DQ4TS 導く光の物語(旧題:混沌に導かれし者たち) 五章
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五章 混沌に導かれし者たち
5-06少女の休日
開いた扉から、少年が顔を覗かせる。
(子供。男の子。はじめて、見た。わたしより、小さい?)
他にもすれ違ったりしていたかもしれないが、少女が他の子供を、そうと意識して見るのは初めてだった。
「あ、お客さん!まいど、ありがとうございます!」
「お手伝いかい。偉いね」
「はい!ママがいないから、ぼくがパパを助けてあげるんです!」
「お母さんか。トルネコさん、だったね」
(トルネコ、さん。洞窟を掘った、人。魔物に、狙われてる、人。……この子の、おかあさん)
「あの」
「なんですか、ユウさん。」
「トルネコ、さんは、旅をしてるの?」
「はい。伝説の剣を探して、旅に出ています。」
「おねえちゃんも、旅人さんですか?」
(おねえちゃん。わたしの、こと?おにいさん、みたいなもの?)
「うん」
「まだ子供なのに、すごいね!ぼくも大きくなったら、ママみたいに旅をして、パパみたいにお店をやって。お金をたくさんかせいで、パパとママに楽させてあげるんだ!」
(わたしは、旅に。出るしか、なかっただけ)
少女もいつかは旅に出るつもりだったが、そうするものなのだと漠然と思っていただけだったし、既に旅に出ているのは、自分がすごいからでは無い。
「あなたのほうが、すごい。目標が、あるし。子供なのに、お仕事してる」
「ぼくは、お手伝いしてるだけだよ!ぼくは、ポポロっていうんだ。おねえちゃんは?」
(この子は、年下。よびすてで、いいのかな)
「ポポロ、ね。わたしは、ユウ。」
「ユウおねえちゃん。もしもママに会ったら、たまにはかえってきてねって、伝えてくれる?」
「うん、わかった」
「ありがとう!おねえちゃんも、気をつけて旅してね!」
「うん」
少年が、店主に向き直る。
「パパ、ほかになにかある?」
「大丈夫だよ。ありがとう。」
「うん!じゃあぼく、もどるね!」
少年が、扉の向こうに消える。
少女は、店主を見つめる。
「……あの。トルネコさん、て。」
「もしかして、噂を聞いたのですか。魔物のことを。」
「うん」
「息子に黙っていてくれて、ありがとうございます。」
「……ううん」
(言うのと、言わないのと。どっちがいいか、わからなかった)
言っても心配させるだけで、何かが変わるわけではない。
でも、何も知らないまま失うのも、辛い。
「誰か強い人と、一緒に旅をしていればいいのですが……。」
(強い、人。わたしは、弱い。マーニャと、ミネアは?わたしと一緒に、いるのと、いないのと。どっちが、危ないんだろう)
「……すっかり、お引き留めしてしまいましたね。ご用件は、以上でお済みですか?」
「はい。後でまた来ますが、今のところは。」
「毎度ありがとうございました。それでは、いってらっしゃいませ。」
預かり所を、出る。
トルネコのことも気になるが、会ってもいないのに、何をしようもない。
気を取り直して、少女は聞く。
「ポポロがわたしを、おねえちゃんてよんだのは。わたしがマーニャを、おにいさまってよぶようなもの?」
「ぐっ……!引っ張りやがるな……!」
「そうですよ。自分よりも年上で、まだ子供だったり若かったりする相手は、男性ならお兄さん、女性ならお姉さんと言うんです」
「おじょうちゃんていうのは、女の子のことでいい?」
「そうですね。男の子なら、お坊ちゃんでしょうか」
「おとなの人は?」
「男性はおじさん、女性はおばさんですね。お年寄りなら、お爺さんにお婆さんです」
(お年寄り。老師くらいの、年上の人)
「わかった」
「おっさんおばさん、爺さん婆さんとか、不用意に言うなよ」
「どうして?」
「半端に年取った奴ほど、年寄り扱いされるのを嫌がるもんだ。全然、気にしねえ奴もいるがな」
