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IS《インフィニット・ストラトス》‐砂色の想い‐

作者:グニル
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幻影急襲

 機体が傾く。窓から見える右翼に配置されている2つのエンジンは見事に爆発していて、原型を留めていません。
 この『ボーイング787』は3つのエンジンが潰れても1つあれば飛べるようには設計されているのですが……

「おい! どうなっているんだ! 右のエンジンが爆発したぞ!」
「分からん! 急に爆発したんだ!」
「どういうことだ! 誰か説明してくれ!」

 機内は突如攻撃してきたISにパニック状態になっています。これが事故ならまだ機長とCAさんの説明で落ち着けさせることが出来るでしょう。しかし原因がISとなれば話は違います。
 戦闘機よりも強力な兵器にただの民間旅客機が狙われる。それはすなわち死を意味します。
 エンジンを撃ち抜いたことから見ればあのISは命を奪うという目的で撃ってきたわけでないというのは分かります。その気になれば戦闘力のあるなしに関わらずただの航空機は1分もこの世に存在することは出来ないですから。しかしそれは私が理解しているというだけの話です。何の訓練も受けてない一般人からすれば『ボーイング787』の性能もISの攻撃の仕方も関係ありません。ISが自分達の乗っている飛行機を攻撃してきている。その事実だけが目の前に突きつけられています。

「この飛行機は落ちるのか!?」
「機長を呼べ! 説明しろ!」
「お、落ち着いてくださいお客様! 席についてシートベルトをお締めください!」

 CAさんたちが必死に落ち着かせようとしているけどかなり厳しいと思います。ファーストクラスでもこれでは下の階の人たちはもっと混乱しているでしょう。
 この……状況を打破出来る選択肢は……
 一つ目は近くの部隊の救援を待つ。正直これはかなりきついです。何せここは日本の排他的経済水域と赤道連合の勢力下とのギリギリの境界。この位置での襲撃は完全に狙われましたね。確率の低いものは頼りたくありません。却下。
 二つ目は相手が見逃してくれるのを祈る。相手の動きから見ればエンジンだけ撃ち抜くという行為しかしていませんし撃墜の意志は低いと見えます。撃墜するつもりなら最初の一撃で終わっているはずですから。ただこの状況が続くとは限らないと言う点で却下。
 3つ目。私が……『デザート・ストーム』で出る。
 これが今の段階で一番可能性の高い選択肢です。ただあの未知のISにコアも外見も同じとは言え、たった数十分しか使ってない相棒で勝てるか……勝つ必要は無いですね。抑えられるかどうか。
 外に出るにはこのまま扉を開けるしか……でも人がいるしどうやって……

 辺りを見回す。震える人、怒鳴り散らす人、静かに待つ人、仕事を遂行しようとする人……いた!
 私は目的の人を見つけると、シートベルトを外して揺れる飛行機の中をすばやく移動していく。
 目的は、機長と連絡を取っているCAさん。

「すいません!」

「あ……大丈夫よ。すぐ静かになるから席で大人しく待っていてね」

 私が不安な乗客だと思ったのでしょう。CAさんは受話器から耳を離して蒼い顔をしながらも笑顔を作って見せてくれます。すごい人たちですね。でも今はそれに感心してる場合ではないんです。

「機長さんと話をさせてください!」

「え? だ、ダメよお嬢さん。それはダメって決まりなの」

 ああ、もう!

