外伝 ドラゴンクエストⅢ 勇者ではないアーベルの冒険
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ロマリア王立冒険者養成所卒業式での演説
前書き
皆さんは、結婚式のスピーチ等で、前の人の話とかぶったことがありますでしょうか?私はありませんが。
そんなことを考えながら作ってみました。
少年は、演台の前に立っていた。
目の前には、用意された椅子が100脚近く、整然と並べていた。
少年は手元にある原稿を眺めながら、演説を開始した。
「本日、諸君が世界最高水準の一つである冒険者養成所を卒業する場に参加できたことを光栄に思う。
私は昨年、アリアハンの冒険者養成所を卒業した。
昨年参加したときは、来年も参加することになるとは、全く思わなかった。
来年も呼ばれるかどうかは、今日の演説内容に対する、諸君の反応によるだろう。
今日は私の短い冒険の旅の中から3つの話をしたい。
たいしたことではない。
3つだ。
私が開発した汎用型呪文、「おもいだす」を使用すれば、すぐに思い出せる内容だ。
最初の話は、点をつなぐことについてだ。
私は、王になる前は、魔法使いとして冒険を続けていた。
だが、養成所に入る直前まで、自分の職業をどうするか悩み続けていた。
悩んだ職業の一つは魔法使い、そしてもう一つは商人であった。
私には、幼なじみがいた。
幼なじみの父親は商人だった。
私と幼なじみは、店に入り浸って、いろいろと道具の効果や製法などを店員に尋ねていた。
無論、店の商売の邪魔にならないように。
幼なじみの父親が経営していた店は、それほど大きな店舗ではなかった。
当然、展示する商品の数も限られていることから、上手に商売をしようと思えば、展示に工夫をこらす必要がある。
その店は、私がこれまで旅したどの店よりも、個性的であり魅力的であり、さらには芸術的でもあった。
来客者には、次も利用してもらう気になるように、接客に気をつける必要がある。
大きな利益を得るような交渉にあたっては、誠実にしかもこちらの意見が反映されるように、洗練かつ実用的な交渉術を身につける必要がある。
もちろん、交渉術を身につける前に、真摯であることを身につける必要があった。
私は、この店に通わなければならない理由は、何一つなかった。
他の子どもと同じように外で遊ぶこともできた。
母親に甘えることもできた。
父親の仕事が休みの日に、どこかに連れてもらうこともできた。
だが、私はこの店がそれらと同様に魅力的だった。
私は毎日のように店に寄りながら、楽しくそれらの内容を教えてもらった。
それらの内容は魅力的で、将来の職業を目指すときになって、大いに悩むことにもなった。
私は結局、冒険者養成所に入所するにあたって、魔法使いを目指すことになった。
母親の仕事である魔法を研究することに興味があったこと、一緒に冒険すると言ってくれた幼なじみが商人を目指すことになったのが、決断の理由だった。
私は将来、小さな店で得られた貴重な経験を生かすつもりはなかった。
だが、アリアハン王からロマリアとポルトガとの交渉を任されたときに、かつての経験が私によみがえってきた。
私は、真摯に交渉を行った。
そして交渉は成功し、前のロマリア王の要請により、私は王位に就くことになった。
私が、かつて得た貴重な経験がなければ、ロマリア王国に船が来ることがなかっただろう。
そして、まもなく始まるであろう、ウエイイ開放計画が実現することも無かっただろう。
そうでなければ、ロマリアは別の未来を見ていただろう。
もちろん、私は店に通っていたときに先を見通して点をつなぐことは不可能だった。
しかし、今になって振り返れば、あまりに明白だった。
繰り返す。
先を見通して点をつなぐことは難しい。
振り返ってつなぐことしかできない。
だから将来、なんらかの形で点がつながると信じなければならない。
何かを信じなければならない。
直感や人生、諸君にとって信じるに値するなにか。
私がこの世界に生を受けてから、信じたものを裏切ったことは一度もなく、私は私として人生を形づけることができた。
2番目の話は、大切なものと、それを失うことについてだ。
私は幸運だった。
私が冒険者であったころ、大切な仲間と一緒だった。
モンスターからマヒ攻撃を受けたときに、民間療法と称して仲間から、悪戯をされたこともある。
あのときの事は絶対に許すことはないが、おおむね楽しく冒険をしていた。
そして、私は勇者と一緒に冒険をすることを考えていた。
勇者が16歳に達するまでは、勇者と随行するに値する冒険者となるために過ごしてきた。
世界各地を巡り、ポルトガ王から船を入手して、新たなる旅を始める予定だった。
私は、勇者が加入するまでは、パーティのリーダーとして信頼できる仲間達を率いていた。
そして、私はパーティの解散に追い込まれた。
どうして、リーダーの自分が作ったパーティが解散するのか?
