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外伝 ドラゴンクエストⅢ 勇者ではないアーベルの冒険

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連れ込まれた部屋の中で編

 1 喜んで話を聞かざるを得ない状況に追い込まれた。

部屋の中にいたジンクが、アーベルに話しかけた。
「やあ、王様」
「ああ、ジンク。助かった」
アーベルは安堵の表情で答えた。
「俺もいるぞ」
「ああ、王子様」
「元だよ、俺は」
部屋の中にいたもう1人の男は、訂正する。
「俺が退位したら、王子様だろ。なんなら、王様でも構わないぞ」

「部屋から追い出してもいいのだよ」
目の前の男は残念そうな顔で声をだす。
「頼むから勘弁してくれ」
アーベルは心の底からお願いした。

アーベルは、ようやく、身の危険から逃れたばかりだ。
また、あそこに戻るわけにはいかない。
「前から、疑問に思ったのだが」
アーベルは、2人に尋ねる。
「おまえたち本当に仲が良いな」
「愛し合っています」
「将来を誓ったからな」
即答だった。
「・・・。そうですか」
「聞きたい?ねえ、聞きたい?」
ジンクが、アーベルの視線を遮るように左右に動く。
正直うざったい。
アーベルは、どうでもよかったが、ここで断れば部屋から追い出されることを確信した。
アーベルは、今しばらくは、ここにいる必要があるので、2人に嫌々頼み込んだ。
「よかったら、聞かせてくれ」
「その程度じゃダメです」
「本当に腹の心から知りたいと思わなければ、答えるわけにはいかないな」
2人にダメ出しされた。


アーベルは、屈辱に身を震わせたが、怒りを静めると努めて冷静に、いや、強い情熱を込めて話を始めた。
「本心を悟られるのがつらくて、表面上はごまかしていた。
本当に知りたいと思っている。
頼む、絶対に今日この機会を逃したくないのだ!」
今日この機会を逃したら、ここを追い出される。
きっと出口で彼女たちが身構えているはずだ。

アーベルには、一応最終手段として、ルーラでの脱出も残されているが、ロマリア国外に脱出するわけにも行かない。
アーベルが逃げ出したら、ロマリアが何をするかわからない。

アーベルが考える最悪の想定は、ウエイイ開放作戦で使用した魔法の玉のことを、ロマリアで公表されかねない。
魔法の玉が安易に世界に広まれば、その破壊力によって、世界は荒廃してしまう。
かといって、ロマリアに逃げ込んでも、祝賀会に参加できず、いらいらがたまった近衛兵に槍玉に挙げられてしまう。

アーベルは強い忍耐力を持ちながら、2人の答えを待っていた。
「仕方ないわね」
「しょうがない。話してやるか」
「ありがとう」
アーベルは2人に礼をいうと、うれしそうに話を聞き始めた。
夜はさらに深まってゆく。

アーベルは話を聞きながら、この部屋に来るまでの事を思い出していた。



アーベルは、命の危険を感じていた。
本来、凱旋式終了後の祝宴の席で、主賓が生命の危機など感じることなどありえないのだが、アーベルの身体は、自分の考えを否定していた。

アーベルは、目の前の部屋へと、引きずられていた。
アーベルを引きずっているのは、祝宴に参加した貴族の娘たちだ。
娘たちは、きらびやかなドレスを身に纏い、片手でスカートの裾を持ちながら、もう片方の手で、アーベルの手や腕をつかんでいた。

普段であれば、彼女たちはこのような不作法を行うことはなかった。
彼女たちがこのような行動を起こした原因はアーベルの行動にあった。

アーベルは、半年ほど前に突然ロマリア王に就任した。
貴族たちは、アーベルがアリアハンから着た、冒険者であること、アーベルが若すぎることから、前の王様が自分の傀儡のために無理やりに就任させたのではないのかと思われていた。
実際、アーベルにとっては事実なのだが。

貴族たちが、アーベルに対する考えを変えたのが、就任後一ヶ月後に行われた4大貴族との会議が行われた後だった。
アーベルは、この国が設立されたときから続いている貴族制度を廃止しようと提案した。
実際には、貴族の特権の段階的な廃止であるが、貴族たちは敏感にアーベルの考えを見抜いていた。