「私はオーストラリアの代表候補生、カルラ・カストです! 急いで!」

「へ? あ、あなたが? 代表候補生?」

「とにかく機長に繋いでください!」

「は、はい!」

 私の気迫に押されたのか、CAさんが何か話した後受話器を渡してくれました。

「機長さんですか!?」

『ああ、だが君は本当に候補生なのか? その証拠がない状態ではやみくもに情報は教えられない』

 受話器の向こう側から聞こえた声は明らかに疑う声です。普通こんな都合よくISに襲われて候補生が乗っている、なんてことありませんからね。疑って当然なんですが……

「ISが右のエンジン2つを撃った。それだけで十分状況は把握できてるつもりです」

『むう……で、候補生の君はどうするつもりかね』

「ファーストクラスのドアを開けてください。私が抑えます」

『何?』

 私の提案に機長の声が上ずります。

「この状況で乗客全員が助かるにはこれしかありません。専用機もありますしそれが一番可能性が高いです」

『一つ訂正させてもらってもいいかな?』

「へ?」

 訂正? 私の提案に何かまずいところでも……いえ、まずいところしかないんですけど現状これしか……

『私には乗務員乗客全員を無事に送り届ける義務がある』

「はい、ですから……」

『君もその一人だということを忘れないでもらいたい』

「あ……」

 機長さんの優しそうな声が私の耳に響きました。参っちゃいますね。IS持っている私が心配されるなんて。ありがとうございます。

『だが……君の案に乗る以外にここを切り抜けられるとも思えない。いいだろう。近くのCAに代わってくれ』

「ご協力を感謝します。機長」

私はそう言うと隣にいるCAさんに再び受話器を渡します。CAさんは恐る恐る私の手から受話器を受け取ると再び機長と何かを会話してから少しだけ驚いた後、決意を込めた目をして頷きました。
 CAさんは受話器を置くと私の方を振り向く。

「こっちに来て」

 案内されたのはCAさんたちが食事の準備などをする場所。そこは他のお客さんたちからは遠く、しかも人は全員出払っています。そして通路には防犯用なのか鉄製の扉、目の前には乗客搭乗用のドア。CAさんは鉄製の扉を閉めると私の肩を掴んで目線を合わせて震える声で話をしてくれました。

「いいですか。扉のレバーを上に引けば扉が外に吸い出されます。左翼のエンジンは今のところ2基とも健在。右は完全に潰れてるけど2つあれば近場の空港までは持つと機長はおっしゃっています」

「はい」

「本当は娘と同じくらいの年の子にこんなことさせたくないのだけど……」

「娘さんがいるんですか?」

「ええ、今年で14になるの。いい? 無理しちゃだめよ。あなたが死んじゃ意味ないですからね?」

「大丈夫です。ありがとうございます」

「じゃあ、気を付けて」

 CAさんはそう言うと扉を開けて再びファーストクラスに戻っていきました。

「よし!」

 パンパン! と自分の両頬に手で気合を入れます。
 そして扉についたレバーをゆっくりと引いて……引き上げて……上がった!

バン!

 大きな音と共に扉が外に吸い出され、私の体も吸い込まれそうになる。

(行くよ、相棒)

 一瞬だけ踏ん張った足の力を抜くと同時に『デザート・ストーム』を展開する。外に吸い出された瞬間に私の体をISの装甲が包み込み、PICの力で浮遊する。
 目の前に浮かぶのは白い雲、青い空、眼下に広がるのは青一色の海。だけど背後には轟音を上げて旅客機が通過し、その左翼には今まさにもう一基のエンジンを撃とうとしているISを視認する!

「やめろぉ!」

 叫ぶと同時に両手の『ハディント』と『エスペランス』を撃つ。もちろん旅客機に当てないように威嚇程度にずらしてだけど、相手は翼から離れてその場で静止した。
 その横を旅客機が通過して行くのを確認しながら私はそのISと相対する。

「貴方は何者ですか! 一体なんでこんなことを!」

『…………』

 青いISを纏った少女は無言のまま手に持ったレーザーライフルをこちらに向けてきました。話し合う余地は、無しですね!
 
―武装データ無し、敵レーザーライフルをW(ウェポン)1と仮称―

 やっぱり機体と同じで武装もデータが無い。
 しかも、早い! 放たれたレーザーを避けて両手に構えた『ハディント』と『エスペランス』の引き金を引く。
 突撃銃と散弾銃から放たれた弾の雨を青のISは軽々と避けて再びレーザーライフルを放って来ました。

 この人……強い!

 私の避けた鼻先に次のレーザー、そして一瞬動きが止まった隙を突いて突撃が来る!