交渉が成功したことを知り、前の国王が自分の後任にふさわしいと考えて、担ぎ上げたからだ。
王位に就くのは光栄なことであった、王の責務を果たすことを拒むつもりもない。
ただ、そうして、私の冒険は中断を余儀なくされた。
私が自らの命を賭けて行う旅の目的を阻まれ、仲間を失った。
それは、衝撃的だった。
しばらく、どうすべきか全くわからなかった。
旅の仲間達を失望させたのではないかと感じた。
両親に全てを話し、旅の目的をあきらめることを考えることもあった。
しかし、何かが徐々に私の中で沸き上がっていた。
私は冒険をすることが、魔法を研究することがたまらなく好きだった。
王になったことは、私の気持ちに少しも影響しなかった。
そして、私は王の責務を果たしたら、冒険と研究をやり直すことを決意した。
それから数ヶ月、私は四大貴族を説得し、新たな計画を決めた。
この計画が成功すれば、ロマリア王国は再び隆盛に向けて動き始める。
モンスターに怯えることなく暮らすことができる世界への第一歩が。
私が冒険を中断しなかったら、この計画は起きなかったと私は確信している。
ひどい味の薬草だったが、けが人には必要だったと思う。
私は自分が行っていることが好きで、それが自分を動かしている根幹だと確信している。
仕事は人生の大きな部分を占めることになる。
満足を得るための方法は偉大な仕事だと信じることで生まれる。
そして、偉大な仕事をする唯一の方法はその仕事を好きになることだ。
もし、みつけていないのならば探しなさい。
それは、見つければすぐわかるはずだから。
妥協は禁物だ。
3番目の話は、死についてだ。
冒険は、死と隣り合わせだ。
僧侶の蘇生呪文や、教会での復活が可能とはいえ、万能ではない。
肉体が完全に消滅した場合はもちろん、いろいろな条件で復活が不可能な場合がある。
詳細については、諸君は講義を受けたはずだから、ここでは省略する。
私は冒険をしている間、毎朝起きると鏡を見ながら自問する。「今日、冒険で命を散らすとするならば、私は今日の冒険が本当に必要なことだろうか」
もし違うのであれば、私は冒険の方針を変更する必要に気付く。
自分が今日死ぬかもしれないことを覚えておくことは、人生の重要な決断を助ける重要な道具であると私は考えている。
なぜなら、ほとんどすべてのこと、他人からの期待や、プライド、恥や失敗に対する恐れ、これらのことは死を前にしては消えてしまい、本当に重要なことだけが残るからだ。
いつかは死ぬということを覚えていくことは、私が知る限り、落とし穴を避けるために必要な最善の方法である。
何かを失うと考えてしまう落とし穴を。
死を前にすれば、誰もが丸裸だ。
自分の心のままに行動しない理由がなくなる。
私は、自分が5歳の時、生死をさまよう事故を経験した。
転んで、水の中に入り溺れてしまったという経験だ。
そのときは母親が助けてくれて、幸運なことに後遺症もなかった。
私は、幸運にも冒険で死んだことは無かったので、この経験がこれまでで最も死に近い体験となる。
この経験を受けて、私は自信を持って次のように言える。
死を望む者はいない。
天国へ行くことを望む人でさえ、そのために死にたいとは思わない。
それでもなお、死は我々すべてが共有する運命だ。
それを免れたものはいない。
そしてそうあるべきなのだ。
なぜなら死はほぼ間違いなく生命による最高の発明だからだ。
死は生命に変化をもたらす主体だ。
古き世代は消え去り、新しい世代に道を譲る。
我々は、新しい世代だが、遠くない未来に、古き世代に移行して消え去ってしまう。
新しい石碑が、風雨にさらされることで刻まれた文字が失われ、やがて誰からも忘れられるように。
我々の時間は限られている。
