おれは友達ふたりと、その洞窟に入ったよ。」
「……」
「でも、一番の友達と思ってたのに。突然、おれを裏切って……ちくしょう!もう、誰も信じない!さあ、帰ってくれ!」

 暗い声で、静かに話していた若者は、突然叫びだし、全てを拒絶(きょぜつ)するように、頭から布団をかぶる。
 少女は驚き、姿を隠した若者のいるベッドを見つめる。

 少女と若者のやり取りを見守っていたミネアが、少女に声をかける。

「ユウ。行きましょう」


 部屋を出た三人は、宿の休憩所に落ち着く。

「面倒くせえ野郎だな。なんで野郎のダチのしたことで、オレたちまで疑われなきゃならねえんだ」
「それだけ、衝撃が大きかったんだろう。とは言え、困ったな」
「……世界で、いちばん。大切。」
「ああ。んなこと、言ってやがったな」
「宝物は、(もの)よね?」
「あ?まあ、そうだな」
「世界で、いちばん、大切な、(もの)と。いちばんの、おともだちは。どっちが、大切なの?」
「そりゃあ、()()って、言いてえところだが。人に、よるんじゃねえか」
「……わたしは。シンシアとか、みんなとか。マーニャや、ミネアより。大切な、物、なんて。ない。」
「……」
「シンシアの、羽根飾りとか。師匠(ししょう)にもらって、ずっと使ってた、剣とか。おかあさんが、作ってくれた、服、とか。木こりのおじさんと、ミネアと、マーニャにもらった、(もの)とか、お(かね)とか。大切な(もの)、は、たくさん、あるけど。大切な、(ひと)、より。大切な、(もの)、なんて。ない。」
「……ユウ」
「あの、おにいさんは。おともだちよりも、大切な、(もの)、が。あったの、かな」
「……」
「あると、思ったの、かな」
「裏切られたって、話だからな。まさか(もの)のために、()()()くすとも思ってなかったんだろ」
「おともだちは。おにいさんが、大切じゃ。なかった、のかな」
所詮(しょせん)、他人のことだからな。なんとも、言えねえな」
「……洞窟、に。なにか、あるのかな」
「ない。とは、言えねえな」
「……わたし。洞窟に、行ってみたい。」
「そうですね。ここでこうしててもどうにもならないし、行ってみましょうか」
「……やっぱ、そうなんのかよ」
「マーニャは、行きたく、ない?」
「地面の中は、(しょう)にはあわねえが。行くってんなら、仕方ねえ」
「洞窟が、嫌いなの?」
「ああ、嫌いだな。」
「おい、兄さん」
()()()しても、仕方ねえだろ。必要なら行くんだから、いいだろうがよ」
「ごめんね、マーニャ」
「嬢ちゃんのせいじゃねえだろ。あの野郎が、面倒くせえだけだ。行くと決まったら、さっさと行こうぜ」
「うん」


 砂漠の宿を出て、宿からさらに東にある、人里(ひとざと)離れた洞窟に向かう。
 魔物の()れとの戦闘を重ね、進む。

 途中、()()を自分で(いや)そうとした少女を、ミネアが()める。

「ユウ。私がしますから」
「でも。できるように、なったし。できることは、しないと」
「そうですね。でも、これから洞窟に(もぐ)るのです。何があるかわかりませんし、ユウはまだ魔力が少ないですから。練習なら余裕のあるときにすればいいですし、ここは温存(おんぞん)しておきましょう」
「うん、わかった。必要な、ことなのね。」
「はい」


 ミネアが少女の傷を癒し、少女が消耗しすぎないよう、マーニャが適度に魔法を使い、洞窟にたどり着く。

「洞窟ってだけで、気が進まねえのに。とんでもねえ辺鄙(へんぴ)なとこだな」
「世界で一番の宝物、なんていうくらいだからね」
「それも眉唾(まゆつば)だな。噂になるほどのもんが、いつまでも残ってるわきゃねえだろ」
「魔物に襲われたという話でもなかったからね。別に宝が()るってわけじゃないんだ、とにかく入ってみよう」
「だな。さっさと済ませようぜ」
「うん」