そして、貴族たちが驚愕したのは、傀儡とばかり考えられていたアーベルが4大貴族たちを説得して、アーベルの考えを受け入れたことである。
アーベルが、どのようにして四大貴族を説得したのかは伝わっていない。
それでも、四大貴族が全員納得し反対行動を起こしていないことから、ほかの貴族たちはアーベルを恐れ、何とか退位をさせようと画策していた。

貴族たちの行動が、実を結ぶことなく、ウエイイ解放計画が実施され、アーベルの手によって計画が成功した。
魔王の撃退というわかりやすい成果を入手して。

アーベルは、この実績をもって国民に受け入れられた。
凱旋式という、わかりやすい支持を得られる機会を使う前からである。

貴族たちは、今後の行動をどうするか相談した。
わかりきったことだが、結論はでなかった。
結論が出なかったことで、貴族たちはそれぞれ独自の行動をとるようになった。
それが、今夜の行動となった。

6人の貴族の娘は、それぞれの両親が、あるいは本人の意思によって行動した。
自分たちが王妃になれば、少なくとも自分の家の地位が安泰になると考えていたようだ。

アーベルは、最初は抵抗したのだが、あきらめたのか、じたばた動くのをやめ、目の前の部屋に連れ込まれた。


目の前には、ジンクと前のロマリア王の息子が話をしていた。
「あら、みなさんお揃いで」
「ジンク様」
アーベルを部屋に連れ込んだ女性たちは、女性に対してお辞儀をする。
「やめてくれないか。今日は無礼講だろう」
女性は、アーベルにウインクする。
アーベルは決まり悪そうな顔をしていた。

「お嬢さんがたにお願いがあるのだが」
「何でしょう、ジンク様」
「今つれている王と、しばらく話がしたいのだが」
「!」
アーベルを連れてきた、少女達はジンクに視線を移す。
「ああ、心配はいらないよ。
私には、既に相手がいるから。
人の恋路を邪魔するつもりはないよ」
「わかりました」
「失礼します」
貴族の娘達はおとなしく帰っていった。



 2 まだ、掛け金が制限されていなかった。



私は、貴族の一人娘でした。
祖父はロマリアから南に有る、ネアポリの町で優雅に暮らしていたそうです。
しかし、40年ほど前にネアポリの町はモンスターの襲撃を受け、祖父は死亡しました。
祖母は、幼い父親を連れてロマリアに避難したそうですが、ロマリアにたどり着くと、逃げる途中に受けた傷が原因で亡くなりました。

私の父は、ロマリアにある別荘で静かに暮らしていました。
やがて、同じネアポリから避難した母親と結婚して私が産まれました。
産まれた私は、ロマリアの家で、貴族の娘として静かに暮らしていました。
たまに、パーティに参加することがありましたが、普段は家で執事に勉強を教わりながら暮らしていました。
幸せな日々でした。


私が7歳の時でした。
私の家が火事で焼け、両親を失いました。
私は、執事に連れられて何とか逃げ出すことができましたが、執事も高齢だったことから、しばらくして息を引き取りました。

私は貴族の娘でしたが、元の領土がモンスターに略奪されていることと、私が女で幼かったことから、家は潰されました。
後で調べたところ、前の財務大臣が全てを仕組んだことを知りました。

私は、頼る者がないため、孤児院に引き取られましたが、子どもを売る組織が孤児院の背後に有ることを知り、孤児院から逃げ出しました。
私が逃げ出した日から、自分が女であることを、知られないようにしながら生きることになりました。


私が12歳の時です。
私は、生活の糧を得るために、何とかスリのまねごとが出来るようになりました。
当然、見つかると命の保証が無いので、闘技場で稼いで気を許している人を中心に狙いました。
そうやって、毎日をなんとか過ごしていました。


「あやしいかげAが6.7倍でBが6.5倍、Cが6.3倍か」
今日も、ひとりおいしい獲物を見つけることが出来ました。
今日の獲物となる少年は、予想に集中して、周囲の状況に気を遣っていないようです。
自分とあまり年齢が変わらない少年は、楽しそうな表情で次の試合の掛け率を眺めながら予想を立てていました。
少年の服装は、派手さはありませんでしたが、生地が薄く独特の光沢を示していたことから、貴族、恐らく四大貴族あたりのものと推測しました。
私は、少年の近くに忍び込みました。