「ぐっ!」

 私はレーザーライフルの先端につけられた銃剣を咄嗟に左手の『エスペランス』で盾代わりにして逸らす。激しい火花と金属の削れる音と共に銃剣の先端が私の頬を掠めた。
 ほぼ零距離まで相手の顔が近づいてくる。そのまま相手はレーザーライフルを両手で持つと押し込んできました。私は元々受けていた『エスぺランス』の後ろから右手の『ハディント』を重ねることでその勢いを受け止める。
 互いの息が掛かるほどの距離、だけどバイザーで相手の顔は見えない。そして唯一見える口元には何の感情も浮かんでいない真一文字の口だけ。

「が……」

 その表情に一瞬だけ気を取られた隙に相手の左ひざが私の腹部に突き刺さった。しかもこれ……肺から息が漏れ……!

 わざと絶対防御が発動しないように手加減して……!
 絶対防御は命に関わるような攻撃じゃないと発動しません。つまりその加減さえ分かっていれば相手の体に直接攻撃することも可能です。
 今の膝蹴りも通常のISのブースターも含めたものならば骨が折れ、内臓が破裂する恐れがあるため絶対防御が発動しますが、人が人にする膝蹴りくらいなら死ぬ危険は滅多にないので絶対防御は発動しません。

 続いて2回、3回と装甲のない腹部に相手の膝からの衝撃が響く。

「このっ!」

 左膝の『アドレード』を稼動させてお返しとばかりにこちらも膝蹴りを放つ。でもその蹴りは空を切った。
 え……

 いつの間にか相手の身体は離れていて、レーザーライフルを構えている。

 今、何が!

 考える間もなく放たれたレーザーに左手の『エスペランス』を撃ち抜かれた。爆発する前にそれを投げ捨てて左手に『オーガスタス』を展開。
 相手の攻撃はレーザーライフルのみ。ならこれで防ぎながら反撃です!
 正面から再び飛来したレーザーの射撃を正面に『オーガスタス』を掲げることでしっかりと受け止め、盾越しに右手の『ハディント』で弾幕を張る。
 次世代を見据えて特性にコーティングされた盾はしっかりと相手のレーザーを弾いてくれる。

 よし、相手を見失いさえしなければこれでダメージは………

『雑魚が……』

「へ?」

 一瞬、初めて相手の声が聞こえた。
 初めて聞いた声には私に対する詰まらなさ、侮蔑、見下しとかそう言ったものでなく、まるで無関心。正面にいるはずの私なんてまるで眼中に無いような……冷たい声……

―敵機後方にエネルギーの集中を確認―

 この予備動作は!
 ISが知らせてくれた次の瞬間には盾に猛烈な重さが圧し掛かった。
 この、予備動作……瞬時加速(イグニッションブースト)
 IS全体の重量と瞬時加速により勢いのついた踏み付けにより私の体勢が大きく崩されて、その後思いっきり下に蹴り落とされた。

 このままだと追撃が……! 何としても立て直さないと!

 落下しながら空中でバック転のように身体を捻り、足が下に向いたところでブースターを全開にして何とか耐え……

ガン!

 それでも間に合わずに海から少しだけ出ている岩礁に背中をぶつけてしまう。

「あう!」

 起き上がろうとしたところを何時の間に接近してきていたのか、相手の足で胸部を踏みつけられて阻止された。
 そのままの状態で顔を上げると、

ジャキン、と私の顔に零距離でレーザーライフルの銃口が突きつけられる。表情の分からないバイザー越しに初めて相手が私に向かって言葉を紡ぐ。

「貴様に興味はない。ISを解除しろ」

「な、にを……」

「分からないのか。貴様のISを寄こせと言っている」

 まさか……最初から……私が目的? そんなことのために旅客機を襲撃して一般の人にあんなに恐怖を与えておいて……ISだけが目的?

「ふ……ざけるな……」

「む」

 私は両手で胸部を踏みつけている足を掴むとそのまま力任せに相手の足を上へと押しのける。

「そんなことのために……何の関係も無い人を!」

「ふん」

 相手は心底どうでもいいというように足をどけると、今度は膝で私を踏みつけてきた。
 衝撃にまた声が漏れそうになる。けど……負けない。こんな、こんな外道に……人を人ととも思わないような奴には負けない!
膝で地面に押し付けられたことで相手の顔が近くなる。この距離なら腕の『マルゴル』で、一瞬でも隙があれば……

