とあるβテスター、奮闘する
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裏通りの鍛冶師
とあるβテスター、人捜し
「ユー助、ちっとばかし頼みたいことがあるんだガ」
「ん?」
僕の宿泊している部屋に来るや否や、部屋に設置されたソファーに我が物顔でどかりと座り込み、情報屋『鼠のアルゴ』は唐突に切り出した。
「暫くの間でいいカラ、情報屋の助手をやってみる気ハ───」
「断る」
「最後まで聞けヨ!」
そこはかとなく嫌な予感を感じたため、言わせねえよとばかりにアルゴの言葉を遮る。
情報屋の助手ということはつまり、アルゴの使いっぱしりということだ。
僕は情報を買うためにアルゴを呼んだのであって、決してパシられるためじゃない。断固として拒否させていただこう。
「もちろんタダとは言わないヨ。それに、ユー助の欲しがってる情報とも関係のあることだかラ、悪い話じゃないと思うんだけどナー」
「むー……」
そんな僕の考えを見透かしたかのように、アルゴはこちらにとって無視できないワードをちらつかせてくる。
僕が欲しがっている情報と関係がある、などと言われれば、無闇に断ることができない。
かといって話を聞けば、そのままこの『鼠』のペースに持ち込まれ、雑用を押し付けられてしまう。
「さあどうするんダ、ユー助?」
そんな僕の様子を見て、アルゴは三本髭の描かれた片頬を吊り上げ、ニヤリと笑った。
最初から、僕が断れないのをわかってて聞いてきたんだろう。
くっ、結局このパターンか……!
「……、わかったよ。行けばいいんでしょ、行けば」
「さっすが~!ユー助は話がわかルッ!」
「………」
ケラケラ笑うアルゴを張り倒したくなる衝動を何とか抑え、僕は買い物中のシェイリを呼び戻すためにメッセージウィンドウを開いた。
何だか面倒なことになりそうだなぁ、と思いながら。
2023年3月3日。
僕こと《投刃のユノ》が攻略組を敵に回した事件から、ちょうど三ヵ月が経った日のことだった。
────────────
「……というわけで。この辺りを手分けして捜すのが一番手っ取り早いと思うんだけど、どう思う?」
「ねぇねぇユノくん、そのお店って?」
「えーっと、アルゴの話だと───」
翌日。
僕とシェイリは手元にある情報を整理しながら、第17層主街区『ラムダ』の裏通りを歩いていた。
現在の最前線であるこの街は、人通りが多く、NPCショップやプレイヤー個人の露店などが数多く並ぶ。
反面、賑やかな表通りを一歩外れれば、薄暗い裏路地が複雑に入り組んでいるという、典型的な歓楽街といった様相を呈している。
どこの国でも、薄暗い裏通りというのは柄の悪い人間が自然と集まってくるものだ。
当然ながら、それはSAOにおいても例外ではなく。
この街の裏通りにも、オレンジとまではいかないものの、詐欺やMPK(モンスタープレイヤーキル)などの迷惑行為を行い、公の場に顔を出すことができない者───要するに、訳有りのプレイヤー達が集まっている。
「それにしても……誰もいないね」
「ねー」
そんな事情もあり、時刻はまだ昼を回ったばかりだというのに、ラムダの裏通りはひっそりとした静寂に包まれていた。
正直な話、アルゴの頼み(という名のパシリ)がなければ、僕たちがわざわざこの通りに近寄ることはなかっただろう。
僕たちだって、何も好き好んでこんな治安の悪そうな場所にいるわけじゃない。
「まあ、それはともかく。他のプレイヤーからの目撃情報──というより、まだ噂らしいけど。その話が正しければ、ここのどこかで露店を開いてるらしいよ」
「どんな人なんだろうね~」
「……、エギルを強面にした感じの人だったりしたら、やだなぁ……」
僕たちがラムダの裏通りに足を運んだのは、何人かのプレイヤー達からアルゴの元に寄せられた噂話の真偽を確かめるためだ。
昨日、僕がアルゴを部屋に呼んだ理由は、腕のいい鍛冶師を紹介してもらうためだった。
12月の初め───初のボス攻略戦が終わってから、三ヵ月。僕とシェイリは今も変わらず、ペアで最前線に挑み続けている。
当初こそ、他のプレイヤー達からの闇討ちを恐れていた僕だったけれど、あの時のディアベルのフォローがあったためか、今のところ僕が危惧していたような事態は起きていなかった。
