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スペードの女王

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第一幕その二


第一幕その二

 今は春だった。長い冬が終わりようやく春が訪れた。ピョートル大帝が造らせた夏の庭園に今子供達が集まって賑やかに遊んでいた。
「ほらこっちこっち」
「ボールはあっちだよ」
 ボールを手にしてそれを蹴ったり投げたりしている。縄跳びに興じている子供達もいる。
 そんな子供達を見守るのは母や姉達。彼女達も春の到来を喜んでいた。
「この街の冬は長くて厳しいけれど」
 その中の一人が述べた。
「それでも春は」
「いいものよね」
「ええ。子供達もずっと家の中に閉じ篭っていたけれど」
「春になると違うわ。こうして外に出て」
「私達もね」
 彼女達もにこやかな顔で言い合う。
「楽しみましょう」
「今日は怒ることもなく」
「朗らかにね」
「ねえお母さん」
 子供達が今度は母親達に声をかける。
「兵隊さん達が来たよ」
「あら」
「本当」
「一、二、一、二」
 子供達が早速兵隊の真似をして歩きはじめた。行進をはじめる。
 そこに見栄えのいい軍服を着た兵隊達が規律よくやって来た。銃を持って堂々と行進してきている。
 子供達はそれの真似をしているのだ。先頭にはしっかりと指揮官までいる。
「行くぞ、勇敢なる兵士達」
 その少年は笑顔で言う。
「我がロシアの敵をやっつけろ」
「そうだ、ロシアの敵を」
 他の子供達も言う。
「僕達がロシアの敵を倒すんだ」
「敵を倒すのは僕達の務め」
「武器を手に立ち向かい」
「敵共を懲らしめてやるのだ」
「いざ陛下の下に」
 言うまでもなくエカテリーナ二世のことである。実際にロシアはこの頃トルコと戦争をしていたしプガーチョフの乱も経験する。女帝の後継者であるサレクサンドル一世はナポレオンと激しく争った。実際に彼等も戦場に行くことになるのだ。
「偉大なる女帝」
「賢明なる女帝」
 子供達は口々にエカテリーナを讃える。実際に彼女はロシアそのものであるかの様に君臨して治めていた。農奴への圧迫はあったにしろ彼女は善政を敷き民衆から尊敬されていたのであった。
「我等が母なる女帝、ロシアを治められる女帝に栄光あれ!」
「陛下の為に!」
「僕達も!」
「あらあら、立派な兵隊さん達ね」
 母や姉達はそんな子供達を見て目を細める。
「これならどんな敵が来ても安心ね」
「トルコでもタタールでも」
 この時代でもタタールは脅威であった。少なくとも無意識下にまで浸透していた。
「やっつけてくれそうね」
「そうね、ロシアの敵も陛下の敵も」
「頼もしいわ」
「ええ」
 女達も目を細めてそんな話をしている間に二人の貴族がやって来た。春の光の下で彼等は何か話をしていた。
「スーリン君」
 金髪の男が黒髪の男に声をかけてきた。
「昨日の勝負はどうだった?」
 彼はそう尋ねた。
「ああ、昨日はさっぱりさ」
 その黒髪の男スーリンは金髪の男にそう答えた。
「全然だったよ」
「そうだったのか」
「チェカリンスキー君、君は来ていなかったね」
「ああ、昨日はね」
 チェカリンスキーは彼に対して述べた。
「子供がね。風邪をひいて」
「大丈夫だったかい?」
「ああ、今朝は元気だったよ。大したことはなかったようだ」
「そうか、それは何よりだ」
「うん。ところで」
 ここで話が変わった。
「どうした?」
「彼は昨日も来ていたのかい?」
「彼?ゲルマンのことかい?」
「ああ、やっぱり彼はいたのかい?」
「いたよ」
 スーリンは隠すこともなくそう述べた。
「そうか、やっぱり」
「相変わらずさ」
 そしてまた言った。
「勝負がはじまってから終わるまで。ずっとテーブルにいたよ」
「ワインを飲みながらか」
「ああ、そこまでいつも通りさ」
「他の人間の勝負を見るだけで」
「そう、そこも同じだったよ」
 スーリンは言う。
「全部ね。相変わらずさ」
「変わっているな、相変わらず」
「そうだね。相変わらず彼は変わり者だ」
「勝負をせずに」
「見ているだけ」
「何でまたそんなふうになっているんだろうな」
 チェカリンスキーにはそれが不思議でならなかった。
「何か倹約の誓いでもしているのかな」
「ああ、彼はあまり裕福な家ではないからね」
「そうなのかい?」
「本人が言うにはしがない貴族の家の次男坊で。食う為に軍人になったそうだ」
「食う為にか」
「まあ他に行くところがなかったということだな。それで士官になった」
「それでも。貧しいのか」
「軍人の給与なんてたかが知れてるさ」
 スーリンのこの言葉は事実であった。ロシアでは軍人の給与は決して高くはない。士官も貴族なのでその給与に頼らなくても充分にやっていけるからだ。むしろそちらの方が収入はずっといい。軍人は言うならば個々の責務や名誉なのである。だが例外も当然おり、ゲルマンがそれであった。彼は貧しいので軍人になったが結局貧しさは変わらなかったのである。それも若い将校ならば尚更だ。彼はずっと貧しいままであったのだ。
 
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