 洞窟に入ると、大きな扉が行く手を(はば)んでいる。
 マーニャが、軽く扉を押すも、びくともしない。

「なんだこりゃ。入れねえじゃねえか」

 ミネアが、力を込めて扉を押す。
 扉は(わず)かに()らぐが、やはり()かない。

「動かないわけではなさそうだ。三人で、押してみよう」
「やれやれ。いちいち、気を()ぎやがる」
「押せば、いいのね」

 三人が息を合わせ、力を込めて扉を押すと、重い音をたてて、扉が動き出す。

()くは、()きそうだが!ずいぶん、重いな!」
「気を、抜かないで!()()すると、すぐ、閉まりそう、だ!」
「おも、い。」

 力を(ゆる)めず押し続け、扉が半分ほど(ひら)く。

「こんだけ、()きゃ!いい、だろ!」
「じゃあ、三つ!数えたら!」
「わかっ、た。」
「一、二、三!」

 ミネアの掛け声で、三人が一斉(いっせい)に中に転がり込み、ゆっくりと、だが確実に、扉が閉まる。

「なん、とか。入れ、たね。」
「帰りは、やって。られねえ、な。リレミトが、あって。良かった、ぜ。」
「ほんと、に。兄さんの、洞窟嫌い、が。役に立った、ね。」
「つかれ、た。」

 しばらくその場に座り込み、息を整える。

 落ちついたところで、ミネアを先頭に、少女が(あと)に続き、殿(しんがり)にマーニャがついて、洞窟の探索を開始する。

「わたしが、前じゃないのは。洞窟が、あぶない、から?」
「そうです。洞窟の魔物は、周辺の魔物よりも強いことが多いですし、狭い場所では、回避も難しくなります。今はまだ、私のほうが、体力がありますし、(よろい)もありますからね」
「わかった。わたしがもっと、ミネアよりも強くなって、洞窟にも慣れたら。そしたら、前に出るね」
「そのときは、よろしくお願いします」
「今は、とりあえず。オレらから、離れんなよ」
「うん、わかった」


 周囲を警戒しながら進むが、魔物の姿も、気配(けはい)もない。

「なんもいねえな」
「まだ入口じゃないか。油断は禁物(きんもつ)だよ」
「わかってる、よッ!?」
「うわっ!?」
「えっ?」

 突然、兄弟の足元に穴が()き、(あいだ)に挟まれていた少女を残して、ふたりの姿が消える。

 穴はすぐに閉じ、元の異常の見られない(ゆか)に戻る。

「マーニャ!ミネア!……たいへん!」

 少女はすぐさま床を調べ、穴が(ひら)かないことを確認すると、洞窟の奥に向かい走り出す。

(マーニャ……ミネア……!)

 また、(うしな)ってしまうのか。

(大丈夫、ふたりは強いんだから)

 強かったはずの村人たちは、いなくなってしまった。

(また、わたしだけおいて)

 階段を見つけて、駆け()りる。

(ううん、あのときとはちがう。ふたりは、おいていこうとした、わけじゃない)

 警戒も忘れ、一心(いっしん)に走る。

 道の先にふたりの後ろ姿を認め、叫ぶ。

「マーニャ!ミネア!」

 ふたりが振り返り、(こた)える。

「ああ、良かった!助けにきてくれたんだな!」
「……マーニャ?」

 感じる違和感(いわかん)に、足が()まる。

(たすけ、る?わたし、が?マーニャ、を?)

「私たちは、あなたのことを探して、ずっと待ってたんですよ。」
「……ミネア?」

(まって、た?ふたりが、わたしを?わたしのほうが、弱い、のに?)

