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機動6課副部隊長の憂鬱な日々

作者:hyuki
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第108話:男2人


当直生活3日目も午後になり、そろそろ交替するメンバーが
やってくる時間が近づいてきた。
本来なら、勤務が明ければ即行で家に帰りたいところだが、
朝に受けたクロノさんからの通信でそうもいかなくなった。
今夜飲みに行こうと言うクロノさんに、当直明けだから無理だと
必死に主張したのだが、結局はクロノさんに押し切られてしまった。

昼食後、そのことを伝えるためになのはに連絡したのだが、

”ゲオルグくんもクロノくんには勝てないんだね”

となのはは笑って言うのだった。

しばらくして、ぽつぽつと交替メンバーが艦橋に入ってくる。
その様子を時折ちらちらと見ながら引き継ぎのための報告書を作成していると、
すぐ近くから声をかけられた。

「待たせてごめんね、ゲオルグ」

目を向けると、すまなそうな表情のフェイトが立っていた。

「いや、むしろ早いぐらいだろ。じゃあ、引き継ぎやるか?」

「そうだね。じゃあ、お願いするね」

「よし、なら俺の部屋で」

「うん」

フェイトを伴って自分の部屋に行くと、フェイトにソファを勧める。
俺はフェイトの向かいに座ると、この3日間に起こったことなどの
引き継ぎ事項を話していく。
途中、ところどころでフェイトが質問してくるのに答えつつ
30分ほどかけて引き継ぎを終える。

「ってとこだな。いいか?」

「うん、十分だよ。ありがとう、ゲオルグ」

「よし。じゃあ後は頼むな」

「了解、まかせて」

フェイトはそう言って微笑を浮かべると、ソファから立ち上がる。
俺もソファから腰を上げると、フェイトに先んじて部屋のドアを開け、
フェイトを先に通す。

「ありがと、ゲオルグ」

フェイトの謝辞に軽く頷き、フェイトの後に続いて通路へと出る。
艦橋に向かって歩く道すがら、隣を歩くフェイトが何か言いたげに
俺の方をちらちらと見る。

「なんだよ、フェイト」

「うん・・・。あのね、今日ってクロノに呼び出されたんだよね?」

「そうだな。今朝連絡があって、今晩飲みに行くことになったよ。
 口ぶりからするとなんか話したいみたいだ」

俺の言葉を聞いて、フェイトは眉をひそめる。

「そっか・・・ごめんね。クロノもゲオルグの事情を考えてくれないと」

「ん? 事情って?」

「だって、当直3日目でしょ? 本当なら帰って寝たいんじゃない?」

「まあ、そうだけど・・・クロノさんも忙しい人だし、しかたないよ」

そう言いながら肩をすくめると、フェイトはため息をつきながら肩を落とした。





3日間の当直を終えて、俺はクラナガン市内に向けて車を走らせる。
本来なら、クロノさんと待ち合わせをしている繁華街の方へ真っ直ぐ
行きたいところだが、酒を飲む以上運転していくわけにもいかない。
幸い、俺の自宅から繁華街までは列車で一本なので、一度家に帰って
車を置いてから、繁華街に向かうことにした。

