魔法使いへ到る道
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7.海の青は空の青なんでしょうか
青い空!白い雲!そして煌めく砂浜!
そう、私たちはやってきたのだ!
「「うーーーーーみーーーーーーーだーーーーーーーーーー!!」」
両手を使ってメガホンにし、隣に並んだなのはと一緒に腹から叫ぶ。普通なら他のお客さんに迷惑がかかるけど今回は大丈夫。なぜならここは月村家所有のプライベートビーチだから!
……プライベートビーチって、なにそれ漫画みたい。どんだけ金持ってたら買えるんだろう。
忍さんに聞いたらお金じゃなく、元々先祖が所有していた土地を整備したんだという。どっちにしてもすごいよ。先祖が持ってた土地とか普通無いよ。いやバニングス家は外国にいくつか所有地あるらしいけど。そんなの金持ちだけだよな。
無邪気に喜んでいる俺となのは、そしてその横で呆れているアリサと優しく笑っているすずかを自愛を感じさせる目で見てから、父母兄弟姉妹からなる保護者組みはビーチパラソルとシートを敷き、ちょっと行った所にある更衣室へ向かった。子どもたちは放置でいいのかよ。
しかし海だ。さあ海だ。それにしたって海である。
なんとこれが転生してからの初海である。今まではプールとかにしか行ったことが無かったから、久々の海に妙にテンションが上がっている。
さあさあさあさあ!思いっきり泳ごう!海水が鼻に入って地獄を見よう!うっかり大量に水を飲んでちょっとだけ吐こう!無駄に砂浜に穴を掘ろう!でっかい砂山を作ろう!なのはとかを地面に埋めよう!こっそり海の中で小便しちゃおう!
「海ぃー!俺だー!受け止めてくれぇー!―――あ、お前らは準備運動をちゃんとしろよ?」
「あ、ケンジくん!?」
「ちょっと!ひとりで先にいかないでよ!」
「ケンジくんも準備運動しないとダメだよー」
全部無視する。時には男は童心に帰らなければならない瞬間がある。それが今だ!
一瞬で服をパージし、畳んでタオルなどをいれているナップザックに押し込み、予め下に履いていた海パン一丁になる。裸足で砂浜を走るとありえないレベルで熱かったが気にせず駆け抜ける。
「行っくぞぉー!とうっ…………………っぷはぁ、ぅえっ、おえ、ぐふ、げへ、ぉうぇぇぇぇぇ……」
盛大に飛び込んだら顔にある穴という穴に海水が流れ込んできた。入ってすぐで浅かったのですぐに立ち上がったが、もしここが深かったら本気で危なかった。下手すれば二度目の転生が起こるかもしれなかった。
眼球と鼻の粘膜と咽喉の奥深くが強い刺激を受けて脳みそに響く痛みを訴え続けている。お陰で吹っ飛んでた頭のネジが戻ってきたようだ。あー、気持ち悪ー。
そのままざぶざぶと海から出て、耳の奥に入った水を出そうと色々しながら三人娘たちの下へ戻る。
「ケンジくん大丈夫?」
「まったく、あんなバカみたいな入り方するからよ」
「はいケンジくん、タオルどうぞ。あ、はなみず出てるよ。はいティッシュ」
ありがとうすずか。そしてごめんねみんな。俺これからはちゃんと準備運動するよ。
俺と同じように水着を下に着ているので、彼女たちも着ているシャツとスカートを脱ぐだけで準備は終わる。じっと見ているわけにもいかないので、俺は彼女たちの見えない位置で四つん這いになり、軽く掘った穴に胃袋の中身をそっくり出して気分をスッキリさせた。
パラソルの下に置いてあったクーラーボックスから良く冷えたお茶を取り出しごくごくと飲む。生き返った気分だ。
「ケンジくん、日焼け止めつかう?」
とてとてとなのはが寄ってくる。イチゴの柄のワンピース水着がよく似合っていた。日に焼けて後々苦しむのは嫌なのでありがたく使わせてもらう。全身に満遍なく……なく…………な、く……
「無理。背中に手が届かない。なのは、お願い」
「いいよー」
日焼け止めを渡して背中を見せる。ぬりぬり、ぬりぬり。背中を撫でる手がこそばゆい。
「はい、できあがり」
「ん。あんがと」
体の表皮がうっすらと白くなった三人と並んで身体を動かす。足は重点的にやらないと。水中で攣ったりしたら一大事だからね。マンガのようにジャストタイミングで助けは来ないんだよ。