 (あと)退(ずさ)る。

「どうした?早く、こっちに来いよ。」
「さあ、早く。」

 後退りを()めず、ふたりを見つめる。

 マーニャの明るさも、ミネアの(おだ)やかさも、感じない。
 代わりに感じる、邪悪な気配。

 マーニャとミネアが、似ているけれど、似ていないと思った。
 その比ではない、似ても似つかない、姿を借りただけのもの。
 美貌(びぼう)の兄弟の姿を借りる、醜悪(しゅうあく)な、なにか。

 借り物の、姿。

(……シンシア)

 自分の()()わりになった、大事な人を思わせる行動で。
 大事な人たちに、()()まそうとする、もの。

 自分を(だま)して、近付こうとする、もの。

 あの、男のように。


 口の中で、小さく呟く。

「……ゆるさない」

 後退りを止め、ふたつのものの元に歩き出す。
 少女の呟きが聞こえていない、ふたつのものは、笑顔で迎え入れる。

 ふたつの顔が、人の良さそうな()みが、邪悪に(ゆが)むと見えた刹那(せつな)


 無表情で(あゆ)()っていた少女が、表情を変えぬまま、抜刀(ばっとう)して()りつけた。

 斬られたものが絶叫(ぜっきょう)し、マーニャの姿を(うしな)い、(みにく)本性(ほんしょう)(あらわ)す。
 まだミネアの姿を借りたままのものが、動揺(どうよう)し、叫ぶ。

「な!なぜ、わかった!」
「うるさい。その顔で、しゃべらないで。」

 ()(ざま)、こちらも斬りつける。
 ミネアの姿も失われ、二体の魔物が、血を流しながら、少女に向き合う。

「くそっ!予定は狂ったが、同じことだ!このまま、地獄に落としてやる!」
「どうでもいい。あなたたち、ゆるさない。」

 憎しみの暗い炎に心を()めた少女は、しかし怒りに(われ)を忘れることなく、最善の行動を選択する。

 複数を相手(あいて)()るときは、まず数を減らす。
 傷が重いのは、先に斬ったほう。
 マーニャの姿だった、もの。
 多少傷を受けても回復できる、防御(ぼうぎょ)よりも、まずは、攻撃。

 反撃を(いと)わず、斬る。

 少女は表情を失ったまま、機械的に、ひたすら魔物を斬り続ける。
 反撃を受けるが、まだ死ぬほどではない。

 あとで、治せばいい。
 これを、殺してから。

 魔物の一体が、絶命(ぜつめい)する。
 一旦、距離を取り、(とな)える。

「……ホイミ」

 体力が回復する。
 傷は残っているが、戦うには十分。

 これで、死なない。
 これを、殺すまで。

 ふたたび、少女は斬る。


 作業的に(きざ)まれ続け、魔物は倒れた。

 自分の身体(からだ)を、見る。

 傷だらけだが、自分の魔力は多くない。
 当面(とうめん)戦える、体力だけ戻ればいい。

「……ホイミ」

 体力を回復する。

 体力が戻ったことを確認し、歩き出す。

(……マーニャ。ミネア。)

 暗い心を(いだ)き、光を求めて、歩き出す。



 一方、穴に消えた兄弟は。

「……ってーな……。なんだよ、ありゃ。」
「落とし穴だね。」
「んなこたわかってんだよ。なんであんなもんがあって、なんで真ん中にいた嬢ちゃんだけ、落ちなかったかってことだ」
「わかってるよ。仲間と分断(ぶんだん)される洞窟で、友達に裏切られた、か。少し、見えてきたね」
「あ?何がだ?」
「たぶん、友達が裏切ったわけじゃないってこと」
「なんで、そうなんだよ」
確証(かくしょう)はないよ。とにかく、ユウと合流しないと」
「だな。こんな面倒くせえ洞窟に、ひとりで放っとくわけにゃ、いかねえ」

