ソードアートオンライン 無邪気な暗殺者──Innocent Assassin──
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SAO
~絶望と悲哀の小夜曲~
骸骨の刈り手
軽い眩暈にも似た転移感覚の後、目を開けるとそこはもう迷宮の中だった。
広い回廊。それがレンの第一印象だった。壁際には太い柱が列をなし、その先に巨大な扉が見て取れる。
アインクラッド第七十五層迷宮区は、僅かに透明感のある黒曜石のような素材で組み上げられていた。
ごつごつと荒削りだった下層の迷宮とは違い、鏡のように磨き上げられた黒い石が直線的に敷き詰められている。
空気は湿っていて、薄い靄がゆっくりと床の上をたなびいている。
───なんか……嫌な感じだな。
そうレンはぼんやりと思う。
今日に至る約二年間の間に、レンはほとんどの階層の迷宮区を攻略し、ボスモンスターを倒してきたわけだが、さすがにそれだけの経験を積むと、その棲家を見ただけで主の力量をなんとなく測れるようになる。
周囲では、三十人のプレイヤー達が三々五々固まってメニューウインドウを開き、装備やアイテムの確認をしているが、彼らの表情も一様に硬い。
回廊の中央で、ヴォルティス卿が輝く白銀の鎧をがしゃりと鳴らして言った。
「卿らよ、準備はよいか!此度のボスの攻撃パターンに関しては情報がない。基本的には我とヒースクリフが前衛で攻撃を食い止めるので、その間に可能な限りパターンを見切り、柔軟に反撃を試みろ!!」
その叫びに、剣士達は無言で頷く。
「では───行くぞ!!」
ヴォルティス卿は無造作に黒曜石の大扉に歩み寄り、中央に右手をかけた。
全員に緊張が走る。
レンは並んで立つユウキとテオドラの肩を背後から叩き、振り向いた二人に言った。
「二人とも、死なないでね」
「………レンもね。気を付けて」
「へっ!がきんちょこそ!おっ死んじまわないようにな!」
ゴゴゴ、と大扉が重々しい響きを立てながらゆっくりと動き出した。
プレイヤー達が一斉に抜刀する。
レンも無言で両腕に力を込め、隣で愛剣を構えるユウキにちらりと視線を送り、頷きあう。
最後に、十字盾の裏側から長剣を音高く抜いたヒースクリフが、右手を高く掲げて叫んだ。
「───戦闘、開始!!」
その声と同時に、ヴォルティス、ヒースクリフ、シゲさんの三人が完全に開ききった扉の中へと走り出す。それに全員が続く。
アインクラッド第七十五層、ボス攻略戦。
───開始───
内部は、かなり広いドーム上の部屋だった。綺麗な円弧を描く黒い壁が高くせり上がり、はるか上空で湾曲して閉じている。
三十二人全員が部屋に走りこみ、自然な陣形を作って立ち止まった直後───背後で轟音を立てて大扉が閉まった。
もはや開けることは不可能だろう。ボスが死ぬか、レン達が死ぬまでは。
数秒の沈黙が続いた。
だだっ広い床全体に注意を払うが、ボスは一向に出現しない。
限界まで張り詰めた神経を焦らすように、一秒、また一秒と時間が過ぎていく。
「………おい───」
誰かが、耐えられないという風に声を上げた。
その時――
レンの耳に何かおかしな、異音とも呼べる音が聞こえた。
ボス部屋での異音は、まず間違いなくボスの立てる音だ。だが、部屋のどこにもその音の主はいない。
まさかカメレオンじゃあるまいし、周りの風景に同化している訳ではないだろう。
レンは黙って、聴覚に神経を集まらせる。
SAOでは鼓膜を震わせずに脳で聞いているため、正確には耳を澄ましてもあんまり意味はないのだが。《聞き耳》スキルを取っていれば更に完璧なのだが。
かしゃかしゃ、という風に乗ってくる微かな音。その出所は───
「上よ!!」
アスナが叫び、全員がハッとして頭上を見上げる。
そして、ドームの天井に張り付くソレを見た。
巨大だ。とてつもなくでかく、長い。
───百足!?