しかし水に入るに当たって適当な準備運動の程度が今一分からない。なんとなく学校の体育でやる動作を一通りすることになった。
ひざの屈伸、浅い伸脚、深い伸脚、ふくらはぎを伸ばし、上体の前後屈、体側、身体を大きく回し、手首足首も回す。
二人ペアになってやる運動もある。すずかと組むことになった。
背中合わせになり腕を組み、お互いに身体を預けあう。
「んー。ケンジくんちょっとおもいー」
「まっ、失礼な子ね」
「ぐぐぐ、ケンジくんひっぱりすぎー」
「お前は全然重くないのな」
特に悔しくは無いがなんとなく、すずかを背中に乗せたままその場でぐるぐると回ってみる。
「きゃっ、え、何!?ちょ、ちょっと!ケンジくんやめてー!」
ううむ。頭のすぐ傍で発せられる柔らかい悲鳴で耳が幸せだ。こうしていつまでも回っていたいが、この行動は自分も傷つく諸刃の剣なのでそこそこでやめておく。
「うぅ、ぐるぐるするよー」
足元がおぼつかないようでふらふらと千鳥足のすずか。俺も揺れる視界が平静を取り戻すまでじっとしていることにした。
「何いまの!おもしろそう!なのはにもやって!」
「アタシにも!」
わーい。女の子に囲まれちゃったー。モテモテで困っちゃうなー。
……頑張れ俺の三半規管。
事前にたっぷり出していたのもあって、出すまでには至らなかった。ちょっと五体倒地で休んだら回復した。二十秒くらい。
「きゃっ、つめたーい!」
「でもきもちいいわね!」
「なのはちゃん、それ!」
「にゃっ!?もうっ、やったなずずかちゃん!お返しだ!えーい!」
「わぷっ!?ちょっとなのは、なんでアタシにかけるのよ!このぉ!」
「にゃー!」
「きゃー!」
実に楽しそうである。波打ち際で盛んにお互いに水を掛け合う少女たち。ここがプライベートビーチでよかった。普通の海水浴場なら今頃小さい子大好きの変態どもにその肢体を舐めまわす様に見られているところだろう。まあ実害は無いだろうけど。訓練された変態にとって自らの愛する対象は絶対不可侵。その身に触れることなど恐れ多い。見ていることを悟られず、ありのままの姿をひっそりとその脳内に写し取るのだ。
しかし最近は変態の錬度も落ちてきてねー、と考えつつ、何かに憑りつかれたかのように一心に穴を掘り続ける俺。別に水の中が怖くなったわけではないよ。
日差しを受けじっとりと背中に汗が浮かぶまで穴を掘り続け、なんとか人一人埋めれそうな穴を彫り上げることが出来た。ふぅー、重労働。
「わー!すごーい!」
海から上がってこちらに来ていたなのはが穴を覗き込んで歓声を上げる。それにつられてすずかとアリサもやってきた。
「うわー、でっかい穴ね」
「いったい何をするの」
「ん?こうする」
すずかの素朴な疑問に、何が楽しいのかいつまでも穴の中を見ていたなのはの両脇に手を差し込み「にゃ?」穴に放り込んで改めて砂を詰めていく。
「わー!何するのー!」
「そういうことね!面白そう!」
何をやりたいのか察したらしいアリサが協力してくれる。残ったすずかは、仕方ないな、とでも言いたげな笑みを浮かべて佇んでいる。率先して参加はしていないけど止めに入ってもこないあたり、あの少女が一筋縄ではいかないことを示している。
そして埋め立て終了。地面からにょっきりと生えるなのはの生首。ユーモラスだがどこか危ない気だ。
「うわーん!出してよー!」
「アハハハ!よく似合っているわよ、なのは!」
「――随分とご機嫌だな。いつから埋められるのがなのはだけだと錯覚していた?」
え、と声を漏らすアリサの両脇に後ろから手を差し込み、実はもう一つ用意していたりした穴に放り込み、先ほどの数倍の速度で砂を流し込む。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!おねがいだから待って!」
「いけいけー!アリサちゃんなんか埋まっちゃえー!」
生首一号が仲間を増やしたそうにこちらを見ている。数十秒で生首二号が出来上がったので、これで一号も報われたことだろう。
「あ、あれ?これいがいと本当に動けない!」
「ふっふーん。なのはのくるしみが分かったでしょ?!……だからお願い、だしてケンジくーん!」
「えー、どうしよっかなー?」
