形而下の神々
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
ナツキ・エンドーと白い女神
物語の始まり
その日の晩、パリ行きの仕度を整えているとケータイが鳴った。
遠藤……いや、白井菜月からだった。
そのメールの文面は奇怪にして不可解。まさに全てを悟ったかの様な一文だった。
『今から7日後の現地の正午、白い女神の首都で待ちます──白井菜月』
「また難問をぶつけてきやがる・・・」
ケータイを閉じ、そう呟いた。それと同時に自然とこぼれる笑み。
白い女神の首都とは、おそらく彼女が俺達に渡した白い女神が発掘された場所の事だろう。
まぁ、それを今から一週間で見付け出すってのは至難だが。
「やってやろうじゃねぇか」
一人で部屋の壁にそう呟いて、俺はフランス行きの飛行機のチケットを破り捨てた。
ケータイで地質学者と宗教学者の友人に連絡をとり、早速明日、例の白い女神像を見てもらう約束にこぎつける。
更にグランシェに連絡をし、白い女神の宗教が有ったと思われる土地の古い文献をパソコンで送ってもらう。
地質学、考古学、宗教学、それに歴史。
この4つのアプローチから見た条件が重なる場所。それこそが俺の目指すべき白い女神の宗教の首都だろう。
そう推理して待つ事3日、全ての資料が出揃った。
急な願いにも関わらず、見事に出揃った資料。これは丸1日かけても読み切れそうにない。
が、まだ4日ある。
まずは地質学的なアプローチだが、色々な石の生物の中に『小藤石』と呼ばれる石があった。
小藤石の原産地はルーマニアが主だ。やはりルーマニアの石だと見て良いだろう。更に他の鉱物も合わせると、ルーマニアのある地域に絞られた。
『トランシルヴァニア山脈』
ルーマニアの中央を貫く巨大な山脈だ。
古代の切削技術では、この小藤石はここでしか掘れない。
次に歴史的に見るとルーマニアは昔『ダキア人』という人種が住んでいたそうだ。
そしてダキア人について宗教的に調べて行くと、とても興味深い結果に至った。そこでは『不滅の魂』が信じられ、いわゆる輪廻転生が最大の信仰だったらしいのだ。
死後の世界は考えられていなかったが、日本の諸行無常の思想にも酷似しているだろう。
もしかすると、俺が探しているドナウ文明は彼らのモノだったのかも知れんな。
そして、彼等が信じた神の中に居たのだ。白い女神が。
恐らく当時ではかなり形は変わっていたと思うが、ベンディスという女神が白い女神の成れの果てだろう。
ベンディスは月の神とされていて、元はブルガリアの神であったのだが最終的にはルーマニアの中でも多くの信仰を集める女神となったらしい。
この二つの事から、ドナウ川に合流する河川であるオルト川の流域だと絞れる。そこから出る推論は多々あるが……。
俺にはこの時すでに確信に近い思いがあった。後は確認のみだ。
「トランシルヴァニア山脈付近で、オルト川の流域。更には女神信仰が深く根付き、女神像が存在できる環境が揃った場所……」
その場所は、地図の上でただ一点を指していた。
「ホレズ修道院……」
ユネスコ世界遺産にも登録される、ルーマニアの山中の修道院だ。
約束の時は2日後に迫っていた。
たかが一週間程だが、探していた人物に会えるとなると少し気持ちが高ぶるものだ。
早速旅の支度を整える。グランシェに連絡をし、ともにホレズ修道院へ向かう約束をした。
相手は一体いくつなんだろうか。
話だけなら齢90を超える。ただし、見た目は二十歳くらいだという。
いくら何でも見た目が若いなんてモンじゃあ説明が付かないだろう。
まぁ、そんな不思議も全て 彼女に会えば分かるだろう。
「楽しみだなぁ~」
自然と顔がほころぶ。獲物を追い詰めた気分だった。
――今から思えば、追い詰められてたのは自分なのにね。
まぁ、今ではグランシェと一緒に飛ばしてくれた事に感謝だが。
彼女が俺達に託したものを俺は全う出来たのか、全てを終えた今では分からない。
「夢の様な一生だったよ……」
俺は死に枕に座る2人の人間にそう言った。
枕の脇に控えていた人間は俺の死に泣いていた。
何かを言っているみたいだが、何も聞こえないんだ。そろそろ体も限界なのかもしれない。しかし最後に視界の端に捉えた彼女の唇の動きは、確かに俺に伝わった。
そうか、分かったよ。それなら俺も安心だ。
「まるで……お伽話の様な……――――」
――――幸せな一生だった。
『こうして、津吹太一はその84年の人生を終えます。この物語は天界の神々をこの大地に叩き落とした二人の英雄の物語――』
後書き
ここまでは一応序章と言うやつです。
こんな詰まらん前置きにお付き合いいただきありがとうございます。
さて、次のお話か本格的に物語が動き出す訳ですが……。
あと1話か2話だけ、前座が続きます。ご容赦を……。
──2013年04月18日、記。
ページ上へ戻る