だから、他人の甘言に従う必要はない。
他人の意見だからでなく、自分で考えて、その意見が本当に自分にとって大切かを考える必要がある。
そして、最も重要なことは自分の心と直感に従う勇気を持つことだ。
それは、もちろん自分勝手とは違う。
どんなに強力な戦士でも、パーティの連携が十分でなければ簡単に全滅する。
そして、一緒に戦う仲間が本当に大切な存在であれば、仲間と無事に冒険をすることは何よりも大切なことであることに変わりはない。
「モンスターを食す」という書物がある。
冒険者の必読書の一つだ。
アリアハン出身の元冒険者サルファが、世界中を旅して、そこで戦ったモンスターの肉を調理した内容を記載した本である。
この本が必読書である理由は、モンスターの調理法が記載されているだけでなく、モンスターの生息地や攻撃方法、上質な食材を確保するための加工方法も記載されている。
最初は1人で作成されたものだが、この本の重要性を理解した冒険者ギルドは、多くの冒険者を派遣して山や海や洞窟を探索して、新しい情報に更新している。
最新版の裏表紙には、降りしきる雪の中にある小さなほこらが描かれている。
海を背景にし、手前には綺麗な銀世界がひろがっているその風景は、冒険者であれば一度は行ってみたい場所だ。
私はここがどこであるか知っているが、この本にはその場所は明記されていないし、私もここで説明するつもりはない。
君たちが冒険者であるならば、自分たちで見つけて欲しい。
風景画の下にはこんな言葉が記されている。
「探し続けろ。考え続けろ」
これは、最初の作成者が読者の全てに伝えたい言葉だ。
探し続けろ。考え続けろ。
そして、私は常にそうありたいと願ってきた。
そして今、諸君が卒業するにあたり、皆もそうであって欲しいと思う。
探し続けろ。考え続けろ。
ご静聴ありがとう」
アーベルの演説に答えたのは、たった1人の拍手だった。
「素晴らしい演説だ」
ジンクは、席から立ち上がると、惜しみない拍手を送る。
アーベルの演説を目の前で聴いていたのは、ジンクだけだった。
卒業式当日、ジンクは用事があったことから、前日に聞きたいと頼んできたのだ。
アーベルも大勢の前で話すのが久しぶりだったので、練習相手にちょうどいいと二つ返事で会場を借りることを条件に了解した。
「事前に練習しないと、大勢の人の前では、上手く話すことが出来ないからね」
アーベルはそう言って、事前に原稿を作成していた。
「他人の演説を拝借したのだけどね」
アーベルは、頭をかきながらネタをばらした。
「問題ありませんか」
ジンクはアーベルに指摘する。
アーベルはウエイイ開放作戦を発表したばかりだ。
四大貴族を味方にしたとはいえ、貴族のほとんどはアーベルを敵視している。
下手な演説で、批判を増大させる訳にはいかない。
「まあ、誰も元ネタは知らないだろうから、問題ないだろうし」
「それならいいのですが」
会場の奥で、1人の男が2人の話を聞いていた。
男は、アーベルが開発した汎用性呪文「おもいだす」を使用して演説の内容を確認すると、会場を後にした。
翌日。
アーベルの目の前でロングス財政担当官が、演説をしていた。
かつて、ロングスは冒険者として活動していたが、財務大臣ガイウスに能力を見込まれ、家の経理を任されていたが、国の行政に携わるようになり、3年前からガイウスの元で、ロマリア王国財政の実務を取り仕切っていた。
ちなみにロングスの前職は、冒険者養成所長であった。
ロマリア王に今日の演説を要請したのも、ロングスである。
「かつて冒険者だったころの経験をお話してもらえたら、卒業生達は喜びます」
と言って。
ロングスは、大きく太った体を揺らし、右目につけている片眼鏡を原稿に向けながら話し始めた。