「あやしいかげCの倍率が低いのは、防御力が高いのか、回復手段を持っている可能性が高いな。
1対1ならば勝算はあるとおもうが、集中攻撃を食らえば一気に倒れそうな感じだな。
おそらく倍率に差がない理由がこれなのだろう。

一方、あやしいかげBだが、Cとは別のモンスターに化けている可能性が高い。
わざわざ、あやしいかげを用意するのであれば同じモンスターであることは主催者の考えからしてあり得ない。
そして、攻撃呪文はベギラマかヒャダルコあたりか。
イオラが使えるのであれば、Cよりも倍率が下がるはずだ。

となると、今度はあやしいかげAについてはどうだろう。
特殊攻撃を身につけている可能性が高いが、怪しい影の攻撃モーションは、元のモンスターが行う攻撃のような変則的な動きをしないので、観客からの見栄えが悪くなる。
とすれば、あやしいかげAも攻撃呪文を使用する可能性があるな。
とはいえ、AとBとに倍率差ほどの実力差があるとは思えないな。

ならば、そこのお嬢さん」

私は、少年が振り向いた瞬間に逃げ出そうとしました。
しかし、少年は私の右腕をつかんでしまって、私を離すことが出来ませんでした。
「お嬢さん」
少年は、優しい表情で私に尋ねました。
「お嬢さんは、どちらが勝つと思いますか」
「わかりません」
私は正直に答えました。
私は、まだ犯行に及んでいません。
強引に抜け出すと不審に思われますので、素知らぬ顔で返事をしました。
一方で、私が女で有ることを見抜いたことに驚愕しました。
髪も短くし、服装もかなり汚れているため女で有ることは、これまで知られることはありませんでした。

少年はため息をつきました。
「そうだね。
決断は、僕がしなければいけないよね。
これまでもそうだった。
これからも、そうなるのだろう」
少年は自分を戒めるように独り言をつぶやくと、受付に言ってあやしいかげAにお金をかけました。
賭けたお金は1万ゴールドでした。

「さあ、お嬢さん。
一緒にみようか」
少年は私の腕をとると、一緒に試合を見ました。


「ありがとう、お嬢さん。
おかげで、楽しく遊ぶことができたよ」
少年は、はにかみながら私にお金を手渡しました。
5万ゴールドでした。
「こんなに」
「いいのだよお嬢さん、今日は産まれて初めて当たったのだ。
きっと、お嬢さんは僕の女神なのだよ」
少年は顔を赤くして答えました。
「とはいえ、こんな大金を持っていることを知られたらまずいよね」
私は頷きました。
私には住むところも、泊まる宿も有りませんでした。
このままでは、私はお金を奪われるほうに回ってしまいます。

「そうだ、こうしよう」
少年は1人で納得すると、私の手を取って、町の中を走っていきました。


「こんにちは、おばさん」
「久しぶりね、坊や」
「僕はもう12歳だよ。
坊やはひどいよ、坊やは」
「私にとっては、坊やは坊やよ」
少年は、小さなお家に私を案内してくれました。
出迎えた女性は、どっしりとした体格で、簡単に私たちを包み込むことが出来そうです。
「その子はどうしたの」
「この子をしばらく、預かって欲しいの」
「おやまあ、かわいいお嬢さんね。
お名前は」
「ジンクです」
私は、偽名を名乗りました。
孤児院を出たときから、昔の名前は捨てました。

「坊やも、たまには良いことをするのね」
「えっへん」
「たまにはが、いつもになるといいのだけどね」
「えへへ」

「じゃあ、ジンクちゃん。
しばらくここで、ゆっくりしなさい」
「いいのですか」
私は驚きました。
出会ってすぐの少年が、見も知らない少女を助けるなんて、あり得ないことです。
そして大人が、子どもの話を詳しく聞かないまま認めることも、あり得ないことです。
「坊やの目に狂いはないわ。
自分の家だと思って、くつろいでね」

私の記憶は、ここからしばらく欠落しています。
嬉しくて、何も考えることが出来なかったのでしょう。



 3 守るべき時が来たことを理解した。



私は、少年とおばさんの好意に甘えて、おばさんの家で生活することになりました。
少年は、数日ごとに私に会いに来てくれました。
「いいね、その格好は」
少年は、私が質素なドレスを身につけているのを、穴が空くくらい眺めていた。
「恥ずかしいです」
「でも、他の男には取られたくないな」
「そんな事はないですよ」

