とある誤解の超能力者(マインドシーカー)
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第4話 研究所
8月をすぎ、いっこうに収まることを見せない猛暑の元凶を背中に受けながら、牧石は研究所へと向かっていた。
研究所に近づくにつれ、懐かしい建物が大きくなっていく。
建物の姿を眺めながら、牧石は研究所での生活を思い出していた。
磯嶋と一緒にトレーニングを続けた日々。
小早川さんが作ってくれた料理。
あのときは、これが当たり前の日常だと思っていたことを牧石は強く悔やんでいた。
とくに料理は、最近あじけない料理を食べている牧石にとっては、本当に残念なことであった。
そんなことを思いながら、研究所に入り口に到着すると、目の前には福西と迫川がいた。
牧石は、本来であれば、5分前に到着する予定であったが、ゲームによる筋肉痛で時間ちょうどに到着した。
「ごめん。
待たせたかな?」
牧石は、二人に謝る。
「大丈夫だ、時間通りだ」
福西は平然と答え、
「待ったけど、二人の世界に入っていたから大丈夫よ」
迫川は、逆にうれしそうに答える。
「いや、熱中症で倒れられても困る」
牧石は、暑い日差しを背にして、迫川の答えにつっこみを入れる。
「そのときは、お姫様だっこで」
迫川は目を輝かせて、福西におねだりする。
「最近、していないから不安だ」
福西は不安そうな表情をしながら、いつものように、ずれた答えをする。
迫川は、不安そうな福西の手を握ると、
「大丈夫よ、超能力を併用すれば」
と上目遣いでなぐさめる。
「そうだな」
福西は安心した表情で迫川を見つめる。
再び福西と迫川が二人の世界に入っていった。
「それでいいのか?
まあ、いいのだろうねぇ……」
牧石は二人のやりとりをため息をつきながら見つめる。
しばらく、二人のふんいきを眺めていた牧石は、参加すべきもう一人がまだ姿を現せていないことに気づく。
「福西、目黒はどこにいる?」
牧石は、福西に質問したが、
「ここにいるよ?」
そばにある受付の方から、かわいらしい女の子の声が福西の代わりに答えた。
「真惟ちゃん……」
真惟は牧石に近づいて、にこやかに挨拶する。
牧石は、真惟がここにいることに驚きながらも、質問を繰り返す。
「いや、君の兄はどこにいるのかな?」
「お兄さまは、あいかわらず、補習を受けているそうです。
せっかくの夏休みなのに、お兄さまと一緒に過ごせないなんて、苦行以外の何ものでもありません」
真惟は、ほっぺたを膨らませながら、答える。
「そうか、……」
牧石は、真惟の表情が子どもぽくってかわいいなと思いながら、別の質問を真惟にした。
「ところで、真惟ちゃんはどうしてここにいるの?」
「今日は、見学に来ました」
真惟は、元気よく答える。
牧石は、真惟の言葉に納得する。
牧石にとって、この研究所は、なじみ深いものであるが、一般のサイキックシティの住民にとっては、普段立ち入ることのできない場所である。
併設する学校の生徒や、牧石たちのように毎月一回の測定に来る人ぐらいしかいないのだ。
当然、入場できる場所には制限がかかるが。
「そうか、じゃあ入るか」
牧石は、皆を見渡してから、先んじて研究所の中に入ろうろする。
そんな牧石の前に、一人の男が立ちふさがった。
「牧石君」
「お久しぶりです、篠原さん」
牧石は、知り合いの警備員に挨拶すると、先に進もうとする。
「待ちたまえ、牧石君」
篠原は、牧石の肩に手をおいた。
「なにか、ご用ですか?」
牧石は、振り向いて篠原に尋ねた。
「受付が済んでいないよ」
篠原はにこやかに答えた。
「……、すいません」
牧石は、自分が外部から来た来客者であることを失念していた。
牧石は、頭をかきながら受付に向かったが、
「みんなは行かないの?」
と、うしろにいる福西たちに質問する。
「先ほど済ませました」
真惟は、手を挙げて答えて、
「二人で待っている間に済ませました」
迫川は、うれしそうに答えて、
「牧石が先に行ってもいいと言うのなら」
福西は、あいかわらず、ずれた答えを返してきた。
牧石は、受付を済ますと、再び4人の先頭にたって研究所を案内する。
牧石は、さっそく、能力を測定するためにコンピュータールームへと足を進める。
「さて、コンピュータールームに行くぞ!」
「コンピュータールームですか?
