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なりたくないけどチートな勇者

作者:南師
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21*甘い誘惑

~シルバサイド~

「スフィーさん。」

ナルミが厨房から飛び出した直後、シルバはナルミを呼び出した女性に話しかけた。

「なんですっ!」

そして彼女が口を開けた所にプリンをスプーンで突っ込んだ。

「甘いですよね、これ。」

そして作戦を実行する。

「しかも今までにないとろけるような美味しさ、まろやかな口触り。…正に最高級のお菓子です。」

この国の王妃は大の甘党で有名である。
そして彼女に仕える近衛隊も皆、甘党で揃え皆でティータイムを楽しむのが彼女の楽しみだったりする。
ちなみに全員女性で統一されている。

そして、その甘党の近衛隊というのが

「こ、これは……どこの調理師が作ったんですか!ぜひ教えて下さい!!」

このツナギの女性、スフィーである。

「秘密です、が……」

そしてシルバはあらかじめキープしといたプリンを一個取り出し

「ここにさっきのが丸々一個あります。」

これみよがしに見せ付ける。
プリンの動きに合わせて顔が動くスフィーの動きが実に滑稽である。

「あげてもいいですよ。」

「ほ、本当ですか!?」

もうここまできたら作戦は成功したも同然である。

「ただし…」

ここで一拍置き、ゆっくり話しだす。
顔が小悪魔的に歪んでいるのはご愛顧である。

「私を一緒に連れてって、先生の様子を見させて下さい。」




ちなみにこのやり取りの間エリザ達は

「うむ、焦げてなければいくらでも持ってくるがよい!!」

「姫様、そろそろもう…」

調理師達のカルメ焼いた失敗作を際限無く食べ、近衛隊はそれを見て胸やけを起こしていた。

全く末恐ろしいムスメである。

「姫!もう5個目ですよ!お願いですからやめて下さい!!」



***********ゴ☆


「……スフィー、誰それ?」

「第三王女様の近衛隊の方です。」

彼女達は今、屋根裏にいる。
そこには王妃の近衛隊がスフィーを含みツナギ姿の女性が三人いた。

ちなみに、魔王の近衛隊は床下にいたりする。

「はい、先生が気になって付いてきちゃいました。」

渋るスフィーに対して『お兄様にはきちんと伝えておきますよ、スフィーさんは器量良しの理想の女性だって』と言うといともあっさり潜入できてご満悦なシルバもそこにいた。
シルバとスフィーの接点も、最初はゼノアに一目惚れしたスフィーが外堀りから固めようとシルバに接触したのが始まりなのである。

もちろん効果は抜群だった。

「付いてきちゃいましたって………スフィー。」

「す、すいません隊長。」

近衛隊の一人、セミロングの緑の髪を持つ女性がスフィーを睨んだ。
もう一人の青いおだんご頭の女性も、無言でスフィーを見据えている。

「スフィーさんを責めないで下さい。つきましてはこれを……」

そう言ってシルバが取り出すのは、さっきナルミが作ったホットケーキの余りである。
まだ地味にほんのり温かく、中に花の蜜を混ぜこまれているそれは甘く上品な香りを醸し出している。

「な、なんですかそれは……」

初めて見るそれから漂う香りを嗅ぎ、それにともなって溢れる唾を飲み込みながら隊長はシルバに質問する。

「これですか?これは“ほっとけーき”というお菓子です。今までに無い、カナムの花の蜜を混ぜたとっても甘く美味しいお菓子です。」

シルバが言い終わると三人から生唾を飲む音がした。
そして彼女達の様子を見て、シルバは残念そうな表情を作り

「でも邪魔ならば私はすぐに戻ります、失礼いたしました。」

そう言ってそそくさとホットケーキをしまおうとするシルバ。
それに対して隊長が

「ま、まって!……あ、うー…この事は私たちだけの秘密だからね。」

まんまと策略にのせられたのであった。





「実は自分、長い休暇が欲しいのです。」

ナルミが魔王へと要求したもの、それは余りに予想外のものであった。
近衛隊とシルバだけか、魔王と王妃すらも訳がわからずに顔をしかめている。

「…ナルミ様は何が目的なんでしょうか……モフモフ…」

「さすがに私も今先生が何を考えてるかはわかりません。」

「本当に美味しいですね、このほっとけーきは……マフマフ…」

ただしかめながらも、近衛隊は皆揃ってホットケーキを頬張っているから緊張感がまるでない。

そして、しばらくの沈黙ののちにナルミがこう切り出した。

「理由は自分がここに来た原因にあります。いくつか話せない事がありますが、そこはご容赦下さい。そして何卒この事はご内密に。」

そして、ナルミは語りはじめた。


***********エ☆

「…グズッ…………」

「……エッ…エグッ……」

「………スン……」

「…ふぇ……グスン……」

ナルミの語る内容は壮絶なものだった。

まず昔の人間の戦士、セタ・ソウジロウが封印した闇の賢者の城が霊域となり、そのせいで魔物達が凶暴化してしまうと言う事。
そして闇の賢者の魂が魔獣として復活してしまったと言うのだ。