ロングスの目の前には、椅子に座っている冒険者養成所の卒業生たち、その関係者たち、新しく就任した王の演説を聴きにきた民衆たちで、例年にない人数が会場に集まっていた。
王の演説はロングスの次であるが、ロングスの演説をしっかり聴いていた。
「私は紹介を受けたロングスだ。
諸君が栄誉あるこの冒険者養成所を卒業する場所で久しぶりに演説することができて嬉しく思う。
前回参加したときは、所長という立場のため、長々と小言を言ったものだが、今日は今の所長が既に話してくれた」
ロングスは、視線を今の所長に向ける。
周囲から笑いが漏れる。
所長も苦笑していた。
「今日は私から、短い冒険の旅の中から3つの話をしたい。
たいしたことではない。
次に話をされる、アーベル国王が開発された汎用型呪文「おもいだす」を使用すればすぐに思い出せるものだ」
ロングスは、視線を後方に座るアーベルに一瞬だけ移動させてから、原稿内容を読み上げる。
アーベルはロングスから受けた視線に違和感を覚えた。
まるで、自分を嘲笑するように感じ取ったのだ。
「最初の話は・・・」
アーベルはロングスの演説を聴いている内に表情が驚愕から、困惑に変わっていく。
ロングスの話している内容が、アーベルが前日に練習で話していた内容と一緒であったからだ。
当然、アーベルの経験に基づく部分は、ロングスの経験に基づく内容に修正されている。
アーベルは、昨日アーベルの演説を聴いていたのは、ジンクだけだったと思っていた。
ジンクは、王宮で別の仕事をしているため、ジンクに事情を確認することも出来ない。
アーベルは、ロングスの演説が拍手を持って迎えられたあと、演台に登壇する。
アーベルは、多くの聴衆を前にして、口を開く。
「本日、諸君が世界最高水準の一つである冒険者養成所を卒業する場に参加できたことを光栄に思う。
私は昨年、アリアハンの冒険者養成所を卒業した。
昨年参加したときは、来年も参加することになるとは思わなかった」
俺はそこで言葉を句切ると、目の前の原稿を取り出して呪文を口にする。
「メラ」
大勢の卒業生が見守る前で、書類は一瞬にして灰になった。
会場内は一瞬静まり、すぐに騒然となった。
それでも、俺の行動を不審に思っても俺は王であった。
卒業生達はその事実を思い出し、やがて再び静寂に包まれた。
「幸運にも、先ほどロングス財政担当官が私の思っていたことを、話してくれた。
おかげで、あらかじめ用意していた原稿を用いる必要が無くなった」
聴衆の何人かは、アーベルの言葉の意味を理解したが、静寂は続いていた。
「ロマリア王として、冒険者諸君に期待することを話そうと思う。
一つだけだ。
諸君の心に深く刻まれる内容であれば幸いである。
モンスターについてである」
アーベルは1Gを取り出した。
「この物体は、モンスターを倒した後に出現するアイテムゴールドだ。
この物体は、モンスターを生成する場合の触媒と考えられており、魔王の邪悪な力でモンスターが生成されていることと、一度人の手に触れると、直接魔王が触れない限り、二度とモンスターには戻らないと考えられている。
ゴールドは、その性質による希少性と偽造できないことから通貨として世界中で通用している。
冒険者達のほとんどは、モンスターを倒しゴールドを得ることで装備を整えたり、生活の糧にしたりする。
そして、モンスターと戦うことが出来ないほとんどの国民は、冒険者や兵士の力で安全な暮らしを確保している。
その状況が、近い将来変わることになる。
勇者の存在だ。
アリアハン出身の勇者は、あと1年ほどで成人し、冒険を始めることになる。
勇者の目的は、前の勇者オルテガの意志を継いで、魔王バラモスを倒すことである。
魔王バラモスが倒されれば、どうなるか?
