戦国異伝
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第百二十話 出雲の阿国その六
「そして義に死にたい」
「義だね」
「それがわしの願いだ」
「天下は望まないんだね」
「天下人という意味での天下には興味がない」
阿国にこのことも言った。
「興味があるのは道だ」
「義の道だね」
「そうだ、それを天下とするならわしはその天下を目指したい」
道の天下をだというのだ。
「義、それを極めたいのだ」
「いいことを言うね。うちもね」
「御主自分をうちと呼ぶのか」
「その時で変わるよ」
それは一つではないというのだ。
「私のなったりあたしになったりね」
「本当に変わるのだな」
「あたいになったりわらわになったりね。芝居の時はもっと変わるよ」
とにかく阿国の一人称は様々だというのだ。
「あたしの場合は一つじゃないよ」
「早速変わったな」
「だろ?けれどあたしも天下を目指していてね」
「道か」
「そうさ、道という天下を歩き極めたいと思ってるよ」
「芸か」
幸村は阿国の道がそれだとすぐにわかった、その上で彼女に対してしかとした顔でこう言ったのである。
「芸もまた道なのだな」
「そうさ、義も同じさ」
幸村のそれと同じだというのだ。
「他に茶もあれば傾奇も道だよ」
「傾くと歌舞伎は似ていると思うが」
「似ているけれど歌舞伎は違うんだよ」
それがどう違うかも言う阿国だった。
「あたいのそれは芸だからね」
「傾奇は傾いていて芸ではないか」
「あれはあれで道で歩いている御仁がいるよ」
「そうした者もいるのか」
「そうだよ、織田家の人でね」
阿国は自分の杯に酒をとくとくと入れていく。杯はもう一つあるがそちらにも酒を入れて幸村に勧めた。
「ほら、一緒にね」
「飲んでよいのか」
「酒は飲むものだよ」
こう言っての勧めだった。
「だから飲んでおくれよ。遠慮はいらないからね」
「では言葉に甘えて」
「まあ天下は一つじゃないしそれぞれ歩く道があるさ」
「そういうことだな」
「あんたもあたしも同じだね。道を目指して」
そしてだというのだ。
「終わりがないかも知れないけれど果てを目指すなんてね」
「いや、物事には全て終わりがある」
「あらゆることにな」
「義や芸いもっていうんだね」
「そうだ」
まさにその通りだというのだ。
「ない筈がない」
「あんた本当に凄いね。言うことに何の淀みもないよ」
「間違っているかも知れぬがそう思っている」
そしてその考えを言ったというのだ。
「わしはその道を進んでいく」
「私もそうするよ。それで暫く都にいるのかい?」
「もう少しの間だけな」
幸村はいると答えた。
「そのつもりだが」
「じゃあ飲むだけでなくね」
妖しい目で幸村を見ての言葉だった。
「どうだい?これから少し」
「誘いは嬉しいがいい」
「おや、断るってのかい」
「家臣達が待っている、あの者達と共に飲みたいからな」
それでだというのだ。
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