ただ、これは誰もがさして問題として見てはいなかった。
確かに危険で大変な事だが、これを解決するのがあのナルミだからである。
ぶっちゃけ、一撃で魔獣を真っ二つにしたナルミが解決できないとは思えないのだ。

しかし、問題は別にある。

「ぜ、ぜんぜーは…ヒック…かわいぞうずぎまず…」

そう、彼がこの国に来た理由である。

彼は霊域を浄化するために親、親友、仲間達から自分の記憶を消して、彼がいた国からも自分の存在を抹消してからこの国へとやってきたのだ。
誰も悲しまないように、自分が大事にしていた人達の中から自分を消す、並大抵の覚悟では出来るはずも無い。
しかも、自分とは全く関係の無い国の関係の無い者達のために彼はそれをやってのけた。

さらに彼の国は、特別な方法を使ってしかいけない所にあるらしく、一度こちらにきたら二度と帰れないらしいのだ。


つまり、彼は家族や友、さらには国を捨ててまで見ず知らずの自分達を助けにきたのだ。

しかも彼はあくまで任務を遂行するのを休暇の間にやると聞かなかった。

理由は、“一人修業の旅”に出ると言えば誰も付いて来ないし巻き込まないですみますから、と彼はおどけながら言ったのだ。

そして、すぐには無理だが、今後しばらくして、いつか休暇が欲しくなったら届け出さえ出せばすぐに休暇をあたえる事を魔王は約束して、ナルミは部屋を後にした。

そして今、ナルミが退室後に余りに泣け過ぎて他の近衛隊と交代した(その時シルバは隠れていた)彼女達は兵士宿舎(女性用)の彼女達の部屋にいる。

「あ、あれが真の…ズッ…え、英雄のす、すがだなんですね…」

「全てを捨ててまで私達の国を護るために来たなんて…」

「……私は、あのお方のようになりたい。」

「わ、わだじはぜんぜーのこど、な、なにもわがっでなかっだでず…うぁーん!!」

中はもはや涙で埋め尽くされている。
なんとも涙脆い人達である。

そしてしばらく泣いた後、だんだん落ち着いてきたスフィーはシルバに聞いた。

「シルバ…あのお方はなぜ私たちのためにあそこまでしてしてくれるのだろうか……」

それに対してシルバは、いまだに呂律が回っていない口調で答える。

「わ、わかりま、ぜん…わだじは…なにもわがっでながっだんです……うわーん!!」

「落ち着いて、シルバさん。」

ふただび取り乱したシルバを隊長が優しく諭す。

「で、でもぉ…」

ぷるぷる震えながら泣いているシルバは、端からみたら虐められてるようである。

それからまた泣いていたシルバだが、しばらくしていきなり立ち上がった。
そして言ったのが

「私、聞いてきます。先生がなんのために私たちを護り戦ってくれるのか、その理由を今から聞いてきます。」

そう言い、決意した顔をしながら彼女はドアに手をかけ、扉をあけた。

そして部屋を出ようとした時にボーっと彼女の行動を見ていたスフィーがいきなり駆け出し、彼女を捕まえて扉を勢いよく閉めた。
襟首を掴まれたシルバはぐえっとなってその場で咳込んだ。

「ゴホッゴホッ……なにするんですか!」

「そっちこそ、何をしようとしてるんですか!」

シルバの当然の抗議に対してスフィーは傍目からは逆切れとしかとれない抗議をした。

訳が分からない。
それがスフィー以外の反応である。

しかし、そんな彼女達を無視してスフィーは続ける。

「馬鹿ですか!?なんであの方に直に聞くという事をしようと考えるんですか!!私たちの首を飛ばす気ですか!?」

そこまで言われ、やっと気付いた。

そう、シルバは賄賂(お菓子)により王妃の近衛隊を懐柔してナルミの話しを聞いたのだ。
つまり普通話しを聞けない立場の者が、普通では無い方法で話しをきいたのだ。

その事をナルミに話したら、もちろんなんで知っているのか、という話しになる。

それは近衛隊の彼女達も同じで、寧ろ賄賂により絶対秘密厳守の話しを外に漏らしたのだ。
知られたらただではすまされない。

シルバ共々職業的に、悪ければ物理的にも首が飛ぶ。
少なくとも、罪人として扱われるのは確かなのだ。

「でも…じゃあどうやって聞いたら…」

その事実を目の当たりにして、シルバはうろたえながら一人ぶつぶつ言っている。
すると、スフィーが横から

「聞くにしてもせめて、ぼかして聞くとか考えて下さいよ。まぁ疑問の発端である私もこの事は気になりますし、協力はしますよ。」

すると、他の二人も

「私も、ここまできたら最後まで気になるし協力します。」

「隊長と同じく、やっぱり気になる。」

かくして、ここにナルミが戦う理由を聞くのを目的とした少女達の同盟が結成されたのだった。

「ではやはり、まずはナルミ様の普段の生活を調査してそこから…」

「それは絶対ダメです!!」

だがやはり、前途多難である。
 
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