ナブッコ
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7部分:第二幕その二
第二幕その二
「そうです、それに」
「それに?」
「貴女だからこそ」
「私だからこそですか」
「そうです、貴女はまさしくイシュタルの申し子」
こうまで言った。
「その美しさと強さ。それこそまさしく」
「左様ですか」
「ですから私は貴女の友でありたいのです」
彼女はじっとアビガイッレを見据えていた。
「それでは駄目でしょうか」
「いえ」
アビガイッレはその言葉を慎んで受けた。
「勿体無い御言葉。それでは」
「何かあったのですか?」
「妹のことです」
彼女は巫女長に問うてきた。
「フェネーナを。どう思われますか」
「フェネーナ様ですか」
「そうです。エルサレムから帰って来た娘を。どう思われますか」
「そうですね」
ここで巫女長は慎重に祭壇の中を見回した。それでまずは二人の他には誰もいないのを確認した。アビガイッレも同じである。そして誰もいないのを確認し終えようやく話を再開した。
「まず言わせて頂きますが」
「ええ」
巫女長は真剣な顔で口を開きはじめた。アビガイッレはそれを聞く。
「あまりいい印象は持てません」
「それは何故」
「ヘブライ人のことです」
巫女長が言った言葉はアビガイッレの予想通りであった。
「フェネーナ様は彼等に寛大過ぎます。あの傲慢なヘブライの神官を宮殿の中に入れておりますし」
ザッカーリアのことである。彼はフェネーナの許しを得て王宮の中にも出入りしそこでもしきりにヘブライの神の正当性とバビロニアの神々の異端を訴えているのである。
これがバビロニア人、とりわけ神官や巫女達の怒りを買わないわけがない。当然ながら彼は王宮の中では命さえ狙われている有様である。
「王女様はあの者達に対して寛容過ぎます」
「それでは」
「はい」
巫女長は答えた。
「到底支持なぞできません。ですから我々は貴女に従います」
「そうなのですか」
「この言葉に偽りはありません」
こうまで言った。
「何でしたか王女様」
じっとアビガイッレを見てきた。そして言う。
「これからあの儀式をしますか」
「あの儀式を?」
「そうです。私と貴女であの王の儀式をするのです」
実はイシュタルの信仰では今の視点から見れば大変奇妙なものがあった。イシュタルの巫女が信者の男と交わるのだ。これはイシュタルが愛と豊饒の女神だからこそはじまったことであり、また王とイシュタルの代理人である巫女長が交わることは神と王の交わり、つながりをも意味しているのである。メソポタミアにおいては非常に重要な神の儀式であったのだ。これが後の世にキリスト教のイシュタル攻撃の根拠になったのであるが。
「如何ですか」
「宜しいのですか?」
「ええ」
巫女長はこくりと頷いてきた。
「後は貴女次第です」
「わかりました。では」
アビガイッレは自分の身体を巫女長に近付けてきた。そして囁く。
「私はこれより」
「はい、イシュタルの御加護を」
アビガイッレはそのまま巫女長と交わった。これで彼女は王の根拠を得た。だがそれはまだ秘密のことであり彼女は影の中で動きはじめただけであった。
王宮の王の居間の側である。右手には扉が回廊に続きこの宮殿の巨大さと壮麗さを教えている。その中で今ザッカーリアが教典を手にする従者と共にいた。
「あの祭司長」
従者が不安げな顔で彼に声をかける。
「あまり王宮の中を歩き回られるのは」
彼を気遣っているのだ。王宮の中でもしきりにヘブライ以外の神々を批判するので蛇蝎の如く嫌われているからだ。だが本人はそんなことは全く意に介してはいなかった。
「構わん」
彼はそう言ってがんとして聞き入れない。
「これもまた試練なのだからな」
「試練ですか」
「そうだ」
彼は言い切る。
「だから恐れることはない。よいか」
「はあ」
従者に対して語りはじめた。
「神はヘブライの者達を救い出し、一人の不埒な男の闇を切り裂く為に私をこちらに導いて下さったのだ」
「神がですか」
「そうだ、それでどうして恐れることがあるのか」
「それでもですね」
従者は困った顔で彼に述べる。
「命を狙われていますよ」
「そんなことはわかっている」
「ではどうして」
「安心せよ。私は神に護られている」
あくまで強固な信仰がそこにあった。
「今の私の言葉は神の御言葉。それで異端の者達を撃つのだ」
「異端の者をですか」
「このバビロンを見よ」
そう言って宮殿のあちこちを指し示す。
「腐敗と堕落に満ちている。それに気付くであろう」
「ええ、まあ」
彼等にとっては他の神々への信仰とそれに捧げられる富は全てそうなのだ。ザッカーリアはそれに気付かないだけであるのだが。しかし今の彼にはそれを言っても無駄であった。
「では行くぞ」
「あっ、待って下さい」
ここで従者が彼を止めた。
「どうした?」
「誰か来ます」
「誰だ?」
「イズマエーレ将軍ですね」
「あの裏切り者がか」
ザッカーリアはその名を耳にして急に不機嫌な様子を見せてきた。
「バビロニアの者達の軍門に下り私を殺しに来たか」
「まさか」
従者はそれは否定した。彼はイズマエーレを知っていた。だからそのようなことをする男ではないとわかっていたのだ。
「そんなことはありませんよ」
「果たしてまことか」
「同胞ですよ」
そう彼に言った。
「同胞を信じないでどうするのですか」
「だがあいつは」
ザッカーリアの言うことにも根拠があった。彼はそれを主張してきた。
「あの時我々を裏切りそして今ここに連れて来られているのだぞ」
「ですが命はあります」
従者は懸命にイズマエーレを擁護する。
「ですから」
「まあよい」
彼はとりあえずは従者の言葉に従うことにした。
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