部屋の前まで来て呼び鈴を鳴らすと、中からドアが開いてなのはの顔がのぞく。

「あ、おかえり」

「うん、ただいま」

部屋の中に入ると、奥の方からヴィヴィオが駆けてくる。

「パパ、おかえりなさい!」

「ただいま、ヴィヴィオ。いい子にしてたか?」

「うんっ!」

ヴィヴィオは勢いよくそう言うと、大きく首を縦に振る。
俺がヴィヴィオの頭をなでると、ヴィヴィオはくすぐったそうに身をよじる。

「すぐ出るんでしょ?」

「うん。待ち合わせまで間もないし、すぐ出かけるよ」

「そっか。大変だね」

「まあ、クロノさんに呼ばれたら行かない訳にもいかんでしょ。
 せいぜい、たっぷりおごってもらうことにするさ」

「あはは、クロノくんも大変だ」

なのはは愉快そうに笑いながらそう言った。
俺は自分の部屋に入って制服から私服に着替えると、キッチンで水を一杯飲み、
リビングに居るなのはに向かって声をかける。

「なのは。俺、もう出かけるよ」

「あ、そう? 早いね。 気をつけてね」

「判ってるって。なのはこそ、戸締りはしっかり頼むぞ」

「了解だよ」

なのはと俺が交わす会話を聞いて、ヴィヴィオが俺の方へ近づいてくる。

「パパ・・・」

「ん?どうしたんだ?」

俺がヴィヴィオの前にかがむと、ヴィヴィオは不安そうな目で俺の顔を見る。

「お出かけするの?」

「ああ。ちょっとお友達と会うんだ」

「一緒にごはん食べないの?」

「今日は一緒に食べられないよ。ごめんな」

「そうなの?じゃあ、明日は?」

「明日はずっと家に居るよ」

「ホントに?じゃあ、ずっと一緒だね」

「そうだな。また公園に行くか?」

「うんっ! 約束だよ!」

「よし、約束だ」

俺はそう言ってヴィヴィオに向かって、右手の小指を差し出す。
ヴィヴィオは差し出された俺の小指に、自分の小さな小指を絡めた。

「ゆびきりしたんだから、約束やぶっちゃだめなんだからね」

「わかってるよ。大丈夫」

俺は立ち上がって、ヴィヴィオの後ろに立つなのはに目を向ける。

「じゃあ、頼むな」

「うん、いってらっしゃい」

なのはとヴィヴィオに見送られ、俺は最寄りの駅に向かった。





・・・30分後。
家を出て15分ほどで待ち合わせ場所までたどり着いた俺は、
かれこれ15分、この場所でクロノさんを待っている。
俺が着いたのが約束の時間より10分早かったので、
都合クロノさんは5分の遅刻ということになる。

(さすがに連絡するか・・・?)

そう思い始めたころ、後ろから肩を軽く叩かれた。

「悪いな、ゲオルグ。少し遅れてしまったよ」

「いえ。そんなに待ってませんしね」

そう言いながら振り返ると、クロノさんが片手を上げて立っていた。

「そうか、なら行こうか」

クロノさんはあっさりとした口調でそう言うと、俺に背を向けて歩き始める。
俺は、クロノさんの背中を追いかけていく。
クロノさんは大通りをそれて、少し狭い路地を足早に歩いていく。
やがて、クロノさんの足はある店の前で止まる。

「ここですか?」

「ああ」

俺が尋ねると、クロノさんはゆっくりと頷く。
その店は、どこか古めかしい雰囲気を醸し出すバーだった。
クロノさんがドアに手をかけると、きしみ音を上げながら開く。
クロノさんに続いて中に入ると、うす暗い店内が俺達を出迎える。
俺達は店の奥の方にあるテーブルに腰を下ろした。