「そうなの。……どうすればいいの?」
(よんだら、いけないのかな)
「若いほうで呼んどきゃ、間違いねえ」
「わかった」
「限度はあるがな。どう見ても無理な奴にまで、やったら逆効果だ。ただ、自分から言ってくる奴には逆らうな。合わせとけ」
「むずかしいね。でも、わかった。あの人は、おねえさんでいい?」
少女が少し離れたところを通りすぎる女性を視線で示す。
「ギリギリってとこだが。そう言っとくのが、正解だな」
「兄さん……ユウ……」
「なんか間違ったこと言ったか?」
「……いや。間違ってはないね。必要なことではある」
「だろ。ところで、先にコロシアムでいいんだな?」
「そうだね。結婚式も、そろそろ始まる時間だし」
「結婚は、夫婦になることね。結婚式は、なにをするの?」
「神父様の前で、神様に誓いを立てて、みんなにお祝いしてもらうんですよ」
「昨日も結婚式をしてたって聞いた。何度もするの?」
「普通は一回だな。離婚したんでもなきゃ」
「りこんってなに?王子様とお姫様は、りこんしたの?」
「おい。とんでもねえこと言い出すな」
「……兄さん」
「オレが悪いのか!?」
「ユウ。離婚のことは後で説明しますから、置いておいて。会場では、絶対に口に出さないでくださいね」
「わからないけど、わかった」
「この国の仕来たりで、王族の結婚式は何日もかけて豪華にすることになっているそうです。お姫様の衣装も、会場も華やかで、綺麗ですよ。お姫様ご自身も、美しいと評判の方ですし」
「そうなの。たのしみ」
町を通り抜け、城の脇の通路を通る。
少女は素通りする城の様子に気を惹かれ、後で見に来るからと兄弟に宥められる。
コロシアムに入り、階段を上がって客席に出る。
階段を上がり切ったところで少女が息を飲み、立ち尽くす。
「きれい……!」
少女は知らないが、本来は勇壮、ともすれば武骨な造りのコロシアムは、光沢のある布で美しく覆われ、花や宝飾品で飾り立てられ、王族の結婚式に相応しい、綺羅びやかな中にも気品のある装いの式場に仕上げられていた。
「ユウ。ここでは、邪魔になってしまいますから。まずは、座りましょうか」
立ち尽くす少女を促し、三人は席に着く。
「ほんとうに、きれいね!あ!あの人が、お姫様ね!」
会場の中央、ひときわ華やかに飾り立てられた広い台の上に、一組の男女がいる。
その女性のほうに、少女は目を奪われた。
普通の娘が憧れるような、美しいお姫様が出てくる恋物語などを、少女は知らずに育ったが、美しいものを好ましく思う気持ちは、人並みにある。
山奥の質素な暮らしでは、見ることはおろか、想像してみることも無かった、本物のお姫様。
物語を知っていれば、抜け出してきたかと、或いは入り込んでしまったかと錯覚するような、輝く金の髪、豪華な宝冠と衣装を纏い、繊細な花束を抱いた、美しいお姫様。
悲しい出来事も、ひととき忘れられるほどに、少女は目の前の光景に見入った。
「……嬢ちゃんも、はしゃぐことがあんだな」
「あんなことがなければ、こっちのほうが普通だったんじゃないかな」
「だな。精々、甘やかしてやるか」
「しばらくは、それくらいでちょうど良さそうだね。元々、かなり真面目なようだし」
台座の上では、神父の問いかけに応え、王子が高らかに宣誓する。
「たとえ、世界が滅びようとも!ふたりの愛を、いつまでも!守り抜くと、誓う!」
観客が盛り上がり、声援や口笛が聞こえる。
(世界が、滅びても。世界が、滅びたら。この人たちも、いなくなっちゃうのかな)
美しい光景に見入りながら、ぼんやり思う。
(王子様、すごく嬉しそう。お姫様、きれいな笑顔。見てる人たち、みんな嬉しそう。幸せそう。なくなっちゃうのは。いや、だな)
だから、自分が世界を救おう、とは。救ってみせる、とは。まだ、思えないけれど。
少女は、目の前の幸せな光景を、それを好ましく思った自分を、心に刻んだ。
