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ナブッコ

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4部分:第一幕その四


第一幕その四

「何と素晴らしい」
「ではこの戦いの功績は貴女へ」
「いえ、それは違います」
 だがアビガイッレはその言葉を退けた。
「この戦いの功績は父上のもの。そして」
 次に兵士達を見下ろして述べた。
「貴方達兵士のものなのです」
「何という有り難い御言葉」
「感激の念に堪えません」
「さあ父上をこちらへ」
「はい」
「王に栄光あれ!」
「バビロニアに栄光あれ!」
 口々に王とバビロニアを讃える声が響き渡る。今神殿に巨大な漆黒の馬に乗った男が姿を現わした。
 金と銀の鎧兜に紅の服とマントを羽織った大男であった。傲慢なまでに胸を反らせ顔中に濃い髭を生やさせている。その目は鋭く全てを威圧するようでありながら深い知性もたたえていた。彼こそがバビロニア王ネフカドネザル、ナブッコその人であった。今彼が大勢の兵士達を引き連れ神殿の前に現われた。その後ろには捕虜になったユダの兵士達もいた。
「何ということだ」
 騒ぎに神殿から飛び出てきたザッカーリアが彼の姿を認めて嘆きの声を漏らす。
「遂にあの男が来るとは」
「遂にここまで来たな」
 ナブッコはそのザッカーリアが出て来た神殿を見上げて低い声で述べた。
「我が愛する兵士達よ」
 次に兵士達に顔を向けてきた。
「間も無くだ。この戦いは我等の勝利に終わる」
「もうすぐですか」
「そうだ、エルサレムの富は諸君等のものだ」
「おお」
「褒美は思いのままだ。よいな」
「はい!」
この言葉に誰もが勇み立った。
「今こそ我等に勝利を!」
「そして名誉と富よ!」
「戯言を申すな!」
 だがザッカーリアは声をあげる彼等に対して言った。
「その様なことを」
 しかし言うのは彼だけであった。イズマエーレは俯いて何も言うことがなかった。
「神の御前から去れ!」
「神だと」
 ナブッコはその言葉を受けてザッカーリアに顔を向けてきた。
「そうか、そこに御前達の神がいるのだな」
「唯一の神がおられる」
「戯言を」
 だがナブッコはその唯一の神というものを否定した。バビロニアは多くの神を信仰している。だからこそであった。むしろ唯一の神を信じるヘブライの者達の方が特殊なのである。
「今こうしてその神殿の前まで私に来られているというのにか」
「この神殿を侵すつもりか」
「そうだ」
 彼ははっきりとそう宣言した。
「ヘブライの者達の命までは取らぬ。感謝せよ」
「そうはさせんぞ」
 ザッカーリアはまだ負けてはいなかった。キッとナブッコを見据えている。
「我々にはまだ手があるのだ」
「無駄な抵抗は止めよ」
 しかしナブッコはその言葉を信じようとはしない。
「私は御前達の命まで奪うつもりはないのだからな」
「だが私は御前の大切なものをその手の中に持っている」
「何だと?」
「見ろ」
 そう言って側にいたフェネーナを後ろから羽交い絞めにした。それからその首筋に短剣を突き立てる。
「こういうことだ。これでわかるか」
「何ということを」
「貴様、それが人間のすることか」
「何とでも言え」
 バビロニアの兵士達の非難は彼の耳には入らなかった。
「少しでも動いて見よ。この娘の命はないぞ」
「御父様、私は」
「フェネーナよ」
 ナブッコは怒りを必死に抑えた声で述べた。
「安心せよ。若し御前が殺されたならば」
 声は怒りを抑えていた。しかしその目は別であった。
 怒りに燃える目でザッカーリアを見据えている。燃えるような光であった。
 その目で彼に対して宣言する。怒りの声を。
「愚かなヘブライの者共の命を餞別にしてやろうぞ」
「できるものならしてみよ」
 ザッカーリアはまだ退きはしない。
「できるものならな」
「そうだ、我等を傷つけることは出来ない!」
 神殿の中に逃れていたユダの民達が出て来た。そして神殿の上から叫ぶ。
「この娘が我々の手にある限り!」
「バビロニアの野蛮人達よ!娘の命が惜しければすぐに立ち去るのだ!」
「ふざけたことを言うな!」
 バビロニアの兵士達はそんな彼等に対して言い返す。
「王女様を盾にするとは何と卑劣な!」
「貴様等に恥はないのか!」
「ええい、黙れ!」
 ザッカーリアは彼等の抗議をつっぱねた。
「全ては神の為だ!この神殿は渡さぬ!」
「あくまで神か」
「そうだ!」
 ナブッコに対しても言う。
「御前になぞこの神殿を明け渡すか!」
「神は我等を護って下さる!」
「では聞こう」
 ナブッコはそんな彼等に対して問うてきた。
「何をだ?」
「御前達の神がそこまで偉大なのならどうして私がここまで来たのだ?」
「何だと!?」
「私は御前達の神に戦いを挑んだ。だが御前達の神は私の前に姿を現わしたか」
 ヘブライの者達を見上げて問う。見上げてではあるが完全に彼等を圧倒していた。これこそが王の威厳なのであろうかと思わせるものであった。
 
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