漆黒の姫君と少年は行く
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第1話「召喚に応じた騎士は頭を抱える」
辺り一面咲き乱れる桜並木の道を文月学園まで歩いている。街はすっかり復興していて、大火災があったとはとても思えない活気に満ち溢れていた。校門の辺りまで来たところで引き締まった肉体を持った教師を見かける。
「おはよう吉井」
「おはようございます、西村先生」
彼は西村宗一、トライアスロンが趣味なためか鋼のような体格をしていて、厳しい教育的指導等から多くの生徒から鉄人と畏怖されている。
ほれ、と差し出された封筒を受けとる。二学年に進級する時にクラス分けするための振り分け試験の結果用紙だろう。
受け取って封を開こうとした僕は
「――って、どうせFクラスじゃないかっ!?」
流れるように地面に叩きつけた。
「当たり前だ馬鹿者っ!試験最中に寝る奴がどこにいる!?」
「ここにいますっ!」
「威張るな!」
思いっきり拳骨で殴られた。
ま、仕方無いよね……。
その時なんて聖杯戦争をどう動いていこうかで頭の中が一杯だったし。
「ま、過ぎたものは仕方ないし。そのクラスで頑張っていくしかないか」
「む、確かに過ぎたものは仕方ないが……何か釈然とせんな。まあいい、行ってこい」
「はい、先生」
軽く頭を下げて振り分けられた教室へと足を進める。その時、気になることがありふと歩みを止めた。
……そう言えば僕のパートナーにもなるサーヴァントって誰になるんだろ?
アルトは触媒に関しては自分が用意しておくとか言ってから、僕にはどんな英雄が呼び出されるかは分からない。セイバー、ランサー、アーチャー――これら三大騎士と呼ばれるどれかがいいんだけど、その中でも相性的にランサーかアーチャーがいい。セイバーは何というか……義理堅そうで嫌だ。
ま、気にしていても仕方無いか……。
そう割りきると再び止めていた歩みを再開した。
「ちょっと待ちなさい吉井君!」
「絶対に嫌だっ!?殺されるから!」
Fクラスまで直行するつもりだったのに、どういうわけか学園内をひたすら逃げ回っている僕。
ちなみに必死なため、無意識の内に両脚に強化魔術をかけていた。
何でこうなったかと言うと、原因は後ろから迫ってきている赤いあくま、通称遠坂凛。
「通称が逆でしょうがっ!?……ってそんな事はどうでもいいからとにかく止まりなさい!悪いようにはしないわっ!」
「嘘だっ!だったら魔術回路開放寸前まで拳に力をこめないはずだよ!」
「ば、バカ!?こんな真っ昼間から秘匿用語を口にするんじゃないわよ!」
し、しまったついっ!
これもそれも全部君のせいじゃないか遠坂さん!
君が出会い頭に魔術回路を稼働させて、凄い剣幕で追いかけてさえ来なければ……!
それに家訓の「常に余裕をもって優雅たれ」はどこに行ったんだ!……って…………あれ?
「遠坂さん?」
「何?やっと止まる気になった?」
「いや、そんな気は欠片も無いけど……それより猫の皮、すっかり剥がれ落ちてしまってるよ?」
「……え?」
思わず足を止めて、自分の状態を確認する遠坂さん。そして事態に気づいたのかみるみる赤面しはじめた。面白いので様子を眺めていたいのは山々だが、この機会を逃せば逃げられないだろう。
後ろから 覚えてなさいよっ!!なんて不穏な叫びを聞きながら僕はFクラスへと飛び込んだ。
「遅れてすみません……」
「事情は把握しましたから大丈夫ですよ。……それにしてもまた、ですか?」
謝罪した僕に同情するような視線を向ける福原先生。実はこの頃、遠坂さんと僕のこのやり取りは日常茶飯事になってる気がする。
「では吉井君が最後ですから、自己紹介をお願いします」
「はい。吉井明久です、これから一年仲良くしてください」
軽めに自己紹介を済ませると、そのまま空いてる卓袱台に腰を下ろす。
……今さらだけど、少し位は起きてせめてEクラス位には入った方が良かったのでは、と後悔する。それほどまでにこの教室は酷い環境だったのだ。
「うぅ……」
隣で生気の無い声がしたので振り向くと、思わず顔を引き吊らせてしまった。
だって死んだ魚のような眼をした雄二がいたから……。
「ゆ、雄二どうしたのさ?」
「明久か……俺はもう駄目かもしれん。翔子が本格的に黒魔術を……」
段々と霧島さんが悪い方向に足を踏み入れてるような気がする。
「けどそんな迷信みたいなこと信じるなんて、霧島さんも可愛いね」
「笑い事じゃねぇぞ。何か閉じよ閉じよ閉じよ閉じよ……ってぶつぶつ怖いんだよ」
……………え?
