売られた花嫁
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第二幕その四
第二幕その四
「どうやって僕に引いてもらうつもりなのですか?仰って下さい」
「何だと思いますか?」
「さて」
彼はとぼけてみせた。
「暴力ではないのは確かですね」
見たところケツァルにそんな力はない。ひょろ長い身体をしており見るからに力はない。武器といえば傘だけだ。だがこれが何の役に立つだろうか。精々雨をよけるだけしか役に立たない。
「私は暴力は嫌いです」
彼の方でそれはきっぱりと否定した。
「何しろうちのやつに毎日ひっぱたかれておりますから」
「そうだったのですか」
「ええ。ですからそんなことはしません」
意外にも恐妻家であるらしい。そう言われてみればそんな感じもしないわけではない。
「私はあくまで仲介屋です」
「はい」
「私の信念はお金にあります」
「お金に」
「お金ですか」
「そう、そしてそのお金を使うことにしましょう」
要するに買収である。これは実によくあることであった。
「幾らならよいでしょう」
「ちょっと待って下さい」
イェニークは不機嫌な顔を作ってみせた。
「何か」
「僕を買収するつもりですか」
「それは人聞きの悪い」
「では何故」
「私からのほんの気持ちですよ。ほんの気遣いです」
「気遣いですか」
「ですから是非受け取って下さい。宜しいでしょうか」
「ふむ」
イェニークはそれを聞いて考えるふりをした。あくまでふりである。
「マジェンカの家には何があるか御存知でしょうか」
「勿論」
ケツァルはイェニークの問いに快く答えた。
「かなりの資産家でありますな」
「僕はそれよりも彼女の方が大切ですけれどね」
「またそんな。彼女だけですか?」
「僕はそうですよ」
臆することなくそう返す。
「先程も言いましたがお金とかは頭を使えば出て来るものですから」
「ふむ。強気ですな」
「それは貴方だって同じだと思いますが」
「私も?」
「ええ。貴方は紙と舌で仕事をしておられますね」
「ええ」
「だったら同じですよ。人間というのはそういうものです」
「今一つ意味がわかりませんが」
ケツァルは首を傾げながらそう述べた。
「ですがお話を続けてよいですね」
「ええ、どうぞ」
「二匹の子牛、子豚、家鴨にガチョウ、それに田畑までありますな」
「よく考えればどの家にでもありそうなものですね」
「むう」
ケツァルは言葉に詰まったがすぐに返した。
「それに食器も。それはどれだけの価値があると思われますか」
「そうですね」
イェニークはまた考えるふりをした。そしてケツァルに問うてきた。
「貴方はどう思われますか?」
「私ですか?」
「ええ。幾らの価値があると思われますか」
「そうですな」
ケツァルは真剣に考えながら自分の意見を述べた。その顔は本当に真剣なものであった。
「一〇〇グルデン程でしょうか」
「何だ」
イェニークはそれを聞いて呆れた声を出した。
「それだけの財産がそれだけか。いや、マジェンカを忘れるのにその程度で」
「不ですかな」
「不服ではありませんよ」
ムッとしたケツァルにそう言葉を返す。
「ただその程度か、と思っただけです。マジェンカを忘れるのにたった一〇〇グルデンとは。いやはや」
「では二〇〇ではどうですかな」
ケツァルはお金を倍にしてきた。そしてイェニークを見据えた。
「それなら文句はないでしょう」
「単に倍にしただけではありませんか」
しかしそれに対する彼の声は冷ややかなものであった。
「それで誰かを納得させられるとでも?僕も含めて」
「うぬぬ」
ケツァルの顔が怒りで赤くなった。
「ではどれだけあればよいのですかな」
「お金の多さではないのですよ」
イェニークはそう述べた。
「誠意です」
「誠意!?」
「そう、貴方のね。誠意を見せて頂きたいのです。宜しいでしょうか」
「・・・・・・・・・」
ケツァルはそれを聞いて沈黙してしまった。今まで赤くなっていた顔が急に白くなってしまった。どうやら落ち着きを取り戻したようである。
「わかりました」
そしてそう答えた。
「私も結婚仲介人です。では誠意を見せましょう」
「その誠意とは」
「三〇〇グルデンです」
それが誠意であった。
「これではどうでしょうか。貴方にとっても充分な誠意の筈ですが」
「ふむ」
イェニークはまたしても考えるふりをしてみせた。だがやはりケツァルはそれに気付かない。
「誠意ですね、確かに」
「はい」
ケツァルはそれを聞いてニヤリと笑った。勝ったと思ったからだ。
「私の誠意、理解して頂けたようですね」
「はい。ですが誓約書に書かれている言葉ですが」
「はい、これですね」
ケツァルはまたイェニークにその誓約書を見せた。イェニークはそこのある部分を指し示した。
「ここですね」
「ここ」
「そう。ここにクルシナの娘はミーハの息子と結婚するとありますね」
「はい」
「ミーハの息子と。これに間違いはありませんね」
「勿論です」
ケツァルは胸を張ってそう答えた。張りすぎて帽子がずれ頭の一部分が見えてまぶしい程であった。
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