二人の目の前にしゃがみ込みにやにやと見守る。きゃんきゃんと騒がしい二人だが、残念、首から上だけなので迫力が無い。
危なくないように肩が少し出るくらいしか埋めてないのでしばらくは放っておいても大丈夫だろ。
立ち上がって振り向き、ニコニコと俺たちを見守っていたすずかに、
「すずかも埋まってみる?」
「い!や!」
力いっぱい拒否されてしまった。これじゃあ仕方ないよね。
「ちょっとー!あつかいが違うじゃない!」
「なんですずかちゃんにはやさしくて、なのはにはきびしいのー!って、わぁ!波が、波がすぐちかくにー!」
「こっちにはカニが!あ、あっち行きなさいよ!しっ!しっ!」
慌てふためく二人の姿があまりにも可愛らしいのですずかと並んで座って見守ることにしました。
結局二人が掘り出されたのは、着替えのついでに少し離れた雑貨屋で色々な海を楽しむためのアイテムを買ってきた大人たちが帰ってきてからでした。
心配する男性陣を尻目に女性陣が記念にといって撮った写真は一生の宝物になるね。
浮き輪に尻を嵌めてぷかぷかと海面を漂う。クラゲの気持ちになってみたり。
「そんなので楽しーの?」
「そこそこー」
浮き輪にしっかりと身体を通しバタ足で移動するなのはに適当に答える。アリサはクロールの練習をしてるし、すずかは潜水をしているので浮き輪組みは俺たちだけだ。いや俺もいらないっちゃあいらないんだけどね。
空を眺めていた視線をビーチに向ける。そこでは熱い戦いが繰り広げられていた。
砂浜でやるスポーツといったらビーチバレーだろう。高町親子チーム対八代雄飛&デビット・バニングスチーム。いい歳こいた大人たちが何やってんだか。
全員が全員見事な逆三角体型だった。しかもそれは見せ筋などではないらしく凄まじい運動性能を見せていた。ムキになりすぎだろう。
ネットなどは張られておらず、恐らくはボールを地面に落としたら一失点、くらいの軽いルールであるはずなのだが、その遊びが一種の競技にまで昇華されている。
まず第一におかしい点は、ボールがはっきりとは見えない。ニチームの間を盛んに行き交っているはずのボールがそのカラフルな色合いを残像としてしか見せてくれないのだ。あれでよくばん、っていかないものだ。
第二に、普通ビーチバレーではあんなに砂煙は立ちません。誰かが一歩踏み込むごとに足元の砂が爆発したとしか言えないくらいの勢いで弾けるのだ。
あと二段ジャンプとか止めて。いちおう申し訳程度に陣地の線を引いてはいるけど、空中セーフとでも言うつもりか。人としてアウトだよ。
あとはもう、空中コンボとか、砂を使った目潰しとか、色々やってるけどもういいや。わー、おとうさんすごーい、くらいの心持ちでいよう。離れたところにいる女性陣はとくに気にした様子もないし。
「……いいなー」
「いやあれを羨ましがっちゃダメでしょ……ん?」
てっきりあのアクロバティックな親父どもを見ていっているのかと思ったが、なのはの視線は別のほう、のびのびと大海原を泳いでいる親友二人へと向けられていた。
「なのは泳げないものな」
「うん。いいなー、アリサちゃんとすずかちゃん。楽しそうだなー」
………………ま、こういうのも海に来た醍醐味だよね。
「よかろう。ならばお前の願い、我が叶えてしんぜよう」
「え?わ、わわっ!?」
浮き輪から降りてなのはの手を掴み、体から抜き取った浮き輪とまとめて二つ、ビーチ向けて投げ飛ばす。うまい具合にパラソルの天辺に乗っかった。
「ほれ、こうして手を持っててやるから、泳ぎの練習するぞ」
「…………いいの?」
「もちろん。さっさと泳げるようになって、アリサとすずかを驚かせてやろうぜ」
「……うん、うんっ!」
にかっと花が咲いたように笑うなのはに、俺も心からの笑みを返した。
結論から言うと、出来上がったなのはの泳ぎはあまりうまいものとはいえないものだった。
けれど水に顔をつけることがやっとだった彼女が、誰の手も借りずに十五メートル近く泳ぎきったことはその場にいた全員を大きく驚かせ、そして声高らかに彼女は賞賛された。
よくがんばったな、なのは。
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