ドス

「―――――へ?」

一瞬、何が起きたのか分からなかった。
右腕に衝撃、相手の左手には何かの柄。私の二の腕には……光る金属が生えて……

「――――――ああああああああああああああああああああああ!」

そんな思考が一瞬で中断された。私の右の二の腕にはISスーツを切り裂いて巨大なサバイバルナイフが突き立てられていた。

「殺すな、とは言われているが壊すなとは言われていない」

「が………あ…………ぎ…………!」

 突き刺さったナイフを相手は傷口を抉るように回してくる。その度に私の口から言葉にならない悲鳴が漏れ、右腕が自分の血で赤色に染まっていく。
 この傷だと死ぬことはまず無い。でも……

 この人……ISの上から人を痛めつける術を心得てる……

 常に新しい激痛が右腕から走る。毎回そのせいで思考が中断されて、その隙にまた傷口をグリグリと弄られる。

「次は左か」

「冗…談!」

 女の子の肌を何度も傷つけられて、たまるもんか!
 相手がそう言うために一度ナイフを弄るのをやめた瞬間に私は左手で左肩の『カイリー』を引き抜き、相手に叩きつけるように振るう。当然のように上空に避けた相手に向かって、私はそのまま『カイリー』を投擲した。それも当然相手は弾く。

「ぐ……」

 右腕に突き刺さったナイフを左腕で……引き、抜く!

「ああ!」

 新たな激痛と共にナイフを抜いたところから新たな鮮血が噴き出す。ナイフを投げ捨てて右腕の状態を確認……ダメ、動くけどその度に自分の口から悲鳴にならない声が漏れる。こんなのじゃ武器の反動にも耐えられない。だからと言って左腕だけで勝てる相手じゃない。そもそも両腕使えた時でさえほとんど歯が立たなかった。
 なら……答えは一つしかない。

 逃げる。

 これしかない。
 幸い私の乗っていた旅客機は既に日本の領空に入っていますし、私がここで耐える理由はなくなっています。

 なら勝ち目の無い戦いは、退くだけ。
 でもこの相手から逃げられるとは……

『何だ、逃げる気か』

 バレ、ますよね。完全に腰が引けてますし。

「あ、あなたは……」

 時間を稼ぐつもりは無いけど……どうしても聞いておかなきゃ……

「あなたは………亡国機業(ファントムタスク)……ですか?」

『答えると思っているのか?』

 相手が……ううん、敵が再び銃を構える。その先端についた銃剣が太陽の光を浴びてキラリと輝いた。
 私に残された武装は……武装はある。でも、右腕が使えない。正確には使えるけど、滅茶苦茶痛い。今こうやって何もしないだけでも鮮血が次々にあふれ出して右手の装甲の先端を伝って海に流れ落ちていく。でも、やるしかない!
 展開……『イェーガン』!

 槍を展開すると左手だけで中央部分を掴んで何度か振り回す。
 その槍を少しだけ柄の下を持って、手を離す。それと同時に左手を振りかぶって右肩の残っている『カイリー』を敵の右を通過するように投擲。左足で槍の石突を蹴り上げて再度左手で掴む。
 その瞬間に敵の放ったレーザーが迫る。その青い光に向かって私は掴んだ槍を思いっきり振り回した。

パァン!

 と乾いた音と共にレーザーが消滅する。
 『イェーガン』は自身がヒートランスという特性から柄の部分は非常に熱に強い構造です。つまり一時的とは言えレーザー系に対する防御も出来る。
 レーザー兵器にこれをやったのは初めてですけど流石! 開発局自慢の一品です!

 続いて放たれるレーザーの雨を槍自体を高速回転させることで弾き続ける。

―『イェーガン』温度急速上昇、危険域まで30%―

 く、やっぱりこの量のレーザーは排熱が追いついてない! ISのセンサーは『イェーガン』がもうもたないとしきりに伝えてくる。
 ダメ、せめて後5秒!

 1発を弾く、2発、3発、4発!

―『イェーガン』危険域到達!危険域到達!―

 まだ! 後2秒!

 5発、6発! ……もって! 7発!

 もった!

 左手を振りかぶる。当然その間も敵からのレーザーが降り注ぐ。
 発動したのは一回だけ。クロエとの模擬戦で、しかも偶然。でもこれに賭ける!