一瞬耳を疑った。
「ねえ、霧島さん……『繰り返すつどに 五度。ただ、満たされる刻を破 却する』とかも言ってなかった?」
「よく知ってるな……まさかお前まで黒魔術を!?」
その後の事はよく聞こえなかった。
雄二の言ってることが本当だとしたら、最悪の状況を迎えることになる。
霧島さん……彼女が呟いていたのはサーヴァント召喚の準備段階での詠唱。
これも秘匿中の秘匿で、魔術を持つ人の中でも知っている人は限られている。
霧島さんが何かしらのサーヴァントを召喚しようとしているということは、そう……いずれ僕と彼女は殺し合う事を意味する。
そんな嫌な結果を考えまいと必死に頭を振り払うけど、拭い去ることは叶わず、放課後までに至ってしまった。
「明久、起きるのじゃ明久!」
一体どれくらい考え込んでいたのだろう。
気がつくと寝てしまい、とっくに授業を終えていた。
「ごめん、起こしてくれてありがとう。それでどうしたの秀吉」
「お主に会いに来たという女性がいてな、お主はあの方と知り合いなのかの?」
「ん?」
視線を辿り、扉の方を見る。
そこには学園には似つかわしくない、華やかな漆黒の衣装を着た黒髪の少女がいた。
それが誰であろうかは僕が一番よく知っている。
「ひ、姫!?」
思わず声を上げてしまい、彼女を取り囲んでいた人達が皆こちらを振り返る。
恐らく姫、という言葉に反応したのだろう。
「いつも通りの話し方で宜しくてよ?こんな場所でまで執事口調なんてあなたも疲れるでしょうに」
そう言ってくすくすと上品に微笑むアルトルージュ・ブリュンスタッド。その仕草にも男子に限らず、女子までが顔を赤くした。
「ご、ごめんアルト。まだ夕焼け時なのにここに来るとは思わなかったからさ」
「普通ならそんなことはしないわ」
そう言うとアルトは僕の側に来て、
(既に二騎のサーヴァントが召喚されたわ、これ以上はのんびりできないから呼びに来たまで)
「……!」
それを聞いた僕は、頷いてアルトと教室を後にしようとする。が、そこで呼び止めるものが二名いた。
「ちょっと吉井!その人とどんな関係なのよっ!」
「そうですっ!どんな関係なのですか!」
後ろから黒いオーラを出して明久に詰め寄る二人の女生徒、島田美波と姫路瑞希だ。
まわりの男子は彼女達の剣幕にたじたじになるが、今の明久は早いことサーヴァントを召喚しなくてはならないので、二人に構っている時間すら
惜しい。だからどこふく風といった感じに答える。
「アルトとは恋人同士だよ」
「「なっ!?」」
衝撃で絶句する二人を押しのけて僕は学園を後にした。因みに僕が住むアルトの千年城までは結構距離があるので、帰るときは屋根の上を肉体強化してショートカットした。
本来なら一介の魔術師である僕よりもアルトの方が桁違いに強い。
魔術師なら誰もが恐れる死徒27祖、その中でも上位の第9位に君臨する程の漆黒の吸血姫アルトルージュ・ブリュンスタッドは自分は走らずに、何故か僕に所謂お姫様抱っこされていた。
「ちょっ!アルトは僕より圧倒的に速いんだからさっ!?」
「手厳しいこと。ですが、女を本気にさせるのも殿方の器量のうちですよ」
「あぁもう分かったよ!やればいいんでしょやれば!!」
そんな文句にアルトは余裕の表情で、そんなことをのたまってくる。
半ば投げやりな感じでアルトを抱き上げたまま、拠点へと帰った。
「ただいまーって……うわぁあああ!!??」
「お帰り明久ぁぁんブフォア!!?」
千年城に入って僕が帰宅の報告をしようとして悲鳴を上げたのと、フィナが腰をくねくねさせながら僕に飛び付こうとしてぶっ飛ばされたのは同時だった。
「ふふふ…フィナ、人の殿方に手を出そうとは良い度胸ですこと」
見ればアルトが拳を構えて微笑んでいた。