結婚式がひと段落つき、新郎新婦が控え室に入ったところで、三人も会場を出る。
「楽しかったか?嬢ちゃん」
「うん!すごく、たのしかった!お姫様、きれいだった!」
「それなら、来て良かったですね。そろそろ、お腹が空いたでしょう」
「うん」
「なら、城はあとにしてメシにすっか。店はいくつか、見当は付けてあるが。甘いもんは好きか?」
「うん。だいすき」
「なら、あそこにするか。城に近いが、脇道に入る穴場の店があってな。メシもいけるが、焼き菓子が特に、評判でな」
「そうなの。たのしみ!」
「よし、んじゃ行くぞ」
マーニャの案内で入った店で、昼食を取る。
少女は、村ではもちろん、宿でも目にすることの無かった、手の込んだ料理に、菓子に、目を輝かせ、顔を綻ばせる。
昼食のあとは城を見学し、華やかな宮殿に、少女はまたも目を輝かせる。
城勤めの人々も、はしゃぐ少女の様子を、微笑ましく見守る。
城のあとは町を巡り、店を眺める。
客の目を引くよう工夫された様子に目移りする。
必要なものがあれば言うように言われるが、あまりの物の多さに、必要かどうかもわからない。
「ユウ。本を読んでみませんか」
本屋の前を通りかかったとき、ミネアが言った。
「本。魔法の勉強の、本?旅に必要な、知識の本?」
「そういうのではなくて。物語の本や、旅とはあまり関係ない知識の本です。面白いですよ」
「読んだこと、ないけど。読んだほうがいい?」
「そうですね。ユウは、旅の知識は、十分学んだようですし、旅の中でも学んでいけるでしょう。今、ユウが町を歩いていて、疑問に思うことの多くは、こうした本からも学ぶことができるんです。その都度聞いてもらってもいいんですが、それだけでは追いつかなそうですから。ユウは、知りたいことがたくさんあるでしょう?」
「うん。それなら、読みたい。」
「では、どれがいいか、選んでみましょうか」
少女は迷いながら、助言を受けながら、今日見たお姫様を彷彿とさせるような物語を集めた本を一冊と、世界各地の風習について書かれた本を一冊、選んだ。
次に、武器屋の前を通りかかる。
マーニャが、少女の武器を見る。
「銅の剣か」
「使い慣れてるだろうとはいえ、少し頼りないね。合うものがあるか、見ていこうか」
商品を見るが、少女の使い慣れた剣のような武器は無い。
「急に槍ってのは、無理があるよなあ」
「もっと旅慣れてからなら、いいかもしれないけど」
「ボンモールにでも、行くか」
「ネネさんの店に、あったかもしれない。なければ、そうしよう」
防具屋を覗く。
「皮の鎧ってのも、きついよな」
「あまり重いものは、無理だろうね。鎖帷子も結構重いし、この店のものでは無理かな」
「それもボンモールか、おやっさんの店だな」
「ネネさんの店だと割高になるけど、サイズやデザインが色々あるからね。やっぱり、あそこかな」
町と店をひと通り見て回り、預かり所に戻る。
「いらっしゃいませ!ああ、皆さん。お帰りなさいませ。荷物のお引き取りですか?」
「それもなんですが。その前に、彼女に合う武器と防具がないかと思いまして」
「ユウさんに、ですね。今の武器は、銅の剣ですか。少々、お待ちください。」
店主はカウンターの奥に一旦引っ込み、すぐに数本の鋼の剣を持って戻ってくる。
「体格や手の小さい方でも使い易いように、握りを工夫して作ってもらったものです。さらに大きさの違うものがいくつかございますので、どうぞお試しになってください。その間に、防具も準備して参りますから。」
店主は剣をカウンターに置き、再び奥に消える。
少女は剣を一本ずつ手に取り、兄弟から離れて振ってみる。
「……随分、筋がいいじゃねえか」
「相当、鍛えてきたんだね。あとは、成長して、力がつけば」
少女は全ての剣を試し、絞り込んだ数本を何度か取り替えて振り、一本を選び出した。
「これがいい」