―『ストーム・アイ』、起動―

 フゥョン

 気の抜けるような音がして、私に迫っていたレーザーが逸れた。

『何?』

 初めて敵が疑問の声を上げたのが聞こえました。その間に、投げる!

「貫け!」

 思い切り振った私の左腕から排熱が追いつかずに真っ赤に赤熱した『イェーガン』が放たれる。その勢いのまま私は身体を前に一回転させて両足の『アドレード』の拘束を解除し、敵に向かって足から投擲。3つの武器が敵に向かって真っ直ぐ飛来する。
 更に最初から投擲した『カイリー』が背後から……これならどれかは当たる! 私がそう思った瞬間……

『ふん』

「え……」

 敵のいる場所と全く違う場所から4本のレーザーが放たれ、それらは的確に飛来していた全ての武装を貫き破壊した。
 援軍!? じゃない。センサーにそんな反応ない。でも……あれは……まさか!

―敵BT兵器を4機確認―

 私の思考よりも早くISのデータが目の前に映し出される。そうか……だから見たことあるって……あれは、セシリアさんの『ブルー・ティアーズ』で感じたものだったんだ。
 え、でも……BT兵器の実用化に成功しているのは今のところイギリスだけ、他の国はまだ実験段階のはず。だとするとこの人はイギリスの人?ううん、それはない。さっき黒い髪が見えた。それだけでイギリス人じゃないっていうのは変な偏見かもしれないけど多分違う。
 とすれば多分……強奪。『アラクネ』と同じくイギリスから奪われた機体だ。

『貴様……今のは避けたんじゃないな』 

 自分の周囲にビットを戻した敵が聞いてきます。数は4。セシリアさんと同じ系列なら後二つ以上。口径の大きさと機体の機動性も考えれば『ブルー・ティアーズ』よりも後期に作られた機体というのはまず間違いないでしょうね。とすればあといくつかあるはず……

「その答えは貴方と同じです。答える義理はありません」

『………』

 私がそう答えると同時に敵のビットが動き出す。けどこれ……!

「速い!?」

 セシリアさんのそれと比べて速度も正確性もまるで違う! イギリスでもセシリアさんが適正一番高いはずなのにそれを上回る動きを……!
 『ストーム・アイ』のお陰でレーザーは当たらないけどあまり連続で当たると特性がばれる! ここは回避に専念するしかない! 四方八方から私を襲うレーザーの嵐を避けながら私は左手に『グリニデ』を展開する。
 BT兵器を使うには相当量の集中力が必要なはず。その内に本体を……

「落ちろ」

「……へ?」

 今日何度目の疑問の声でしょうか。しかしそれも仕方ないかと。何故って相手の声が……間近で聞こえたのですから。
 しかもこの瞬間にもビットは動いて私だけを攻撃してきています。これは、つまり……
 瞬間、怪我をしている腕を思い切り掴まれた。

「うわああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」

 脳を焼くような激痛が再び走る。体が痛みでビクンと跳ね上がり、自分でもまだこんな声が出たのかというほどの絶叫が響き渡る。思考が全て中断される。意識が飛びそうになるのを辛うじて止めるけど……体が、痛みで言うことを利かない…
 敵の右手にはピンク色に光を発するエネルギーナイフ……

「腕の一本も無くせばいいか?」

 動け!


 動け動け動け動け!



 動け動け動け動け動け動け動け動け!!