 兄弟も少女を探し、歩き出す。


 ほどなく、走ってこちらに向かってくる少女の姿を見つける。

「……ずいぶん、早えな」
「……そうだね」

 少女が兄弟に気付き、叫ぶ。

「おにいちゃんっ!!」
「……はあっ!?」

 思わず声を上げ、呆気(あっけ)に取られるマーニャ。
 少女が勢い込んで、続ける。

「心配したんだよっ!?わたしひとり、おいていっちゃうなんて、ひどいよっ!」
「……」

 少女は涙ぐむ。
 マーニャは無言(むごん)で、眉をひくつかせる。
 ミネアは(ひそ)かに、ふたりから距離を取る。

「おにいちゃんに、なにか、あったら!わたし、どうしようかって!すごく、ふあ」
「メラミ。」

 マーニャが渋い顔で()()動作(どうさ)なく火球(かきゅう)を放ち、()()()かれた少女は、()()も取れずに吹っ飛ぶ。

「……容赦(ようしゃ)ないね、兄さん」
「容赦する必要がどこにあんだよ」
(かり)にも、ユウの姿なのに」
「仮にもほどがあんだろ。あれのどこが、嬢ちゃんだ。(だま)す気も感じねえ」
「確かに」
「ったく、傷を(えぐ)るような()()しやがって。ほんと、()()の悪い洞窟だぜ」

 吹っ飛んだ少女は元の魔物の姿を現し、絶命していた。

「さっさと、嬢ちゃんを探そうぜ。この分だと、あっちも同じだろ」
「そうだね。僕らはいいとして、彼女のことは心配だ」



 歩き出した少女は、落とし穴に落ちた先で、再び兄弟の姿を取る魔物に()い、表情を変えず、話も聞かずに斬りかかる。

「……めざわり。消えて。」

 姿を変える二体の魔物を、演出として追いかけていたものを合わせ、四体の魔物を相手取る。

(あいつら。早く、殺したいけど。あっちのほうが、弱い。)

 効率良く数を減らすには、弱いほうから倒さねばならない。
 冷静に、冷酷(れいこく)に、斬る。

 反撃を受け、さらに身体の傷が増えるが、まだ、死なない。

 まだ、大丈夫。
 まだ、やれる。斬れる。


 死ぬか死なないか、それだけを基準に、(はた)から見れば(つな)(わた)りのような、少女からすれば生き残るための合理的(ごうりてき)な戦いを進め、()()
 少なくとも少女の基準からすれば無事に、魔物たちを殲滅(せんめつ)する。

 身体は、傷がない場所を探すほうが難しいほど、傷ついている。
 ホイミは、あと一回しか使えない。
 どうせ全快(ぜんかい)はしない、()()しみする意味はない。
 いざというときには、少しだが薬草もある。

「……ホイミ」

 迷わず、体力を回復する。

「マーニャ。ミネア。……どこにいるの」

 また、歩き出す。



「おにいちゃんっ!!」
「メラミ。」

 兄弟も再び少女もどきに()い、()()(がしら)に吹き飛ばす。

「ちょっと早くないか。間違ったら、どうするんだよ」
「間違えようがねえだろ、あんなもん。二度も茶番(ちゃばん)に付き合ってられるか」

 軽口(かるくち)を叩きながら、吹き飛んだ魔物には目もくれず、足は()めずに、本物の少女の姿を探す。



 階段を上がった少女は、()(たび)、兄弟の姿を見つける。

 また、偽物(にせもの)かもしれない。

 気を抜かず、速度を変えず、歩み寄る。

 ふたりが気配に気付き、振り返る。

 傷だらけの、表情の()い少女の姿に、マーニャが眉を寄せる。

「……嬢ちゃん?」
「ユウ!そんなに傷だらけになって!」

 ミネアが急ぎ駆け寄り、マーニャが続く。

「ミネア。マーニャ。……ほん、もの。」

 少女の表情が、(ゆる)む。
 身体の力が抜け、(くず)()れる。 
 

 
後書き
 憎悪(ぞうお)(ほのお)を、(きよ)める光。
 (あら)たな(えん)が、少女に(もたら)すものは。

 次回、『5-10信じる心、(おび)える心』。
 6/26(水)午前5:00更新。 
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