モンスターは消滅するかもしれない。
消滅はしないが、その時点で生息するモンスターを倒したら、もう出現しないかも知れない。
実際どうなるかは、魔王を倒すか、魔王に尋ねるしかわからない。
ゴールドの由来の話が正しいかどうかも、魔王に尋ねることでしかわからないはずだ。
誰かが、魔王に尋ねたのだろうか。
そうならば、質問した人物はある意味、勇者に間違いない」
周囲から笑い声が聞こえる。
「重要なことは、冒険者である諸君にとって、重要な変化が訪れることである。
これまでのように、モンスターを倒すことで生活の糧を得ることが不可能になるかも知れない。
だからといって、魔王を倒すことを止めることは出来ない。
今の状況が続けば、人類が滅亡する。
そうなれば、冒険者であることは不可能だ。
考えが浅い者は、勇者の存在を疎んで、殺害するかもしれない。
私はロマリア王として、そのような存在を許さない。
絶対に許さない。
代わりと言うわけではないが、平和になれば、王として諸君らに新たな仕事を斡旋したい。
道路や都市整備の労働者や、治安維持のための兵士として。
新しい時代になれば、その時代にあった労働者が必要とされる。
今、冒険者が求められるように」
卒業生達は、緊張に包まれていた。
ある意味、冒険者の将来を否定する内容だったから。
「幸い、これまで冒険者育成にかかる予算や都市の防衛にかかる予算を、新しい時代に必要な教育予算に移し替えることが可能である。
それでも、諸君は心配しているだろう。
自分は、新しい時代について行くことが出来るだろうかと。
私は、確信している。
諸君の力があれば、問題ないことを。
なぜならば、諸君は冒険者という人生を選択したのだから。
冒険者には、常に二つのことが求められる。
「探し続けろ。考え続けろ」
先ほどロングス財政担当官が話した言葉だ。
その言葉を実践する限り、諸君の前には新しい未来が開かれることを確信している。
だからこそ、ロマリア国王として最初に、養成所を卒業し世界に旅立つ諸君に、私が考える将来を語ったのだ。
そして、諸君に期待している。
諸君の経験が新しい時代に生かされることを。
冒険者として得られた経験が、新しい未来につながる点であることは確信している。
だから、世界に平和が訪れるそのときまで、諸君は誇りを持って冒険者として生きて欲しい。
当然、冒険者ではない、ロマリア国民にも期待している。
平和になるまでは、引き続き忍耐を求められるかも知れない。
平和が訪れても、日々の生活はすぐに改善されないかもしれない。
それでも、国民が力をあわせれば、立派な将来を描くことができることを確信している。
皆には、国王に力を貸して欲しい。
魔王やモンスターに怯えることなく、楽しく笑いあえる、かけがいのない未来のために。
最後に、この話をすることができる機会を与えてくれた、ロングス財政担当官に感謝する。
ご静聴ありがとう」
聴衆は静まりかえっていた。
ロマリア国王アーベルが話す内容はあまりに衝撃的だった。
冒険者の多くは、世界が平和になったあとのことを考えていなかったからだ。
やがて、卒業生の1人が立ち上がり拍手を始めた。
他の卒業生達も立ち上がった。
すべての聴衆がそれぞれの想いをこめて拍手した。
アーベルは聴衆の反応に満足そうに頷くと、後ろを振り返る。
アーベルの視線の先には、ロングス財政担当官の姿が映った。
ロングスは、大きな巨体を振るわせながら、なんとか自制をしているが、今にも襲いかかろうとしている様子だった。
だが、この場所で襲いかかることは出来ない。
それを両方が理解しているから、アーベルはにっこりと微笑むと、自分の席に戻っていった。
「いやあ、現場に行って、話を聞きたかったですね」
ジンクはアーベルの話を聞き終わると、残念そうな表情を見せた。
「仕事だったのだろう、内容は聞いてなかったが」
アーベルは疲れた表情でジンクに質問した。
「そうですね、無事に調査が終わったので報告しましょう」
ジンクは、束になった報告書をアーベルに手渡す。
「これは、・・・」
「ロングス財務担当官の不正蓄財に関する資料です」
アーベルは報告書を読みながら、ため息をついた。
「ロングスの不在を突いたわけか」
ジンクは頷いた。
ロングスは、レグルス財務大臣の失脚を知り、自分が後任となるためにいろいろと画策していたようだ、逆に自分から破滅に進むことを知らないで。
「では、俺の演説内容を入手したことも知っていたのか」
「ええ、ロングスが王様に演説を要請したときに、何らかの策略をおこなうと考えていました」
ジンクは嬉しそうな表情をする。
「だったら、事前に教えて欲しい。
演説に失敗したらどうするつもりだった」
ジンクは笑顔のまま話を続ける。
「上手くいったではないですか、急な対応は出来ないと言っていたにもかかわらず」
「昨夜考え直したのだ。
演説の内容自体は問題ないが、自分の立場がロマリア国王だから、それに合わせた内容を話す必要があると思ってね。
久しぶりの徹夜は疲れたよ」
「お疲れ様でした。
あまりに集中していたので、声をかけることが出来ませんでした」
アーベルはつかれた頭でしばらく考えると、表情を曇らせた。
「お前は、俺が原稿を直したのを見ていたのか」
「ええ、そうです。
おかげで、こちらも徹夜しましたが」
「やれやれ。
深夜に男の部屋に侵入するなんて何を考えているのだか」
「私を襲うことなど、ありえないと知っていますから」
「ああ、そうだな」
アーベルはつかれた体を無理に動かすようにして、寝室に向かっていった。
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