 私のそんな想いもむなしく敵のナイフが私の腕に振り下ろされ、私は来るべき痛みに備えて反射的に目をつぶってしまう。


―――――――――

 1秒が、長い……

――――――――――――――――――

 2秒、まだこない

―――――――――――――――――――――――――――

 3秒……あ、あれ?
 ゆっくりと、目を開ける。そこには……敵のナイフを半ばまで食い込ませた巨大な爪があった。
 わ……『ワイルドクロウ』? ってことは……

「おい、テメエ。何ウチの後輩に手出してんだよ……」

 爪の先を見ていくと……『スカイ・ルーラー』装備の『デザート・ウルフ』を纏ったクロエが敵を睨みつけていました。

「く、クロエ?」

「おーう、助けに来たぞ。本当は見送りの予定だったんだけどな」

 う、うえ……まずいです。泣きそうです……でも泣いている場合じゃないですね。
 クロエが『ワイルドクロウ』を力任せに振るって敵を弾き飛ばすのと同時に、私は取り落とした『グリニデ』の代わりに『コジアスコ』を展開します。前衛担当のクロエが来てくれたんですから遠距離から援護するのが最もいいでしょう。
 敵はくるりと一回転すると再びレーザーライフルを私たちに向けてきますが、クロエはニヤニヤと笑みを浮かべながら声を上げます。

「さて、どうするよ亡国機業(ファントムタスク)。2体1だぞ?」

『雑魚が一匹増えたとこで……』

 た、確かにこの敵の腕なら私とクロエを2人同時に相手にすることも可能だと……

『残念ながら一人じゃありませんので』

 え?

『ちぃ』

 敵が移動した瞬間に今まで敵のいた場所にレーザーが通過しました。その遥か上、太陽の光の中にいたのは……

『無事ですか、カスト候補生』

「コールフィールド候補!? どうしてここに!?」

 群青の『クゥラグィー』を纏ったジェーン・コールフィールド代表候補生。

『細かい話は後で。今はこいつを落とします』

『雑魚が何匹増えようと同じだ』

 敵がコールフィールド候補生に向けてレーザーライフルを向け放つ。
 しかも速い! 何時の間に3発も! 私一人の時は本気じゃなかったってことですか。
 だけどそのレーザーはコールフィールド候補生に当たることはなく、曲がった!?

『何?』

 敵の疑問の声が上がる。そのレーザーはまるでコールフィールド候補生を守るかのように何度も周囲を回転しています。そしてコールフィールド候補生が右手を振るうと共に3本のレーザーが一斉に敵に向かった。
 当然のように敵はそれを避けて再びレーザーを放つけど、それもまた同じようにコールフィールド候補生に当たる前に周りを回り始める。
 『ストーム・アイ』とは違う。レーザー系統を操る第3世代兵器!?

『無駄です。この『クゥラグィー』の前に『サイレント・ゼフィルス』では』

 『サイレント・ゼフィルス』? それが敵の機体の名前なのでしょうか。それを見た敵は右手だけでライフルを持つと左手に先ほどのナイフを展開する。射撃が効かないのですから接近戦で、ということなのでしょう。
 私とクロエもコールフィールド候補生をいつでも援護できるように準備します。
 しかし、敵の動きが急に止まりました。

『……なんだ……撤退? ちっ……』

 何か話した後敵が武器を下げました。そのまま敵は背を向けて……逃げる!?
 それを読んでいたかのようにコールフィールド候補生が立ちふさがりました。

『………』

『逃がすとでも?』

「だな。残念だがあんたにはここで捕まってもらう」

 クロエが敵の後ろに回りこみ右手に『エスペランス』を構え、左手の爪を鳴らしています。相手はそれを見ることなくライフルを下ろすと……

「うお!」

 海に向けてレーザーを放った!? その衝撃で水蒸気と高い水柱が立ち上がる。
 そのまま3発撃ち込んだことで同じように周囲に水蒸気と水柱が出来た。辺り一面が真っ白に包まれる。

『気をつけて!』

 コールフィールド候補生の声に私とクロエは背中を合わせて死角を消すようにして赤外線センサーを起動させる。
 反応、私、クロエ、コールフィールド候補生……あれ? 敵の反応がない?
 そのまま水柱と水蒸気が収まると……その場には私たち3人しかいなかった。

『くっ、逃がしてしまいましたか』

「まさか躊躇無く逃げるとは、中々良い根性してるな」

 逃げると判断すると代表候補生3人を相手に一瞬で逃げ切るその腕。圧倒的過ぎる。この3人相手でも勝てたかどうか……
 ああ、でも良かった。これで……休めるかな。さっきから眠くて……クロエも来たし、少し休んでも、大丈夫だよね?
 安心した途端に意識が薄れ始めた。

