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ソードアート・オンライン ーコード・クリムゾンー

作者:紀陽
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第十話 決起

第六十九層のフロアボスは、銀色の鎧を身にまとった巨大な竜人だった。同じく銀色の片手直剣と盾を持つ、体長三メートル弱、赤黒い鱗に覆われた顔に輝くのは金色の瞳。
初めて目にするフロアボスの迫力に、さすがの俺も表情を引き締めた。
クエストの進行上、ボスモンスターと戦うことは決して少なくはないが、これほどに巨大な人形は見たことがなかった。

正直侮っていたか、と思いつつも、腰のカタナを抜こうとして、近くにいた攻略組プレイヤーに睨まれた。

「アンタはそこで大人しくしてろよ。どうせプレイヤーばっかり相手して、モンスターとなんかやりあったことないだろ?」

それは偏見というものだ。
いくらレッドとはいえ、最低限のレベルは確保しなくてはならない。どんなレッドでも、モンスターと戦う機会は何度となくある。

言い返すこともできたが、俺は黙って肩をすくめるだけに留めておいた。
非常時とはいえ、連携が必要なボス攻略にまともにパーティーを組んだことのないソロ、それもレッドプレイヤーに背中を預けられるはずがないのだ。
もっとも、普通のレッドならボス攻略に集中している間に、背後から不意打ちされるだろうが。

とりあえず、今回は大人しくすることにして、やや離れた位置にまで後退しておく。

「それにしても、自業自得とはいえ嫌われてんなぁ、俺」

果敢に竜人へと挑む攻略組プレイヤーたちを見送って、思わず一人寂しく呟いていた。



ボス攻略は思っていた以上のスムーズさで進行していった。
腐っても攻略組と言うべきか、それとも俺の挑発が効いているのか、四本あったボスのHPバーは三本目の後半に差し掛かっている。
ボスの防御力が高いのと、こちらの人数が少ないことから一時間は経過していたが、そこまで危うい感じはしない。

本格的に出る幕はなかったか、と安堵していたが、不意にボスの雰囲気が変わった。
咆哮を上げ、片手直剣と盾をその場に落とす。当然、プレイヤーの攻撃によるものではなくボス自身の意思で。
ボスの変化を悟ったのか、カズラの命令でDDAのディフェンダー隊が最前列で盾を掲げる。

竜人が背中に手を伸ばし、握ったのは肉厚の両手剣だった。ボスと同じくらいの長さで、幅は一メートルほど。今までの攻撃と防御が安定していた装備ではなく、攻撃に特化した装備である。
それを見た直後、俺は言い知れない驚異を感じて、無意識に床を踏み締めていた。

ディフェンダー隊の六人が宙に舞った。
竜人の一薙ぎによって、最重量プレイヤーの六人が容易く吹き飛ばされたのだ。慌ててHPを確認すると、六人とも四割近く持っていかれていた。

「うっそぉ……?」

さすがに表情が引きつった。
こんなアホみたいな攻撃力があり得ていいのだろうか。俺のような攻撃力敏捷度特化の防御力では、一撃で倍の八割は……いや、絶対に一撃で死ぬ。

唯一の救いは、連撃が来なかったことだ。
竜人がゆっくりと剣を引き戻している間に、攻略組パーティーは距離を取って体制を立て直していた。しかし、今の一撃で分かった。
これは……無理だ。たった二十五人ではコイツを倒しきれない。

今回、ラフコフ討伐戦の煽りを受けて、負担が大きかったソロプレイヤーたちは軒並みに不参加状態。このボスを攻略しうるのはキリトやKoBの団長などの協力が必要不可欠だ。
この場にはカズラとアスナの二大女剣士がいるが、彼女らの攻撃力では竜人の鱗と鎧の防御力を突破できない。

この中で、唯一の光明があるとすれば、それは――。

「……はぁ、やってらんね」

俺はため息をつくと、その場できびすを返した。
おそらく、攻略パーティーはここで撤退することになる。時には撤退するのも作戦のうちというものだ。

「全員、一旦撤退します!」

予想通り、冷静なカズラの声が背後から聞こえてきて、ひとまず大丈夫だと確信する。

「――そんなことできるわけないだろうが!」

しかしそんなバカな叫び声に、俺は思わず振り返った。
叫んだのは、先ほど俺に話しかけてきた男性プレイヤーだった。槍の刃先をボスに向けてさらに叫ぶ。

「あのレッドが言ったこと忘れたのか! あんだけ言われて引き下がれっかよ!」

俺は呆れると同時に舌打ちをした。こんな状況で意地を張るヤツと、迂闊に煽りすぎた自分自身に対して。

「……アホらし。なにムキになっちゃってんだか」

さてどうする? とカズラのほうを見ると、彼女と目があった。
それは一瞬のことで、すぐに目は逸らされる。叫んだ男のパーティーが隊列を無視してボスの前に進み出たからだ。