あの伝説のコンピューター「エキドナ」が置いてあるという部屋ですね!」
真惟は、うれしそうな表情で説明する。
「エキドナ?」
牧石は、真惟の言葉に違和感を覚えて、質問する。
「牧石さん、私をからかうのはやめてください。
サイキックシティの人なら誰でも知っていることです」
真惟は、疑問の表情を牧石にむけた。
「……そうだな」
牧石は、ここに置いてあるコンピューターをツリーダイヤグラムだと思っていた。
そういえば、アニメでは人工衛星に搭載されていたことを思い出して、牧石は納得した。
コンピュータールームの目の前に到着したとき、牧石に声をかけた人がいる。
「牧石さん」
「神崎さん、お久しぶりです」
牧石は、白衣を身につけた女性に丁寧に挨拶する。
神崎は、磯嶋と中の良い研究員で、たまに牧石も一緒になって食事したことがある。
「牧石さん、どこに行くのですか?」
神崎は、すこし間延びした声で牧石に尋ねた。
「コンピュータールームですが、何か?」
牧石は目の前の扉を指し示しながら答える。
「あそこは、一般の人は立ち入り禁止ですよ」
「えっ?」
牧石は、神崎の言葉に驚いた。
「「エキドナ」は、公開されていません。
牧石さんは、実験で使用していたけど、本来なら「エキドナ」を使用するなんてあり得ない話よ。
普通なら、測定室に置いてある端末で十分なのよ」
「そ、そうですか……」
「牧石、測定室は知っているか?」
「・・・・・・行ったことありません」
牧石は、福西の言葉に首を横に振る。
「私が案内するわ」
「俺が案内しよう」
迫川と福西が先頭になって、牧石と真惟を案内した。
午前中の測定が無事に終わり、牧石たちは食堂に集まっていた。
食堂は併設してあるスクールと共同利用されていることから、昼間は比較的にぎやかになるのだが、今は夏休みという状況であるため、閑散としている。
牧石たちは、定食を食べながら話をしていた。
「……小早川さんは、僕のためにいろいろと配慮してくれたんだ。
そんなやさしい小早川さんをさしおいて、古川さんのほうが良いなんて、目黒の奴はポニーテール教団の原理主義者に違いない」
牧石は、目黒が居ないことを良いことに、自説の布教と、目黒への弾劾を行っていた。
牧石は、小早川を慕っているが、ツインテール至上主義者ではない。
服装や、顔型、場所等、状況にあわせて理想の髪型があるというのが、牧石が信奉する「現実主義者」の基本姿勢である。
「牧石。
君の演説はもっともらしく聞こえる。
傾聴に値する内容もあるだろう。
だが、君の演説には致命的な欠点がある」
うどんを食べ終えた福西は、諭すような口調で牧石に答える。
「欠点だと!
これほどまでに汎用性の高い僕の理論に欠点があると?」
牧石は、自分の理論に穴などないと考えていたことから、むきになって追及する。
「俺が指摘するのは、君の理論ではなく、どうしてこのメンバーに対して演説を行うのかといいうことだ」
「……」
牧石は、福西の言葉に沈黙する。
「俺が、迫川至上主義を貫いているのは知っているだろう」
「ああ、そうだな」
「迫川は、俺が迫川至上主義者であることを理解している」
「……」
牧石は、「このリア充が!」という言葉を飲み込んだ。
「君の隣にいる目黒の妹さんは、兄優先理論の提唱者だ」
「提唱だけではなく、実践しています!」
真惟は反論する。
「そうだな」
福西はうなずく。
「今の君がすべきことは、演説ではないのだよ、牧石」
「僕がすべきこと?」
「わからないのか、牧石?
君だけが、ご飯を食べ終わっていないことを?」
牧石は、テーブルを見渡す。
牧石を除いた全員はすでに、きれいに平らげており、牧石の目の前にある定食はほとんど手がつけられていなかった。
「……ごめん」
牧石は急いで定食を平らげた。
定食を食べ終わった牧石は、トレーを回収口に持っていくと、目の前にいる古川に視線を移す。
古川の普段の髪型はポニーテールだが、三角巾を頭にかぶせているため、今はポニーテールと言うよりも、むしろ一本結びと言ったほうが良いかも知れない。
普段のこの時間であれば忙しい古川であったが、夏休み中ということもあり、比較的暇そうにしている。
牧石は、古川に尋ねた。
「古川さん。
小早川さんはお休みですか?」
「辞めたよ」
古川は、簡潔に答える。
「えっ……」
「店を出すために、修行すると言っていたわね」
古川は、たんたんと答える。
「そうですか」
「うらやましいわね、婚約者が開店資金を全額出してくれるなんて」
古川は、本当にうらやましそうな声で話す。
「婚約者?」
「知らなかったの?
来年の6月に結婚するって。
相手は、大地主様よ」
古川はため息をつきながら、サイキックシティ再開発のときに生み出された資産家たちの別名を言った。
「そうですか」
牧石は、胸の中にある様々な思いを、一言で示した。
測定検査が終わると、牧石を除いた三人は先に研究所を後にした。
牧石は三人を見送ったときに、
「牧石さん、気を落とさないでください」
「啓也くん、がんばってね」
「牧石。
まあ、あきらめるな。
いつか良い日がくる……かも知れない」
と、三人から温かい言葉を贈られた。
牧石は、三人の言葉に肩をふるわせながら、第4研究室に立ち寄った。
「ただいま、閉鎖中です。
ご用の方は事務局まで」
入り口の扉に記載されていた。
「……。
もう、ここには僕の居場所などないのだな」
牧石は、少しだけ寂しそうな表情をして、研究所を後にした。
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