ボス攻略戦に参加する際も、一応は『戦闘中にPKされるのを防ぐため』という名目で、僕とシェイリの二人もレイドに加えてもらっている。
当然ながら、キバオウ含む一部のプレイヤー達からは、戦闘中も射殺すような視線を向けられているわけだけど……まあ、それは当然だろう。
自分達に武器を向け、あまつさえ『邪魔するなら殺すよ?』と言い放ったプレイヤーと、仕方ないとはいえ共闘する形を取らなくてはならないのだから。
もっとも。
攻略に参加している全員が全員、敵意の視線を向けてくるというわけでもなかった。
あの時もフォローを入れてくれたディアベルをはじめ、褐色肌の両手斧使いエギルと、彼がリーダーを務めていたB隊のメンバー達。
シェイリの戦い方にドン引きしたような顔をしていた、D隊リーダーのリーランド。
それに……キリトとアスナも。
あの場に居た全員から敵対視される覚悟をしていたというのに、そんな僕の予想に反して、彼らは僕を咎めることをしなかった。
二度と他人と相容れることがないだろう、と思っていた僕にとって、それはとてもありがたくて……同時に、申し訳なく思ってしまう。
あの時の僕の行動で、元βテスターと新規プレイヤーが対立するということはなくなった。
そのかわり、今度は彼らが『殺人鬼と仲良くしてる連中』として、他の攻略組プレイヤー達からはあまりいい顔をされていない。
彼らはみんな、揃いも揃って『気にしていない』と笑ってくれたけれど、その原因を作った張本人である僕としては、引け目を感じずにはいられないわけで……
……と、まあ、その話は今は置いておこう。
閑話休題。
僕がアルゴに鍛冶師の紹介を頼んだのは、シェイリの使っている武器がそろそろ限界を迎えるためだ。
ディアベルの機転によって命を狙われることはないものの、《投刃》の名前は瞬く間に他のプレイヤー達の間に広まっていった。
当然、その中には鍛冶師や薬師といった、職人クラスのプレイヤーも含まれる。
多くのRPGがそうであるように、SAOでは店売りの武器や防具よりも、モンスターのドロップ品やプレイヤーメイドの品の方が、性能のいい物が多い。
必然的に、敵との戦いを有利に進めたいのであれば、店売りよりも非売品や鍛冶師作の武具で身を固める必要が出てくる。
大人数でパーティを組んでいるなら、多少装備の質が悪くても人数でカバーすることができる。
だけど、僕とシェイリは二人だけのパーティだ。
ペアで最前線に籠もっている僕たちにとって、店売り装備で敵の前に立つのは自殺行為といえる。
そのため、僕たちもプレイヤーメイドの武器を欲しているのだけれど、そこで二つほど問題が。
一つは、《投刃》の名前が広まってしまったために、武器の製作依頼を請け負ってくれる鍛冶師がいないかもしれないということ。
もう一つは、シェイリの狂戦士じみた戦い方に、そこらの武器では性能が追いついてこないということだ。
一つ目に関しては、見た目だけなら何とか誤魔化すこともできなくはない。
このデスゲームが始まって以来、僕は人前ではフードを目深に被り、顔がわからないように振舞っていた。
あの場にいたプレイヤー達が持つ《投刃のユノ》のイメージは、『フードを被った小柄な投剣使い』といったところだろう。
逆にフードを被らずに、素顔を晒してやれば……名前を名乗らない限りは、バレないかもしれない。
だけど、それはあくまで鍛冶師が《投刃》の特徴を詳しく知らなければの話だ。
いくら変装しようと、声や体格までは誤魔化せない。バレる相手にはバレてしまうだろう。
『人殺しに売る武器はない』と言われてしまえばそれまでだ(実際には殺してないけど)。
そして、二つ目の問題。
シェイリはレベルアップボーナスを全て筋力値に振っているらしく、並大抵の敵であれば両手斧の大火力で真っ二つにしてしまう。
本人が両手斧が一番使いやすいと言っていることから、武器の振りや重心の置き方などの立ち回りによって、本来の威力よりもいくらかブーストされているようにも見える。
と、それはいいことなのだけれど。
問題は、シェイリの意図的(無意識?)な威力の底上げによって、本来であれば歯が立たないような相手にも攻撃が通ってしまうことだ。
普通に考えれば、悪いことではないのだろう。