「援護します! 攻撃に備えてください!」

カズラが言うと、彼女のパーティーメンバーはそれぞれ回避や防御の体勢に移る。
直後のボスによる攻撃を食らったのは三人。全員軽装で、HPバーがグリーンからイエローに変わり、レッドになるギリギリのところで減少が止まる。
そしてさらに、五人が吹き飛ばされた。

両手剣カテゴリの広範囲二連撃技『ブラスト』。これで誰も死ななかったのは本当に幸運だったといえる。

攻撃に巻き込まれずに済んだカズラは、すぐさま反撃に転じる。しかし、銀色の鎧に阻まれてダメージがほとんど通っていなかった。援護に駆けつけたアスナのレイピアも同じで、有効打にはなりきれない。

そんな姿を見詰めて、先ほどのカズラの目を思い出す。

「――俺がマジで助けてくれるとでも思ってんの? ホント、アホらし」

そして俺も――。

「マジでアホだわ!」

ドンッ、と音が響く。俺が向かうのはボスの間の出口ではなく、防御を捨てて特攻を仕掛けているプレイヤーたちの元だ。

鍛えたステータスを活かして、最早無用となりつつあるタンクプレイヤーたちの頭上を飛び越えていく。そのとき、上を見上げたシュミットと視線が交錯した。
シュミットたちを追い抜いて、竜人の攻撃範囲内に入る。それと同時に、右手でメニューウインドウを呼び出し、その下部にあるアイコンを選択する。

俺の手の中に現れたのは、カタナというには長すぎる刃だった。
固有名『物干し竿』。リーチに重きを持ち、そのあまりの使い勝手の悪さから使う者が現れなかったカタナだ。

だが、俺が使えばボスの一撃を防ぐ手段になり得る。

竜人の目の前に躍り出たとき、相手は両手剣を上に掲げ、振り下ろす構えを取っていた。
竜人が両手剣を振り下ろすと同時に、俺も長刀を振るう。

長刀と両手剣が擦れあうように振り下ろされ、火花が散る。そうしてわずかに逸らされた両手剣は、俺のコートを切り裂いて床に突き刺さった。
俺のHPがジリジリと減少し、三割ほど削られる。直後に耐久力を一気に減らした長刀が砕け散った。

しかし――。
()ったぁ!」

絶好の機会――俺は長刀だったポリゴンを振り払って、腰のカタナに手を伸ばした。

当然、このカタナでただ斬っただけではボスを倒し切ることは不可能だ。

そう、ただ斬っただけでは。

亡者と亡霊の王の城で入手した金属で作られたこのカタナの特殊効果――『魂喰らい』。
このカタナで殺した人数分、攻撃力を1.1倍ずつプラスしていくというもので攻撃力増加量は、ラフコフ討伐戦で殺した十四人分、計2.4倍にも相当する。

カタナを抜き放って即座にカタナスキル上位剣技三連撃技『羅刹』を叩き込む。そのまま技後硬直から抜けてすぐ、次のソードスキルを発動させる。
当然、竜人もやられっぱなしではない。しかしその剣の特性上、密着状態からの攻撃は威力が著しく下がる。そこに俺の勝機がある。

「でやあぁぁぁぁ!」

――まだだ、まだやれる……! もうHPなんて気にしない。ただ、全力で叩き込む!

極限状態に陥っているせいか、俺の視界が真っ赤に染まっていた。しかし関係ない。まだ敵は倒れていないのだから。
最早何度目か分からない斬撃を叩き込んだあと、竜人の動きが止まった。
直後に響いた咆哮は、竜人の断末魔――。

竜人が無数のポリゴンに分解される中、俺はいきなり力が抜けた。とっさにカタナで支えようとしたが、直後にそれも砕け散ってしまった。
『魂喰らい』を発動させたら最後、そのカタナは消滅する。そんなことを今更ながらに思い出しつつ、その場に膝をついた。ギリギリで左手をついて倒れ込むのは防ぐ。そして気づく。視界が赤くなっていたのは極限状態だったからではなく、俺のHP残量があとわずかだったからだ。

「よっしゃー。やってやったぜ、こんちくしょー……」

その呟きを最後に床に崩れ落ちそうになって、素早く回り込んできた誰かに支えられた。

「信じてたよ、ジル。助けてくれてありがとう」
「なに、俺が勝手にやっただけさ」

俺は寄り添うカズラを見詰めると、口を開いた。

「それにこちらのほうこそさ。信じてくれて、ありがとう」

信じていた、という一言に救われたような気がして、俺は静かに目を閉じた。
 
 

 
後書き
次話もよろしくお願いします。 
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