ソードアート・オンライン ~無刀の冒険者~
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SAO編
episode7 七十五層、合同討伐隊にて
アインクラッド外周から覗く秋の空を、俺はぼんやりと眺めていた。そこに浮かんでいるのは、まるで秋を絵に書いたような鰯雲。その景色はどこまでもいつも通りで、まるでこれから始まることが
ウソみたいに思えてくる。
―――君たちに、第七十五層の、ボス攻略の合同パーティーに参加してほしい。
昨日、突然エギルの店に現れたKoB団長ヒースクリフは、俺達にそう言った。
当然、面喰ったのは言うまでも無い。
だが、その後に続いた「先行偵察部隊の全滅」の言葉を聞けば、俺達もいやだとは言えなかった。いや寧ろ、「全滅」という言葉を聞いたからこそリスクを考え、商人クラス(といっても一流の斧戦士でもあるのだが…)のエギルや盗賊クラス(といって以下略…)の俺は断るべきだったのかもしれない。
だがまあ、エギルはそういう時こそ断れない男だ。
そして、俺は。
(打算で動いてるよなあ、俺……)
俺も、その依頼を受諾した。
理由は簡単。攻略のペースが遅れるのは、俺の目的……上層に存在するかもしれない、『蘇生クエスト』を探すという目的にとって、望ましくないからだ。我ながら呆れるくらいに自己中心的だと言えるだろう。
勿論、他に理由が無いわけではない。
挙げようとと思えばすぐにいくらか列挙できる。予想される「結晶無効化空間」での回復、転移脱出不可に対しては、俺のもついくらかの貴重な…というか、「何に使うかよくわからないクエストアイテム」が役立つ場面があるかもしれない、だとか。敵ボスの形状やしてくる攻撃がわからない以上、四十七層のように俺の敏捷、体術が生きてくる可能性がある、だとか。
しかし。
「……ははっ。…詭弁だろ」
だがやはりそれは、俺の中では後付けの理由に過ぎなかった。
他の誰もを騙せたとしても、俺自身は騙せはしない。
俺は、俺のためにこの戦いに臨む。いままで俺は、自分の願望というものに頓着しない性質だと思っていたが、どうもそうではなかったらしい。
「……ハハ」
自嘲気味に笑う。まあいいさ。このデスゲーム、自分のためだけに戦い続ける奴も大勢いる。俺もそういった連中の仲間入りと行こうじゃないか。それが回りまわって皆の為になるというなら、それはそれで、悪くない。
そんなことを考えているうちに、メンバーたちは続々と集まってきていた。
クライン、エギルといった顔見知りの面々。キリトとアスナの二人とは一瞬目があったが、二人とも声をかけてこようとはしなかった。その気遣いが、今の俺には正直有難かった。そして、ヒースクリフをはじめとするKoBの精鋭が到着し、三十二名全てが集合する。
ヒースクリフが何かを言っている。その様は実に堂々としていて、皆を高みへと導く者にふさわしい風格を醸し出していた。キリトが『勇者』であるなら、この男はさしずめ『王者』か。キリトが敵を切り裂く剣で、ヒースクリフが皆を守る盾。
おそらく俺が…レベル八十四にして限界に達した俺の…見ることのない、この先のボス戦をこなし、この世界の最後を見届けるだろうプレイヤー達。
「……なにを弱気になってんだよ、俺は」
呟く。確かに俺が『攻略組』の一角で居られるのは、もうあと数層分だろう。だが、それでも今は、この敏捷特化を生かした、戦力の一人なのだ。戦える。俺はまだ、戦える。全てのプレイヤーのため…なんてお題目ではなく、俺のために、そしてソラのために。
俺の頭が、すうっと落ち着いていく。
いままで経験した数々の戦闘の中でも最も集中した時だけ感じる、独特の熱と、冷静さ。
ヒースクリフが、掲げ持った《回廊結晶》を開き、その中に入っていく。
続く赤と白の騎士装のプレイヤー達。
「さ、いきますか」
一瞬だけ、左手で顔を覆う。
その薬指に光るのは、七色の指輪。
結局ヒースクリフが訪ねてきたおかげで買い取りまでこぎつけられず、先送りとなった、《リヴァイブ・リング》。その輝きに、一瞬だけ目を細めて笑う。なんだかその光に、妙に励まされたような気になったのだ。
(……まさか、な…)
その笑顔のまま、俺は回廊結晶のゲートへと飛び込んだ。
◆
美しく削られた迷宮区の扉。それが果たしてどんなことを意味するのか、片手の指に数えるほどしかボス戦の経験がない俺には分からない。だが、攻略組の面々を見る限り、どうやら愉快なものではないのだということだけはよくよく分かった。
(……出し惜しみは、無しだな)
いや、そもそもボス戦で出し惜しみも何も無いのだが。
メニュー画面を開き、装備を一式出す。つい昨日、『黄泉への案内人』相手に戦ったのと同じ、俺の最強装備。足のブーツは、移動補正と『体術』スキルの一部…足技にボーナスの入るモンスタードロップ品。纏う紺色のハーフコートと黒のズボンは、『隠蔽』だけでなくかなりの敏捷補正と貫通、刺突攻撃に高い防御力、そして『軽業』の上位スキル同様に相手Mobの視覚情報を困惑させる効果がある。
そして、右手には、銀色の布地に俺には読めない文字の入った、《カタストロフ》。左腕には、燃え盛る火焔のような輝きを放つ、《フレアガントレット》。薬指に、《リヴァイブ・リング》。
全ての装備を装着し、前を向く。そしてもう一度メニュー欄を見る。
(……こりゃ、慣れねえな…)
そこにある、今までの極貧暮らし(完全に自業自得だが)が嘘のような、巨額のコル。そして、俺には使えない武器…《フラッシュフレア》。あのアルゲードの雑貨屋を出る直前に、エギルが「今までの代金そして細剣はお守り代わりだ」と言ってくれたのだ。
『攻略組』に処分を任せたその細剣を、あの男がどうやって手に入れたかは分からない。今この最前線で使われていたとしても違和感のないレベルの洗練度の細剣、手に入れようと思えばすさまじい労力と金銭を伴っただろうことは想像に難くない。
だが、そこまで考えずとも、差し出される時に見たあの赤い輝きの美しさを見れば、それが如何に大切に扱われてきたかが俺には分かるような気がした。……もちろん、武器の見た目など手入れすればある程度はきれいになるのだから、気のせい以外の何物でもないはずなのだが。
まあ、それはさておき、エギルはそれもタダで俺にくれた。
生き抜く意味を見つけた俺への、祝いだそうだ。
(………)
ウィンドウ上の文字列を、そっとなぞる。
その手は、触れられるはずのないなにかを求めるように動いて。
思い直したかのように手を動かして、ウィンドウを閉じて前を見る。
ちょうど扉に手をかけたヒースクリフと目が合う。俺と奴が、まったく同じタイミングで頷く。
そして。
「戦闘、開始!」
高らかに宣言したヒースクリフの後に続き、俺はボス部屋へと飛びこんだ。
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