いや、目は笑ってないけれども……。
「フィナのあの性質はどうにかならないのか…」
「うん、無理だと思う」
いつの間にか隣に着ていたリィゾがため息をつき、僕はそれをあっさり否定する。
フィナ=ヴラド・ スヴェルテン
死徒27祖第8位に位置する吸血鬼で白騎士と呼ばれている。アルトの護衛その二。同性からしか血を吸わず、美少年好き。
そしてアルトの護衛でもあるわけだから、ホモでショタでロリとかまあ…………言うならばとんでもない変態だ。
これにはアルトもリィゾも手を焼いている。
リィゾも紹介しておくけど……
リィゾ=バール・ シュトラウト
黒騎士と呼ばれていてアルトの護衛そのいち。
彼女も第6位に君臨していて凄い人。フィナと違って真面目で、僕としてはとても頼りになる騎士だ。
そして今僕に人懐っこくすりよってくる可愛いプライミッツなんだけど、この子には本当に驚かされたよ、そりゃもう。
プライミッツ・マーダー
ガイアの魔犬。霊長の殺人者。 人類に対する絶対的な殺害権利を持つが故に最強のひとつに数えられる。 アルトにのみ従う白い魔犬。なお、こいつを御するには守護者が七騎必 要らしい。冬木の聖杯戦争はその事にちなんでいるとかなんとか。
まあ第1位とは……。
とにかく二人とプライミッツは大切な家族なんです。
「あれアルト、触媒は?」
ふと見ると、召喚に使う際の触媒が何処にも見当たらない。なのにアルトは妖しげな笑みを浮かべたかと思うと
「私が触媒よ」
なんてことを仰いました。
そんな僕の表情に気がついたのか
「そんなにおかしなことかしら?長い年月を生きてきた私には、縁のある騎士は意外と多くてよ」
「そんなに上手くいくかなぁ…」
なんて不安を呟きながら、とりあえずは召喚の詠唱を開始する。
「素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公」
まずは召喚の初段階。
「祖には我が大師ブリュンスタッド」
そして、祖であるアルトルージュを触媒に、詠唱にブリュンスタッドの名を刻む。
遠坂の家系は祖に第4位であるキシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグの名が刻まれるのだが明久は違う。アルトルージュと出会ったからこそブリュンスタッドの名を刻めるのだ。
「降り立つ風には壁を。 四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に 至る三叉路は循環せよ。
閉じよ(みたせ)。閉じよ(みたせ)。閉じよ(みたせ)。閉じよ(みたせ)。閉じよ(みたせ)。繰り返すつどに五度。 ただ、満たされる刻を破却する
――――告げる。 汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に 。 聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ。
誓いを此処に。 我は常世総ての善と成る者、我は常世総 ての悪を敷く者。汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より 来たれ、天秤の守り手よ―――!」
最後の呪が刻まれた。 召喚陣が光を放つ。
「召喚に従い、さん… じょ…………う?」
現れたのは長身の騎士。赤い外套に黒いズボン、そして特殊なのはアジア系の顔立ちには珍しい白髪。召喚された彼は、アルトルージュを見て目を白黒させた後、思わず頭を抱えて叫んだ。
「なんでさっ!!!」
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