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シャンヴリルの黒猫

作者:jonah
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31話「スレイプニル (1)」

「まだまだ行くわよ…90万!」

「こっちも商売なんでねぇ、妻子にメシ食わせてかなきゃいけないもんで…115万!」

「あら、大会のおかげで繁盛してるんじゃなかったかしら…95万5000!」

「そーぅだったっけぇー? 最近おじさん耳が遠くなってきたみたいで…113万3000!」

 熾烈な争いはかれこれ半時間にも及んでいた。

「すごいですー」

「よく粘るもんだ…」

 ユーゼリアは、連れ2人をドン引きさせつつ、その出生からは信じられないような守銭奴っぷりを発揮していた。

(個人的には、元値150万をここまで落としたので十分だと思うが…)

「96万」

「くっ…110万」

「96万」

「……」

「…ふー。ま、いっか。別に? 他にも馬車を売ってる店なんてそこら中にあるし?」

「……」

「アッシュー、クオリー、他の店行こうー」

「……ダァー!! 分ぁかった!! 馬1頭付けて150万! これでどうだ!」

「のったー!!!」

 したり顔で叫ぶユーゼリアに、店主はがっくりと肩を落とした。

「おお、元値で馬1頭ぼったくりやがったぞ、あの姉ちゃん」

「やるなあ」

 周りで様子を窺っていた野次馬がどよめいている。だが、店主もタダで馬を手放したわけではなさそうだった。

「だがな、嬢ちゃん。俺がいう“馬”はただの馬じゃねえ。ヤツを手懐けられたら、150万で馬1頭つき、懐かなかったら150万で馬車だけ…どうだ! 俺にも懐かなかった馬だが、能力はそこらの馬とは比べものにならない。まともに買ったら1頭300万するぞー」

「のったー!!!!」

おおおっ!

 野次馬が再び盛り上がる。

「よぅっし、そうこなくっちゃ」

 いそいそと倉庫の奥へと向かう店主。最後にキラリと勝ち誇ったような光をその目に見いだし、アシュレイはふと気づいた。

(……あれ、これって今までの交渉が全部無駄に…?)

「すごいです、リアさん」

「ふふー、これくらい朝飯前よ!」

 横目でユーゼリアの様子をうかがうが、どうやら気づいていないようだった。

(……)

 流石根っからの商人。1度負けて相手を油断させてから、お得に見える条件で勝算の大きい商売をするとは。
 まだ18のひよっこより一枚も二枚も上手のようだ。あの自信あり気な目を見る限り、随分な暴れ馬なのだろうか。

 そうこうしているうちに、店主の準備が整ったようだった。

「こっちに馬小屋がある。来てくれ」

 外見はなんの変哲もない、ただの馬小屋だ。だが、クオリとアシュレイは小屋を見た瞬間、ピタリと足を止めた。アシュレイは驚いたような、クオリは僅かに青ざめてすらいた。

「どうしたの? 2人とも」

「…いや、何でもない」

 気づかないユーゼリアが声をかけると、アシュレイだけが普段の微笑を浮かべて返した。クオリは不審げに店主を見る。店主は扉の前で立っていたが、内心ひやひやしていた。

(まさかあの2人、気づいたのか? ……いや、まさか、な)

 馬小屋は予想外に大きく、10頭分くらいは余裕で入るだろう大きさだった。木製の扉には、鉄の鎖が巻かれ、南京錠で止められていた。

「……」

 バレないように辺りを見回すと、ちょうど店主の立っている向こう、角に、同じような鉄の鎖がジャラジャラと捨ててある。思わず溜め息をついた。

(どうやら、嫌な予感は当たったようだな)

 思ったより重々しい音をたてながら開いた扉の奥は、真っ暗だった。中の空気はひんやりとしており、どこか薄気味悪く感じた。ユーゼリアが戸惑いの声をだす。

「あの……?」

「まあ待て。今窓を開ける」

 錆びた鉄がこすれる音と共に暗闇に光が差した。他の窓も次々開き、やっとすがすがしい風が頬を撫でる。

「やはり……」

「これって…!」

 クオリの呟きは、ユーゼリアの声にかき消された。

 中にいたのは、たった1頭の“馬”。だが、ただの“馬”ではない。

「これって……魔物……?」

 大きさは普通の馬より一回り大きいくらい。シルエットも確かに馬ではあったが、日の光の下にでると、それは明らかに一般的に指す“馬”とは違った。

 まず、皮膚が鱗だった。それも、ただの鱗ではない。質は竜のそれと同等だ。生半可な剣では、逆に剣が砕けるであろう硬度である。色は紫がかった銀色。身体全体を隈無く覆う鱗は、日光に照り輝いていた。
 尾は、ふさふさの毛ではない。蛇のようにしなやかで長く、先端には一瞬ただの真っ直ぐで艶やかな毛のように見えるが、その実鋼鉄のワイヤーよりも頑強な剛毛が、柔らかく垂れ下がっていた。スナップを利かせれば、岩をも砕く破壊力を持つ。たてがみもこの毛が生え、首もとを保護していた。
 そして何より目を引くのが、頭にある鋼の塊である。あたかも死神の鎌のようにも見えるそれは額から生えており、目はなく、目隠しをするように鎌に繋がるプレートとなっていた。

 さしものアシュレイも、思わず目を見開いて固まった。クオリなど青ざめるを通り越して白くなっている。思わずアシュレイのコートを握ったのも、多目に見てやってほしい。


 なぜなら、この“馬”は――


(なぜ同胞(はらから)が、ここに!?)



 ――【魔の眷属】第六世代「スレイプニル」なのだから。

 
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