清教徒
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
第二幕その六
第二幕その六
「貴女と共に」
「私も」
彼女もそれに答えた。
「貴方と共に」
「ええ、永遠に」
だがここで異変が起こった。不意にエルヴィーラの顔が真っ青となったのである。
「ああ」
「どうされたのですか!?」
「あの音が」
「あの音」
そう言われたアルトゥーロもはっとした。聞けば夜の闇の中に太鼓の音が聞こえてくる。これは地獄の奥底からの死神の太鼓の音であったのだろうか。
「あの太鼓は」
「御安心下さい」
すぐにエルヴィーラを宥める為に声をかけた。
「あれは地獄からの太鼓ではありません」
「それでは一体」
「あれは・・・・・・」
見れば将兵達がいた。彼等はゆっくりとアルトゥーロのいるテラスの下にやって来る。見れば手に松明を持っている。
「カヴァリエーレ侯爵」
その先頭にいるリッカルドが彼に語りかけてきた。
「貴方ですかな」
「そうだ」
アルトゥーロはそれに答えた。最早観念していた。
「私こそアルトゥーロ=カヴァリエーレだ。顔と家紋を見るか」
「いえ」
リッカルドはそれには首を横に振った。
「ここが何処なのか御存知ですな」
「無論」
彼はまた答えた。
「それでもあえてここに来たのだ」
「左様ですか」
それを聞いて頷いた。
「それでは宜しいですな」
「はい」
兵士達がアルトゥーロを取り囲む。彼はそれに対して抵抗しようはしなかった。大人しく従うつもりであった。だがエルヴィーラは違っていた。
「お待ち下さい!」
テラスの上からそう叫んだ。
「エルヴィーラ」
アルトゥーロも他の者達もそれを受けて顔を彼女の方に向けた。
「その方を私から奪わないで下さい」
「しかし」
皆それを聞いて戸惑っていた。だがそれがどうにもならないとは思っていた。
「今そちらに」
そう言うとテラスから姿を消した。そしてすぐにアルトゥーロの側に駆け寄ってきた。
「この方を私から離すことは誰にもできません」
「神以外の誰にも、ですか」
「はい」
エルヴィーラは答えた。
「いえ、例え神が分かとうとも私はこの方と共にいます。それが私の唯一の望みなのですから」
「どうしてもですか」
「どうしても」
その声に揺るぎはなかった。
「この方だけは失うわけにはいきません」
「エルヴィーラ・・・・・・」
アルトゥーロだけではなかった。皆それに心を打たれた。
リッカルドもであった。だがそれでも彼は言わざるを得なかった。
「エルヴィーラ様」
「はい」
「我々はクロムウェル閣下の御命令に従わなくてはならないのです」
「どうしてもですか」
「はい」
彼は答えた。
「今はクロムウェル閣下こそ正義なのですから」
「正義が変わってもですか」
「正義が変わることはありません」
リッカルドは硬い声でそう答えた。
「それが正義なのですから」
「それはどうだろうか」
だがここで一人の老人の声がした。ジョルジョがこの場にやって来たのだ。
「ジョルジョ殿」
「正義は神と共にある。神の思し召しこそが正義なのではないのか」
「確かにそうですが」
リッカルドはそれを聞いて顔を俯けさせた。
「ですが今は」
「今は、だ」
彼は言った。
「だがそれは変わることができるのだ」
「ジョルジョ殿」
リッカルドはそれを聞いて彼に問うた。
「それは一体どういう意味でしょうか」
「お知りになりたいですかな」
「はい」
「ならば。以前私は卿に言ったな」
「あの時のことですね」
かつて二人で語った時のことを思い出した。
「私達が血の絆を結んだ時」
「その時に我々は固い絆で結ばれた。今その絆の元に言おう」
彼は言った。
「私は今ここに彼が救われたことを宣言する」
「何と」
それを聞いてリッカルドと兵士達が驚きの声をあげた。
「それはどういうことですか」
この時角笛の音が聴こえてきた。テラスのところで数人の使者が姿を現わしてきたのだ。
「ジョルジョ殿、お待たせしました」
「あやういところでした」
ジョルジョは彼等に対してそう言った。
「前の戦いで王党派は遂に敗北しました」
「何と」
「それだけではありません」
使者達は言葉を続けた。
「皆、よく聞いてくれ。彼が許された理由を」
「はい」
皆それを受けて耳を澄ませた。そして使者達に目を向けた。
「クロムウェル閣下はそれを受けて残った王党派に対して恩赦を下されることとなりました。今王党派として罪を問われている者は全て赦されたのです」
「何と!」
それを聞いてアルトゥーロもリッカルドも兵士達も声をあげた。
「それでは私は」
「結ばれることに」
「そうだ」
ジョルジョは二人に笑みを向けてそう答えた。
「そなた達を阻むものはなくなった。これで結ばれることになったな」
「はい」
二人は答えた。
「罪は許された。さあ、もう阻むものはない」
「阻むものはないのですね」
「そうだ。さあ皆祈ろう」
ジョルジョは他の者にも声をかけた。リッカルドもその中にいた。
「二人の永遠の幸福を」
「はい!」
皆それに頷いた。そして二人の幸福と神を讃える声が城の中に木霊したのであった。
清教徒 完
2005・4・23
ページ上へ戻る