MMORPGにおいて、火力が高ければそれに越したことはないのだから。
ただし。
シェイリの場合、なまじ攻撃が通ってしまうだけに、敵の鎧や盾などの硬い装甲もお構いなしにぶった斬ってしてしまう。
本来であれば鎧の隙間などの装甲の浅い部分を狙うべきなんだけど、両手斧の分厚い刃でそれを行うのは難しい。
そのため、彼女は『防御の上から最大威力の攻撃を叩き込む』という力任せな戦法をとっている。
当然、敵の装甲と衝突することが多くなるため、武器の耐久度も著しく低下してしまうというわけだ。
そんなわけで。
僕たちはアルゴの情報網を使い、『訳有りプレイヤーでも製作依頼を請け負ってくれて、尚且つ腕のいい鍛冶師』を捜してもらうことにした。
といっても駄目なら駄目で、店売りの武器をNPCで強化して、いい武器がドロップされるまでの繋ぎとして使っていくつもりだった。
正直な話、そんな都合のいい人間がいるわけがないと思っていたからだ。
……ところが。
どうやらアルゴの情報網には、その『都合のいい人物』の情報がしっかりとヒットしていたらしい。
ただし、まだ噂話の域を出ていないという注釈付きで。
昼の12時から15時までの三時間の間だけ、ここ第17層主街区『ラムダ』の裏通りに、相当に質のいい武具を取り扱う露店商がいる。
偶然その露店を見かけたプレイヤーによると、武具の製作者名は『Lilia』。
名前から推測するに、女性の鍛冶師だろうという話だ。
その後も裏通りを拠点とするプレイヤーが何人か目撃しているらしく、扱っている武具の質の良さと、女性プレイヤーが作ったものということも相まって、一部の間では有名な店となっているらしい。
……だけど、ここにもまた問題がひとつ。
露店で武具を販売しているのがリリア本人ではなく、非常に無愛想な男性プレイヤーなのだそうだ。
客を相手に積極的に商売する様子もなく、更に製作者のことを聞こうとすると激怒する。
リリアに店番として雇われただけなのか、それとも彼氏か何かなのか。
その辺の真偽も不明であり、ミステリアスな武具屋としてマニアに人気らしい(マニア?)。
「まあ……、ここで商売してるくらいだし、僕たちでも大丈夫だよね」
わざわざ裏通りで商売しているということは、恐らくリリアは訳有りプレイヤーに対する偏見は持っていない。
もしくは、彼女自身が訳有りという可能性もある。
そんな相手であれば、僕たちのようなプレイヤーからの製作依頼も受けてくれるだろう。
アルゴの助手(という名の使いっぱしり)としての僕の仕事は、噂の真偽の確認。
鍛冶師の情報を無料で提供する代わりに、彼女がどんな人物なのかを確かめてきて欲しい、とのことだ。
しかも驚いたことに、もし噂が本当だった場合、僕に対する報酬として武器の制作費を半額都合してくれるという。
どういう風の吹き回しだ、と問い詰めれば、彼女は珍しく苛立ったように『あの店番は好きになれなイ』と吐き捨てた。
仕事に私情を挟まないこの『鼠』にそこまで言わせるとは、一体どんな男なんだか……。
「うーん、不安だ……」
「ユノくんユノくん!早くさがそうよー!」
「はいはい。それじゃあ僕はこっち、シェイリはそっちから捜そうか。言っとくけど、ここにいるプレイヤーはタチの悪いのが多いから気を付けてね。何かあったら僕を呼ぶか、すぐに逃げること。わかった?」
「はーい!わかりました!」
片手を伸ばしながら元気よく返事をするシェイリ。きみは遠足中の小学生かなにかですか?
いつもながらに思うけど、彼女は本当に高校生なんだろうか。
というか本当に大丈夫だよね?飴ちゃんあげるからちょっとおいで、なんて言われてホイホイついて行ったりしないよね?
周りが思っているほどお馬鹿ではないんだけど、見た目や口調のせいか、そこはかとなく不安を感じずにはいられない……。
……と、そんなことを考えてる場合じゃないか。
本当ならシェイリと別行動するのは危なっかしくて仕方ないけれど、この入り組んだ裏通りを一人で全部捜すのは無理だ。
彼女が変なプレイヤーに目を付けられる前に、噂の露店商を見つけるしかない。
「さて、と……」
それじゃ、お仕事といきますか。
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