フィデリオ
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第一幕その六
第一幕その六
「壊れた水溜りの後に掘るのが一番いいのだ。それは知っているか」
「いえ」
そこまでは知らなかった。墓掘りなぞやったこともなかった。
「はじめてですから」
「まあそうだろうな。嫌な仕事だが我慢してくれ」
「はい」
「何なら一人で行くが」
「いえ、行かせて下さい」
だが彼はそれを引き受けることにした。
「是非共」
「よいのか」
「承知のうえです。だからこそ側において頂きたいと申し上げたのです」
「わかった、では行こうか」
「ええ」
二人は行こうとする。しかしそこにヤキーノとマルツェリーナが血相を変えてやって来た。二人共かなり焦っていた。
「どうしたんだ、二人共。そんな顔をして」
「お父さん、大変よ!」
「所長が!看守長をお探しです!」
「わしをか?」
「何があったのでしょうか?」
「しまったな」
彼は何かに気付いたらしく困った顔をした。
「所長に囚人のことを申し上げるのを忘れていたわ」
「獄長の許可は得たのでしょう?それなら大丈夫では」
「実はそこから上があってな」
彼は言った。
「実際は所長の許可が必要なのだ」
「そうだったのですか」
「まずいな、これは」
「早く囚人達を中に入れましょう」
「さもないと大変なことになるわ」
「いえ、もう少しいいのではないでしょうか」
だがフィデリオは囚人達を庇った。
「久し振りのことですし。責任は私が持ちますから」
「しかしな」
「そんなことを話している暇じゃないわ」
「早く何とかしないと」
そうこう話しているうちにピツァロがやって来た。あの黒服の男達を引き連れている。厳しい顔を更に厳しくさせている。
「看守長、これはどういうことだ!?」
「所長」
ロッコは彼に身体を向けた。
「私はこのようなことを許可した覚えはないが。説明してもらおうか」
「囚人達に恩恵をと思いまして」
「何故だ?」
「今日は王様の命名日だからでございます」
「そうだったか?」
「はい」
後ろに控える部下の一人がそれに答えた。
「確かそうだったと記憶しております」
「そうだったのか。忘れていた」
ロッコはそれを聞いて胸を撫で下ろした。実は咄嗟に言った言い逃れだったのである。そうした意味でも彼は運がよかった。
「ですから彼等を出したのです。この者達は構いませんよね」
「そうだな」
見ればあの男はいない。それでピツァロは少し機嫌を取り戻した。
「ではいいだろう。この件に関しては不問に処す」
「有り難うございます」
「だがすぐに仕事にかかれ。あの男のことは覚えているな」
「はい」
「ならばよい。ではすぐに取り掛かれ」
「所長」
ピツァロにマルツェリーナとヤキーノが言った。
「何だ?」
「囚人達はどうなるのでしょうか」
「私の許可なく外に出すことはできん。すぐに中に戻せ」
「わかりました。それでは」
ヤキーノが合図をする。すると鐘が鳴り囚人達はそれを聞くとうなだれて牢獄の中へと入って行った。皆非常に悲しそうな顔をしていた。
「折角外に出られたのに」
「これが牢獄なんだ」
囚人達を見て悲しそうな顔をするマルツェリーナに対してヤキーノがそう声をかけた。
「それはわかっているだろう?」
「けれど」
それでも彼女は不満そうであった。それは彼女の心根故であった。
「それでは短い間だったが」
フィデリオが囚人達の誘導をはじめた。
「早く戻れ。いいな」
「わかりました」
囚人達は力なく牢獄の中へと戻って行った。皆項垂れ、沈んだ顔で中に入って行った。
ロッコはピツァロに従い牢獄の奥深くへと向かった。そしてフィデリオにも声をかける。
「早く来い」
「わかりました」
彼女はそれに頷き彼の後について行く。その途中意を決して呟いた。
「待っていてね、貴女」
一瞬だが女のような顔になった。
「必ず救い出してみせる」
そして牢獄の奥深くへと入って行った。まるでそこにいある何かを取り出そうというように。
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