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清教徒

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第一幕その三


第一幕その三

「私の生涯を共にする方なのですから」
「わかった」
 ジョルジョはそれを聞いてまた頷いた。
「それでは言おう」
「はい」
 エルヴィーラは顔を上げた。そしてジョルジョを見据えた。
「あの人だ」
「あの人」
「そうだ、そなたが思い焦がれているあの人だ」
 ジョルジョは優しい笑みを浮かべてそう答えた。
「わかっただろうか」
「はい」
 エルヴィーラは笑顔でそれに答えた。
「アルトゥーロですね」
「うむ」
「それは本当なのですね」
「私が今まで嘘を言ったことがあるか」
 ジョルジョは微笑んでそれに応えた。
「ないだろう。違うか」
「いえ、違いません」
 エルヴィーラはそれに応えた。
「それでは私にはこれから幸福が」
「うむ、その通りだ。そなたには幸福の天使が翼を広げて祝福を与えてくれているのだ」
 ジョルジョは優しい声でそう語り掛けた。
「嬉しいだろう」
「はい」
 エルヴィーラはまた頷いた。
「天にも昇らんばかりです」
「私もだ」
「叔父様も」
「うむ。今まで私はそなたを本当の娘のように思ってきた。そして育ててきた」
「はい」
 これは事実であった。ジョルジョには娘はいなかった。息子達は皆戦場に赴き一人として家には残ってはいない。皆それぞれ分かれてしまったのだ。家には年老いた妻しかいない。彼は実は愛に餓えていたといっても過言ではなかったのである。
「その娘が今ようやく幸わせになるのだ。それが嬉しくない筈がなかろう」
「私を娘と呼んで下さいますか」
「他に何と呼べばいいのだ」
 彼は逆に問うた。
「私は他に何と呼んでいいのかわからないのだが」
「それ程までに私を」
 それが嬉しくてならなかった。エルヴィーラは貴族の娘である。貴族の娘は親と離れて育つことも多い。とりわけ彼女のような身分ならばだ。彼女もまたそういう意味で愛に餓えていたのである。
「そなたには恵み深い神が祝福を与えて下さるだろう」
「祝福を」
「そうだ、そなたは純潔な百合だ、神は百合を愛される。ならばそなたも愛されるのだ」
「けれどどうして私があの方と結ばれるようになったのでしょう」
 エルヴィーラはふとそう尋ねた。
「最初は違った筈ですが」
「それか」
 ジョルジョはそれを受けて彼女に顔を向けた。
「実は私がそなたの御父上に口添えしたのだ」
「叔父様が」
「そうだ。そなたがアルトゥーロ殿を慕っているのを知っていたからな。それで動いたのだ」
「そうだったのですか」
「彼は王党派だ。だがそれ以上に私は彼の心意気をよく知っていた」
「はい」
「だからこそだ。そなたに相応しいと思ってな。だから私は口添えをしたのだ」
「有り難うございます」
「礼はいい」
 しかしジョルジョはここでこう言った。
「私は自分の気の済むようにしただけなのだから」
 ここには他にも複雑な問題が色々とあったであろうことはエルヴィーラにもわかっていた。貴族の婚礼とは政治的な意味合いが強い場合が多い。エルヴィーラの家もアルトゥーロの家も権門の家であった。家同士の結び付きを強める為でもあるのは彼女にもわかっていた。おそらくこれはクロムウェルの考えであろうということは容易に予想がついた。それにより王党派を懐柔する為である。自らに反対する者には一切妥協も容赦もないクロムウェルだがそれでもそうした政治的な感覚は忘れてはいなかったのである。それでも嬉しいことには変わりがなかった。
「父はそれを認めて下さったのですね」
「うむ」
 ジョルジョは頷いた。
「そなたに幸福が訪れるようにと決断してくれたのだ」
「何ということ」
「人は何によって幸福となるか」
 ここでジョルジョは言った。
「それは愛情によってだ。エルヴィーラよ」
「はい」
「幸せになるようにな」
「わかりました」
 彼女はそれに応えて頭を垂れた。喜びで今にも涙が零れそうであった。そこへ城の彼方から角笛の音が聴こえてきた。二人はそれに顔を向けた。
 
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