「いい感じの店じゃないですか」

「そうだろう? 僕も気に入っているんだ」

クロノさんは自慢げに笑ってそう言う。
俺達が席についてすぐ若い男性の店員が寄ってくる。

「いらっしゃい。今日はお連れさんがいらっしゃるんですね」

「ああ。ちょっと話があってね」

「そうなんですか。で、なんにします?」

「いつものを」

「わかりました。そちらは?」

「ビールを」

「銘柄はなんにされますか?」

「適当に見つくろってくれるかい?」

「わかりました」

店員は軽く頭を下げると、カウンターの奥へと下がっていく。

「食べ物は頼まなくてよかったのか?」

「クロノさんが何か頼んでるでしょ?」

「まあ、そうだが・・・。僕が何を頼んだのか判ってるのか?」

「いいえ。でも、クロノさんの舌は信用してますから」

「それは、喜んでいいのか判らない評価だな」

「そうですか? 手放しでほめてるつもりですけど」

「僕の舌”は”というのは引っかかるがな」

「それ以外にも信用してる部分はありますよ」

クロノさんは俺の言葉を聞いて、不服そうな表情を浮かべる。
そんなクロノさんが口を開こうとしたとき、さっきの店員が俺達の
テーブルのそばに立つ。

「お待たせしました。ご注文の品です」

店員は数品の料理をテーブルの中央に置いた後、俺の前にはビールの入った
グラスを、クロノさんの前にはウィスキーの入ったグラスを置いて、
軽く頭を下げて去って行った。

クロノさんは店員がカウンターの中に入るまでその背中を見送る。
店員がカウンターの中に入ると、クロノさんは小さく息をついて俺の方を見る。

「では、乾杯でもしようか」

クロノさんはそう言ってグラスを掲げる。

「ええ」

俺はクロノさんに向かって頷くと、自分のグラスをクロノさんのグラスに
軽く当てた。チンという甲高い音のあとに、グラスの中のビールをグイッと
あおると、冷たく冷えたビールが俺の胃に一瞬のひんやりとした感覚を与える。
俺は、グラスを置くとクロノさんに目を向けた。

「で、今日はどんなお話ですか?」

目を閉じて、ウィスキーの味を楽しんでいたらしいクロノさんは
ゆっくりと目を開けると、グラスを置いて俺を真っ直ぐに見据える。

「機動6課の次の配置についてだが、士官学校の教官を希望したらしいな」

俺はクロノさんの言葉に、”やっぱりか・・・”という感想を持った。

「ええ、まあ。それがなんです?」

「なぜ前線部隊に就こうとしない?」

「はやてから聞いてませんか?」

俺がそう返すと、クロノさんは難しい顔で俺を見る。

「・・・ああ、聞いている。休ませろ、ということだったな」

「端的に言えばそうです」

「端的に・・・ね。まあ、それはそれとして、僕自身としては
 ゲオルグにはより重要な役割を果たしてもらいたいんだが」

「重要な役割って?」

俺が尋ねるとクロノさんは急に表情をなくして、慎重に周囲の様子を窺い
人がいないことを確かめると、身をかがめて俺の方に顔を寄せる。

「なあ、4月から管理局の体制が変わることは知っているか?」

「ええ、はやてからざっくりとは聞いてます」

「なら、新部隊設立の件は?」

「新部隊・・・ですか?」

「その様子だと知らないみたいだな・・・」

クロノさんはそう言うと、天井を見上げて少し考えるようなそぶりを見せる。

「・・・最近、ミッドを中心にテロ事件が頻発しているのは知っているな?」

「ええ。今回の当直中にも何度か連絡が入りましたしね」

「そうか。でだ、昨今のテロ増加に対応するべく、本局や地上本部の
 枠にとらわれない、専門の部隊を立ち上げることになった」
 
「はぁ・・・」

「で、僕がその部隊の立ち上げを担当することになったんだが、
 僕としてはその部隊長をゲオルグ、君にやってもらいたいと思っている」

クロノさんはそこで言葉を切ると、俺の方をじっと見つめた。
俺は、クロノさんが何を言っているのか理解できず、しばらく
ぽかんとしてしまう。

「どうした?ゲオルグ」

クロノさんに声をかけられ俺はフッと我に返った。

「あ、はい。すいません。てか、俺が部隊長って言いました?」

「ああ、そう言ったよ」

「俺が部隊長って・・・なんで俺なんですか? 適任者なら
 他にいくらでもいるでしょう?」
 
「いや。僕はゲオルグが適任だと考えてる。
 それは、今度作る部隊の特徴に関係するんだ」

クロノさんはそう言うと、テロ対策部隊の特徴について滔々と述べ始めた。
曰く、新部隊には正面切って戦う能力だけでなく、敵地深く潜入して
情報を収集したり、工作活動を行う能力が必要とのことだった。