店主が、数着の毛皮のコートを持って、戻ってくる。
「武器は、お決まりですね。では、防具ですが。今お召しの、皮の鎧よりも守備力が高くて、軽いものとなりますと、こちらの毛皮のコートがよろしいかと。動く邪魔にならないよう、きちんと留められるものや、女性向けのデザインのもの。サイズも色々ありますので、どうぞお試しになってください。」
少女が皮の鎧を脱ぎ、デザインの気に入った一着を手に取り、服の上から羽織って、軽く動いて見る。
「これにする」
「またあっさり決めたな」
「これがいい」
「似合ってますよ。サイズもいいみたいですね。では、会計をお願いします」
「かしこまりました。下取りは、いたしますか?」
「それは、やめておきましょう。とっておきたいでしょうから」
「かしこまりました。とっておかれるなら、長期のお預かりもできますよ。」
「そうですね。ユウ、どうしますか?」
村から持ち出した銅の剣も、何を考えているかよくわからない、それでも助けてくれた、木こりの男にもらった皮の鎧も、売り払いたくはない。
しかし、羽根飾りくらいならともかく、使わない剣や鎧を持ち歩くのは、さすがに邪魔になる。
「うん、預かってもらう」
会計を済ませ、荷物を引き取り、剣と鎧を預け、預かり所を出る。
「いろいろ買ってくれて、ありがとう。頑張って戦って、お金を稼ぐね」
「そんなこと、気にしなくていいんですよ。ユウはまだ、子供なんですから」
「うん。わかった。でも、魔物とは戦うんだから。お金は、ミネアがもらってね」
「そうですね。しばらくは、私が管理しましょう」
「なら、わたしの持ってるのも渡すね」
「それは、いいですから。ユウのお小遣いとして、持っておいてください」
「おこづかい?」
「自由に使っていいお金のことです。これから、色々欲しいものが出てくるでしょうから」
「いいの?」
「ええ。お金の使い方を覚えるのも、必要なことです。私も、みんなのお金と、自分のお金は、分けておきますから」
「わかった」
「さて、それじゃ少し早いけど、宿を取ろうか」
「それだがよ。エンドールもひと通り見たし、祠の宿に行かねえか」
「時間はあるし、それもいいね」
「ほこら?」
「元々は、エンドールとサントハイムを繋ぐ旅の扉があるとこなんだがな。今は旅の扉は使えねえが、海が見えるし景色が良くてな。宿のメシも旨いってんで評判なんだ」
「海は、聞いたことある。でも、見たことない」
「んじゃ、決まりだな」
城下町を出て、北西に向かう。
途中、魔物が出るが、マーニャが魔法で吹き飛ばす。
「すごい!マーニャも、すごい魔法が使えるのね!ふたりとも、すごいのね!」
「たいしたこたねえよ。嬢ちゃんは、使えねえのか?」
「いろいろ、教えてもらったけど。まだ、ニフラムしか使えない」
「……もうちょい、なんか使えそうに見えるがな。まあ、いい。今日は、嬢ちゃんは休みだ。オレに任せな」
吹き飛んだ魔物から戦利品を回収しつつ、進む。
「なんだか、へんなにおいがする」
「潮の香りですね」
「慣れりゃあ、悪いもんでもねえぜ」
ほどなく、祠の宿に着く。
宿の前に広がる海は、夕焼けに染まり、輝いていた。
夕陽と海の輝きに負けず劣らず、少女が目を輝かせる。
「これが、海!すごい、きれい!外には、きれいなものが、たくさんあるのね!」
「おお。なかなかのもんだな」
「この時間もいいですが。昼間の青い海も、綺麗なんですよ」
「そうなの!たのしみ!」
夕陽と海に見入る少女と、付き合うマーニャを残し、ミネアが宿を取りに中に入る。
夕食の準備を頼み、戻ってきたミネアも夕陽が落ちるまで付き合い、三人は宿に入った。
後書き
再び始まる、戦いの日々。
希望は、育まれる。
次回、『5-07心機一転』。
6/15(土)午前5:00更新。
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