清教徒
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第一幕その五
第一幕その五
「それでは宜しいですね」
「はい」
彼はちらりとまた窓を見た。ヴァントンがその貴婦人に声をかけていた。
「どうも」
これはアルトゥーロには聞こえない。ヴァントンとその貴婦人の間で話されていることであった。
「レディ」
「はい」
見ればその貴婦人が豪奢な服を身に纏っている。そして蒼ざめた顔でヴァントンと向かい合っていた。
「議会が貴女を探しておられておりました」
「わかっております」
やはり蒼ざめた声でそう応えた。
「それでは旅への用意をお願いします。宜しいでしょうか」
「謹んで」
「わかりました。それではお供は私が務めさせて頂きます」
「お願いします」
「はい」
こうしたやりとりが行われていた。アルトゥーロはそれを蒼白の顔で見守っていた。
(何ということだ)
彼は青い顔で心の中で呟いた。
(あの方がここにおられるとは。何とかしなければ)
だがどうするか。彼は考えた。そしてジョルジョに対して言った。
「申し訳ありません」
「何でしょうか」
ジョルジョはそれに対して顔を向けた。
「暫く席を外したいのですが宜しいでしょうか」
「何かあったのでしょうか」
エルヴィーラがそれを聞いて顔を怪訝そうにさせた。
「いえ」
ここで彼はそれを宥める為にあえて笑みを作った。
「私の隊のことで。不都合を思い出しましたので」
「不都合に」
「はい。ですから暫くここを離れたいのです。宜しいでしょうか」
「火急の用でしょうか」
「ええ、まあ」
彼はそう取り繕った。そしてジョルジョを見た。
「ふむ」
ジョルジョはそれを聞いて考え込んでいた。だがすぐに口を開いた。
「わかりました。それでは兄には私から申し伝えておきましょう」
「かたじけない」
アルトゥーロはそれを聞いて顔を崩した。
「それではお願いします。すぐに戻ってきますので」
「はい。それではここはお任せ下さい」
「わかりました」
それを受けて彼は部屋を離れた。そしてジョルジョとエルヴィーラだけが部屋に残った。
「叔父様」
彼女は不安そうな顔でジョルジョに顔を向けてきた。
「すぐに戻ってこられるでしょうな」
「勿論だよ」
彼は姪を宥めるように優しい声でそう語り掛けた。
「彼は必ず戻って来るよ。だから気をしっかりと持つんだ。いいね」
「わかりました」
彼女はそれを聞いて不安を胸に抱きながらも頷いた。
「それではそうします」
「うん」
ジョルジョはエルヴィーラを守るように側に寄った。アルトゥーロはその間に中庭の出口に来ていた。そしてそこから身を顰めて中庭を窺った。見ればまだヴァルトンがいた。
「これ」
彼は従者に声をかけていた。
「馬を用意してくれ。いいか」
「はい」
従者はそれに頷いた。そして彼に対して言った。
「どの馬が宜しいでしょうか」
「そうだな」
それを受けて考える。
「私が選ぼう。それが一番だからな」
「わかりました」
それを受けて彼等は中庭を去った。後には貴婦人だけとなった。アルトゥーロはそれを見て中庭に入った。そして貴婦人に声をかけた。
「王妃様」
「私をそう呼ぶのは」
彼女は驚いた顔で声がした方を向いた。そこにアルトゥーロがいた。
「私です」
彼は謹んで頭を垂れた。
「カヴァリエーレ侯爵、何故ここに」
「婚礼の為にこの場に来ておりました」
彼はそう答えた。
「陛下こそ何故ここに」
「私が夫と同じ運命を辿るとするならばここにいるのは当然でしょう」
彼女は悲しい顔をしてそう答えた。
「それでは」
「はい。私もまた送られるのです、処刑台に」
「そんなことが許される筈がありません」
「それはどうでしょう」
だが彼女はそれに対してそう返した。
「我が夫がそうであったようにこのエンリケッタもまた」
「天が許しません」
「天が、ですか」
「はい」
「しかし彼はどうでしょうか。クロムウェルは」
「それは・・・・・・」
アルトゥーロはそう言われ返答に窮した。
「今イングランドはクロムウェルこそが法であり正義なのです。そして天なのです」
「それではまるで神ではありませんか」
「悲しいことですがそうです」
エンリケッタはそう答えた。
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