見た瞬間、そんな思考が脳裏ではじけた。
全長は十メートルほどもあるだろうか。複数の体節に区切られたその体は、しかし、虫と言うよりは人間の背骨を思い起こさせた。
灰白色の円筒形をした体節ひとつひとつからは、骨剥き出しの鋭い脚が伸びている。その体を追って視線を動かしていくと、徐々に太くなる先端に、凶悪な形をした頭蓋骨があった。これは人間のものではない。
流線型に歪んだその骨には二対四の鋭く吊り上った眼窩があり、内部で青い炎が瞬いている。大きく前方に突き出した顎の骨には鋭い牙が並び、頭骨の両脇からは鎌状に尖った巨大な骨の腕が突き出している。
視線を集中すると、イエローのカーソルとともにモンスターの名前が表示された。【The Skullreaper】──骸骨の刈り手。
無数の脚を蠢かせながら、ゆっくりとドームの天井を這っていた骨百足は、全員が度肝を抜かれて声もなく見守る中、不意に全ての脚を大きく広げ───パーティーの真上に落下してきた。
「固まるな!距離を取るんじゃ!!」
シゲクニの鋭い叫び声が、凍りついた空気を切り裂いた。
我に返ったように全員が動き出す。レン達も慌てて落下地点から慌てて飛び退る。
だが、落ちてくる骨百足のちょうど真下にいた三人の動きが、僅かに遅れた。
どちらに移動したものか迷うように、足を止めて上を見上げている。
「こっちだ!!」
レン達とは反対側に逃げていたキリトが慌てたように叫ぶ。その声に、呪縛の解けた三人が走り出す───
だが、その動きは緊張と事態の異常性に付いていけていないせいか、明らかに遅い。
対しての骨百足、改めスカル・リーパーはSAOの基礎中の基礎である重力加速度を味方につけている。どちらが速いかは、火を見るより明らかだ。
「チッ!」
レンは大きく舌打ちをして両腕を振ろうと持ち上げる。だが、その口元は苦々しく歪められている。
それもそのはずだ。レンのユニークスキル《鋼糸》は鋭さに重点を置き、攻撃自体の重さに重点を置いていない。
すなわち、落下してくるものを防ぐとか、敵の攻撃を防ぐとかの利点がないのだ。
───どうする!?
レンは混乱した脳裏で叫ぶ。その間にも来るべき惨状は、着々と近づいて来ている。
骨百足の巨大な影は、逃げる三人を覆い隠して押し潰そうとする。
だが───
ドッゴオオォォオオオォオーンッッ!!
鼓膜が弾け飛ぶような轟音が部屋に響き渡り、床全体がまるで小惑星が衝突したように震える。
土煙が巻き上がり、攻略プレイヤー達を瞬く間に覆う。
その煙が徐々に晴れ、その向こうに見えてくる二つの影。
一つは人型。バカみたいにでかい両刃斧を持ち、その筋肉質の体を白銀の鎧が覆っている。
一つは異形。そのシルエットは、人外の頭骨を持つ骨百足。
落下する時のままの格好で、宙空に縫い付けてあるように止まっている骨百足を、大きいといっても斧一つで宙に持ち上げている男は言う。
ゆっくりと、何の気負いもなく。
「臆するな。いかなる強敵でも、我が認めた卿らならば大丈夫だ。案ずるな、必ず道は開けている。問題はそこを行くかどうかだ」
そこでヴォルティスは言葉を切り、全員をゆっくりと見回して言う。
「さて、卿らは行かないのかな?」
そう言い切って、《白銀の戦神》はにやりと笑う。
優しく、獰猛に、笑う。
そして、その笑みに後押しされるように全員も笑う。レンも、ユウキも、テオドラも、キリトも、アスナも、ヒースクリフも、シゲさんも。
笑う。
獰猛に
笑う。
後書き
なべさん「始まりました!そーどあーとがき☆おんらいん!!」
レン「うーん、最近暑くなってきたねぇ~」
なべさん「まったくだ。このままじゃ、夏バテ確定だコリャ」
レン「それは早いよ!どんだけ暑がりなんだよ!!」
なべさん「人間って理不尽な生き物だねぇ。冬には夏が恋しくなって、夏には冬が恋しくなるんだから」
レン「今悟らなくても………」
なべさん「それにしても、本編はいよいよクライマックスって感じだね」
レン「あぁそうだね。……展開早くない?」
なべさん「これくらいがちょうどいいのです。これまでがのんびりしすぎてた気がするし」
レン「んー、そうかなぁ?」
なべさん「はい、自作キャラ、感想を送ってきてください!!」
──To be continued──
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