「というわけで、部隊長には情報部に居た経験のあるゲオルグが適任なんだ」

「そういうことですか・・・」

「納得してくれたかい? なら、4月からゲオルグが部隊長ってことで・・・」

「ちょっ、ちょっと待ってくださいよ! まだ俺は何も言ってないでしょ。
 それに、今から部隊設立なんて間に合わないでしょう?
 隊の配置とか人員とか。それに、上だって説得しないと」

「上については大丈夫だ。この部隊設立は3提督のお声がかりだからね
 それに、配置については今建設中の新しい6課の隊舎をそのまま使う」

「なっ!? それにしたって・・・」

「ちなみに、部隊長の人事も内々には打診して、認可をもらっている」

「はぁ!? 何を勝手に事を進めてるんですか? 本人抜きで。
 それに、俺は4月から士官学校の教官です。これは譲れません」

「どうしてそんなに教官にこだわるんだ? 部隊長の方が格は上だし、
 やりがいもあると思うぞ?」
 
「はやてから聞いてないんですか? 俺はしばらく前線を離れたいんですよ。
 クロノさんだったら、俺の経歴は知ってるでしょ?
 もう何年も前線に居続けなんですから、いい加減しばらく休ませてください」

「どうしてもか?」

クロノさんが困った顔でそう聞いてくるので、俺は大きく頷いて見せた。
それを見たクロノさんの眉間に深いしわが寄る。

「そうか・・・。だが、今さら他に部隊長を探している余裕はないしな。
 そうだ、ゲオルグ。こういうのはどうだ?」
 
「なんです?」

「テロ対策部隊の発足を1年遅らせる。どうせ、人を集めるのにも
 時間が必要だしな。で、1年後の部隊発足時にはゲオルグに
 部隊長についてもらう。どうだ?」

クロノさんはそう言うと、じっと俺の目を見る。

「どうだ・・・って、人の話聞いてました?」

「お前は僕をなんだと思ってるんだ? 当り前だろう」

「なら、なんで1年後には俺が部隊長って話になるんです?」

「1年も休めば十分だろう」

「何言ってんですか。時間制限付きの1年なんか休んだうちに入りませんよ」

「だが、部隊の設立は1年以上伸ばせないぞ」

「なら、俺にこだわる必要ないでしょ。俺以外の誰かを部隊長に
 据えればいいじゃないですか」

「断る。僕は君以外に部隊長が務まる人間を知らない」

クロノさんはそう言うと、力強い目で俺を見据えた。

(ここらが限界かな・・・)

俺は天井仰ぎながら、大きなため息をひとつつくと、
クロノさんの方に目を向けた。

「・・・わかりましたよ。お受けします」

俺がそう言うと、クロノさんはホッとしたのか安堵の表情を見せた。

「そうか・・・。受けてくれてよかったよ」

クロノさんはそう言うと、手元のグラスをグイッとあおる。

「実際のところ、部隊編成にかかる時間もあるし、部隊の発足は
 1年後くらいだろうだと思っていたんだ」

「な!? じゃあ、俺の妥協は意味ないじゃないですか!」

「結果的にはそうだな。でも、君の希望通りに休養期間はとれるだろう?」

「いやいや、もっと休めるなら休みたいですよ。
 それに、1年じゃ学生の面倒を最後まで見れないじゃないですか」

「前線から離れたいから教官になるって言ってたやつがよく言うよ。
 それに、ついさっき君は1年後の部隊長就任を了承しただろう?
 まさかとは思うが、舌の根も乾かぬうちに発言をひっくり返すのか?」
 
「いえ・・・そんなつもりは・・・」

「なら、部隊長就任は内定だ。今後、部隊設立に先駆けていろいろと
 動いてもらうことも出てくるからそのつもりでな」

「はあ・・・わかりました・・・」

満面の笑顔で言うクロノさんを見て、俺は内心で深い深いため息をついた。

 
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