「それよりも、ジンクちゃん。
養成所はどうするの」
「ええ、ダーマに行くことを決めました」
「そうかい。
大変だね」
「がんばります」
「がんばり過ぎて無理をしないようにね」

私は、自分の将来を決めていました。
少年が喜ぶような職業になることを決めました。
「最初にあそびにんで、次に僧侶で、その次に魔法使い、そして一度遊び人に戻ってからようやく賢者になると」
「これならば、最初があそびにんで、あそびにんから賢者に転職したばっかりなのに、何故かイオナズンが使えるようになります」
「面白い、最高だよジンクは」
「確かに、転職後のことを考えたら、ロマリアで勉強するよりはダーマで勉強した方がいいよね」
「正直、さみしいです」
「心配するな、何年でも待ってやる」


出発の前日、私は少年と闘技場に行きました。
私たちが知り合った、きっかけの場所です。

私たちは、あれから何度か足を運びましたが、あのとき以降、少年が当たった事は一度もありませんでした。
少年は、10Gずつしかかけていませんので、それほど懐は痛まなかったようです。

私たちが、最後の試合として選んだのは、
「今度は、さまようよろいBだな」
「まさか、1万ゴールドはしないわよね」
「父上に叱られてね。
もう10G以上賭けることができなくなった」
「よかった」
私は、さすがに前回のようなことはこりごりでした。
私たちは、10G支払うと、いつもの場所で観戦しました。


「危ない」
少年は、私の目の前をさえぎるようにして、私を押し倒しました。
「え」
私は、何が起こったのかわからず、地面に座り込んでしまいました。
そして、周囲を見回すと、何が起こったのかわかりました。

「どうして?」
闘技場で戦っていたモンスターが、こちらに向かって呪文攻撃をしたのです。
周囲は炎に包まれています。
「ベギラゴンか。・・・」
少年は、私の肩をつかみながら、答えました。
「大丈夫なの」
「お嬢さんを守れたのなら、大丈夫だ」
少年は、ふらふらになりながらも立ち上がりました。
「俺の命が欲しいのか。
ならば、かかってこい、相手になってやる」
少年は、戦士としての訓練をしたことがあるようですが、モンスターとの実戦経験はなく、戦えるはずがありません。

闘技場のモンスターが、こちらに向かって呪文を唱えようとしたとき、
「甘い!」
背後から、何者かがモンスターを一撃で斬りつけました。

「強いな。
ただのさまようよろいではないな」
少年はつぶやくと、ひざをついた。
「大丈夫ですか」
「なんとかな」
少年の顔は青ざめていました。
背中が、やけどをしているようですが、冒険者では無い私は、何もすることができませんでした。
「ジンクよ、聞いて欲しい」
「はい」

「僕は、ジンクを昔から知っていた。
パーティに参加していたのを見かけて、すぐに好きになった。
でも、家が火事で焼けたことを知り、孤児院で生活していると聞いて、助けにいこうとおもった。
でも、行方不明になったと聞いた。
数年後、君の顔とおなじ子どもが闘技場に現れると聞いて闘技場に入り浸るようになった。
ようやく君に会うことができた。
君には幸せになって欲しい。
僕は子どもで、まだ何も出来ないけど、ようやく助けることができた。
良かったら、覚えてほしい。
君の事を好きだった子どもがいたことを」
少年は、ゆっくりとしゃべっていました。
しゃべり終わると、少年は動かなくなりました。

「死なないで。
私は、私を救ってくれた、あなたのために生きるのだから!」
私は、少年を強く揺すってしまいました。
医学的には問題があるとおもいますが、私にはそんな知識もありませんでしたし、知っていたとしても、揺するのをやめることは無かったと思います。

少年は再び目を開きました。
「君の声は、よく聞こえるよ。
永遠に眠るつもりだったのに、目が覚めてしまったよ」
少年は、微笑んでいたと思います。
私は、涙で少年の顔を見ることが出来ませんでしたが。