「おい、カルラ? おい!」

 落ちそうになる途中で誰かに受けとめられる感覚がしました。多分、クロエ……かな。

『出血がひどい。急いで止血しないと』

 ふ、2人とも大袈裟………でも、無いのかな。

「ご、ごめんクロエ……落ちる」

「おう、任せて寝てろ」

「うん……お休み……」

 それだけ言いきると私の意識は闇に包まれた。



―――――――――――――――― ―――――――――――



「航空機、全機発艦完了」

「よし、可能な限り追い込め。ペイントだらけにされないように気を付けろ」

「は! 続いてIS隊の発艦準備にかかります。」

 スキージャンプ甲板が特徴のロシアのアドミラル・クズネツォフ級航空母艦『アドミラル・クズネツォフ』から世界演習に向けてSu-33が発艦を完了したところだった。
 艦橋では初老の艦長の指示に合わせて艦橋クルーが忙しなく動き回っている。
その艦橋の後ろの方ではプラチナブロンドでセミロングの髪を持つ女性、ラリサ・アレクサンドロヴナ・トルスタヤが戦況を見守っていた。ロシアに存在するIS研究開発企業『ヴィクトム社』に所属する国家代表であり、今回の世界合同演習には見届け役の一人として参加している。

「なあラリサ」

 そのラリサの更に後ろ、壁に体を預けて腕を組んだ薄い金髪の女性が声をかける。着替えるのが面倒だったのか、ピッチリとしたスーツで豊満な胸がよく目立つ。その上から面倒だったからなのか無造作に軍服を羽織って腕も通していない。さらに口には大型の葉巻をくわえて煙を吹かしている様はどうみても軍人と言うよりはマフィアと呼べる風貌である。

「はい、中佐」

 ラリサが振り返らずにその女性に答える。中佐と呼ばれた女性はそれを気にする風でもなく言葉を続ける。

「戦争は何が勝負を制するか知っているか?」

「今なら……ISでしょうね」

「確かに、戦力と言う意味では正解だな」

「中佐は違う……と?」

「ああ、違うな」

 そう答えたすぐ後に女性はラリサの隣を通って艦長のすぐ隣に立って声を上げた。

「艦長! これより緊急事態につき私が臨時に指揮を執る!」

「な……!」

 あまりに唐突な女性の言葉に艦長以下艦橋のクルー全員がその女性を振り返る。

「し、しかし演習の予定では……」

「近海で『この場にいないはずのIS』の反応を捕えた。本国を出る前に決定していた緊急事項に該当する。よってこれよりこの間の指揮は私が執る。よろしいな」

「く……いいだろう」

 艦長は苦虫を潰したような顔をしながら艦内放送で指揮が移ったことを知らせる。

「進路北西、前進微速。『ヴォールク』を出撃させろ」

「り、了解! 進路北西前進微速! IS隊発艦準備!」

「少しは説明がほしいところですが。エリヴィラ・イリイニチナ・ニコラエワ中佐」

 艦長の横で指示を出す女性、エリヴィラの隣にラリサが歩いてきて説明を求めた。元々ラリサの仕事は演習での各国ISのデータ収集だ。それをいきなり中断させられては彼女自身の仕事が差し支える。

「大局的に見なければ戦争には勝てないんだよラリサ」

「どういうことです?」

「情報を制する者が世界を制する。そしてそれはアメリカだけの専売特許じゃない」

そう言うとエリヴィラは艦橋の一部の画面に自身のIS操作してある画面を映し出す。映し出されたのは数分前のデータ。映っていたのはイギリスと赤道連合のISが3機。そして……

「今、この時においてはロシア(私たち)が世界の最前線だ」

 所属不明と書かれたISだった。
 
 

 
後書き
今回登場したオリジナルキャラクター

ロシア
エリヴィラ・イリイニチナ・ニコラエワ【無間様】
ラリサ・アレクサンドロヴナ・トルスタヤ【KAME様】


【 】内は投稿して頂いた方々です。ご協力ありがとうございます。

さあ、夏休み編もいよいよ終わりです。原作が再来週に出るというのに追い抜くのはいつになることやら。これからもよろしくお願いします!
誤字脱字、表現の矛盾、原作流用部分の指摘、感想、評価等などお待ちしております
 
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