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戦国異伝

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第百十八話 瓦その十

 それでまた言う信長だった。
「そこに権六、牛助、新五郎に」
「他には」
「久助に五郎左じゃ」
 滝川に丹羽もだというのだ。
「あの二人にも、それに御主と」
「もう一人は」
「十兵衛じゃ」
 ここでこの名前が出た。
「あ奴もじゃ」
「十兵衛といいますとあの」
「そうじゃ、明智光秀じゃ」
 まさにその彼だった。
「あ奴にも茶会を開くことを許す。一門では勘十郎じゃな」
「勘十郎様は当然として」
「それに三郎五郎もじゃな。無論鬼若子にも与えるぞ」
「そのお三方はわかりますが」
「十兵衛は幕臣じゃな」
「左様ですが」
「しかし織田家から禄を出しておる」
 十万石だ、これが破格のものであるのは言うまでもない。
「だからよいのじゃ」
「左様でありますか」
「うむ、あ奴もまた織田家から禄を出しておるからのう」
「わかりました。そういうことでありますか」
 ここでようやく羽柴も納得した。だがそれでも唸る顔でありその顔で信長に対してこう言ったのであった。
「しかし。思いきりましたな」
「そうかのう。わしは当然だと思うが」
「公方様が何か言ってこられませぬか」
「ははは、それはないわ」
 信長はこのことは何の心配もしていなかった、いつもの様に大きく笑うその顔が心配していない何よりの証だった。
「杞憂よ」
「左様でございますか」
「うむ、それに幕臣の主な者には全て禄を出しておる」
 幕府からのものとは比べようがないまでにだ。
「皆わしの家臣も同じじゃ」
「では公方様については」
「今のところは何も心配はない」
「今のところはでありますか」
「まあ。大人しい方ではない様じゃしな」
 信長の目が光った、直感でそこまで見抜いているのだ。
「だから今度妙な動きをされるやも知れぬ」
「そうなれば厄介ですな」
「だからこそ幕臣は皆抱え込んだのじゃ」
 織田家から禄を出したというのだ。
「実際幕府にはもう俸禄を出せるゆとりもないからのう」
「確かに最早幕府は」
 応仁の乱で実質山城一国、二十万石程度の力しか残っておらず義輝が殺された後の混乱でその山城の統治も失われた、山城も都を含めて織田家が治めているのだ。
 そうした幕府だから俸禄も満足に出せない、その幕府の者達に信長が俸禄を出しているからであった。
 それで信長は言うのだった。
「公方様が動かれるにしても文を出される程度じゃ」
「それ位ですな、確かに」
「朝倉にでも文を出すか」
 かねてより織田家と仲の悪いこの家の名前が出る。
「いずれ朝倉ともけりをつけねばならんしな」
「朝倉でありますな、あそこは」
「まだ宗滴殿が健在じゃがな」
 しかし朝倉は八十万石で兵は二万、織田は七百六十万石で十九万だ。
 しかも朝倉家の主義景は暗愚と言われている、織田家にとっては最早何でもない相手になっていた。
 だから信長も言うのだった。
「降すとしよう、兵を送らずにな」
「人を送ってですな」
「それで降らねば兵を送る、あの家で怖いのは宗滴殿だけじゃしな」
「その宗滴殿が厄介ですな」
「あのご老体とは一度会いたいがのう」
「やれやれ、そこでそう仰いますか」
「うむ、面白そうじゃ」
 ここで信長は持ち前の好奇心も見せて笑って言う。
「それもな」
「ううむ、六十年も戦の場に経ち一度も負けを知らぬ方ですが」
「その御仁と一戦交えたいものじゃ」
「果たして出られるか、ですか」
「出た時は戦いたい、その時に生きておられるかはわからぬがな」
 それでもだと話してだった、信長は期待も見せた。
 そしてそのうえで羽柴にまた言ったのだった。
「では今も茶を飲もうぞ」
「それでは」
 こうして信長は今は羽柴と共に茶を飲んだ、そのうえで天下布武への道を着々と進めていくのだった。天下はかなり近付いていた。


第百十八話   完


                   2012・12・13 
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