「・・・。僕は王宮で働く必要がある。
だから、ジンクも賢者になってから、王宮に仕えて欲しい」
「わかりました」
少年は、目を閉じると再び動かなくなりました。

「大丈夫だ」
さまようよろいではない、先ほどモンスターを倒した騎士が、目の前に現れました。
目の前の騎士は、少年を抱きかかえると、
「後は俺に任せるがいい」
といって、どこかに連れ去っていきました。

今回の騒動は、少年の命を狙うため、私たちが観戦していたところにある結界に穴をあらかじめあけておいたそうです。
偶然、モンスターに混じって訓練をしていた、近衛兵総統が事態に気づいてモンスターを全滅させたそうです。
近衛兵総統は、少年の命を助けたことを王様にほめられましたが、闘技場でモンスターに混じって勝手に戦っていたことは怒られました。

しばらく、闘技場が再開されなかったのは、闘技場の結界を修復するためではなく、全滅したモンスターを捕まえるのに時間がかかったそうです。



私は、翌日ダーマ神殿に行って、冒険者の修行を始めました。
最初にあそびにんとして、冒険を始めることになりました。
あそびにんを仲間にくわえるパーティがあるかどうか心配しましたが、ダーマ神殿で、女性ばかりの3人パーティから声をかけてもらいました。
私の身の上話と、今後の予定をお話しすると、「面白そうね」「暇つぶしにはなるわね」といって、私が経験を積むことを手伝ってもらいました。

魔法使いに転職して経験を積んでいた時に、師匠の話を伺いました。
仲間の女性に無理を言って、モシャスの相手になってもらい、無事に師匠の弟子にしてもらいました。

修行を積んだ後は、ダーマ神殿であそびにんに転職し、1人で経験を積みました。
イオナズンがあれば、なんとかなりました。
その後、ようやく賢者になって、ロマリアに戻りました。
後は、アーベルもご存じの話です。





「あとは、酒場で聞いた面接の話か」
「そうです」
アーベルが確認すると、ジンクが頷いた。

「ジンクにはもうあえんと思っていた」
男が回想した。
「それは、私が言う言葉です」
ジンクが男の手を握って答える。
「おもしろい」
アーベルは思わず笑ってしまった。
「王家に伝わる盾を渡さないといけないのかな。
いや、結局王子が王位に就いたら、王家の元に戻るのか。
意味がないな」
アーベルは自分で話を続けると、さらに大笑いしていた。

「・・・」
「・・・」
2人とも、アーベルが何故笑っているのか理解できなかった。


「さて、話は終わりだ」
「なかなか、いい時間つぶしになった」
アーベルは思わず、本音を言った。
「こころの底から聞きたかったのでは」
男は指摘し、
「お帰りはこちらです」
ジンクは冷たい瞳で扉を指し示す。
「待ってくれ」
アーベルはまだ、外には出たくないようだった。


「ご安心ください。
みなさんはすでにお帰りですよ」
「なんだと」
アーベルは驚いていた。
部屋に入ってから、それほど時間はたっていない。
彼女たちが、自家の安泰を考えるならば、一晩でも待ちかねない。

ジンクは、アーベルの驚きの表情を見ると、クスクス笑いながら解説する。
「人の恋路は邪魔しないといったではないですか」
「そうだな」
アーベルは頷く。

「ですから、彼女たちを慕っている貴族たちをこの部屋の前にお招きしたのです」
「なるほどな」
アーベルは大きく頷いた。
表情は、
「悪辣な奴だ」
と書いてある。

「まさか、自分が慕われると思っていましたか」
ジンクは残念そうな顔で質問する。
「とんでもない。
彼女たちは、自分ではなく、王位に慕っていたと思っていたのでね」
「そうですね」
「まあ、退位すれば問題ないし。
後は、まかせたぞ」
「そのときには、私たちが既成事実を作ればいいと」
ジンクは少し顔を赤くして答える。
王様や王子が、結婚する場合、素性を調べられるが、今の状況であればジンクと前王の息子との婚約話が出ても誰も文句を言わないだろう。
今なら、誰もアーベルがすぐに退位するとは考えていない。

「そうなると、俺は人の恋路を邪魔する失礼な男になるな。
馬に蹴られる前に失礼するよ」
アーベルは、二人にお礼を言うと部屋を出ていった。
ジンクの指摘どおり、周囲に人はいなかった。 
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