スペードの女王
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第一幕その六
第一幕その六
「そんなことが可能なのか」
「彼はね」
トムスキーはそう答えた。
「それだけじゃない。他にも色々出来たそうだ」
「そうなのか」
「あくまで噂だと思っていたけれど本当だったのか」
「そして女性もまた」
「そうでしょうね。不死身なら」
トムスキーは伯爵夫人に応えた。
「そうした煩悩とは無縁になれるでしょう」
「そうです。ですから善意で教えて頂いたのです」
「またそれは運がいい」
「カードの秘密を」
伯爵夫人は言った。
「カードの秘密!?」
「賭け方です。三枚のカードを使った」
「それでどうされたのですか?」
「それを使ってそれまでの負けを取り戻したのです」
伯爵夫人は静かに述べた。
「成程」
「全てはあの方のおかげでした」
伯爵夫人は何故かここで顔を綻ばせなかった。不吉なままである。
「そのことから私がスペードの女王と呼ばれるようになったのです」
「そうだったのですか」
「ですが」
彼女はここでさらに言おうとする。だが。
急に天気が悪くなってきた。それまでの青空が嘘の様に暗い空に変わっていく。
暗雲が立ち込めていく。それを見て人々は残念そうな顔になっていった。
「あら、折角の小春日和だったのに」
「これじゃあ仕方ないわね」
「さあ帰りましょう」
子供達に声をかけて手を取る。
「そしてお家でね」
「ちぇっ」
子供達は母や姉の言葉に唇を尖らせていた。
「久し振りのお外だったのに」
「もうお天気が悪くなるなんて」
「続きはまた今度よ」
「いいわね」
「はぁい」
「わかったよ、お姉ちゃん」
渋々ながらそれに従う。人々は次々と自分の家に帰って行った。
寺院の前には誰もいなくなった。公爵もリーザと伯爵夫人に声をかけた。
「では私達も」
「はい」
まずはリーザが頷いた。
「奥様も」
「ええ」
最後にまたゲルマンを見た。そして一礼して去って行く。
リーザも伯爵夫人もその場を後にした。そこにはもうゲルマンとトムスキーしかいなかった。
「名前は聞いたな」
「ああ」
ゲルマンは友の言葉に頷いた。
「リーザさんと仰る」
「そして伯爵家の御令嬢か」
「婚約者がいるな」
「そうだな」
だがここでの返事は素っ気無いものであった。
「で、どうするんだ?」
「それはこれから考える」
ゲルマンは答えた。
「そうか。じゃあ帰るか」
「ああ」
「僕の家はこっちだから」
そう言って寺院の前で別れようとする。
「君の自分の家に急ぐんだ。もうすぐ降るぞ」
「わかっているよ。じゃあ」
二人は別れた。だがゲルマンはここで一人寺院の前に残った。
雨が降りはじめた。激しい雨が。空には雷も鳴り響いている。嵐と雷の中でゲルマンは一人立っていた。
「三つのカードの秘密・・・・・・」
彼は今聞いたそれを反芻していた。
「それさえあれば僕は大金持ちになれる。そして」
彼が望んでいたのは資産だけではなかった。
「彼女も。その金で地位を得られたら僕は彼女に見合うことができる。そうだ、どうなんだ」
彼は嵐の中で一人呟いていた。
「三枚のカード、全てはそこにある。彼女を僕のものに!」
嵐はさらに強くなる。彼はその中で叫んでいた。
「嵐が何だ!全ては彼女の為だ!資産を得て彼女を!今僕は誓うぞ!」
叫びながら空を見上げた。
「雷よ、雨よ、突風よ!彼女のを僕のものにする。さもなければ死だ!」
今彼は誓った。その嵐に。これがゲルマンの全ての終わりのはじまりであった。
リーザは邸宅に帰るとその中で詩を読んでいた。その隣には金髪碧眼の長身の美女がいた。彼女の従姉妹であるポリーナである。
広々とした部屋であった。女友達が集まって歌や詩を楽しんでいる。リーザが呼んだもので彼女達は朗らかな笑みを作ってそこにいた。
「ねえリーザ」
ポリーナが彼女に声をかける。皆安楽椅子に腰掛けてにこやかに笑っている。
「最近いい詩を見つけたのよ」
「どんな詩なの、ポリーナ」
「ええ、ジェコフスキーの詩なんだけれどね」
彼女は言う。
「読んでみる?私はもう覚えたから」
「ええ。どんなのかしら」
「これよ」
そう言って一冊の本をリーザに手渡した。リーザは早速それを読みはじめる。
「今はもう夕べの刻」
「雲の端は暗く染まり」
ポリーナがそれに続く。
「塔を背に、夕べの光は失われていく」
「どう、いい詩でしょ」
「ええ。もっと詠んでいい?」
「どうぞ。リーザの声は聞きたいわ」
「わかったわ。それじゃ」
リーザはそれを受けてさらに詠んでいく。
「水面に浮かぶ一条の煌きは空と共に消えかかる」
「かぐわしき香り、燦然たる木々より立ち昇る」
またポリーナが続く。
「岸の傍ら、静けき中、水面に撥ねる水音の何と甘くそよぎわたる風の何と密やかなこと」
最後の一行は自然と二人一緒になった。
「柳はたおやかに揺れ揺れる」
詠み終わった。それからポリーナはリーザに問うた。
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