とある誤解の超能力者(マインドシーカー)
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第3話 サイサロン
サイキックシティは、新しくできた街である。
そのため、歴史的な施設はあまり多くない。
もちろん、サイキックシティが誕生する前の歴史的な建造物は、そのまま残されているが、超能力がらみの歴史的施設はほとんど存在しない。
そのような都市でも、聖地と呼ばれるような場所があるとするならば、「サイサロン」と呼ばれる喫茶店が、該当するのではないだろうか。
サイキックシティの郊外にあるその施設は、サイマスターグルーが森原財閥前当主、森原
無量と初めて面会した場所であり、サイキックシティが誕生するきっかけとなった場所である。
サイマスターが、「サイサロン」に立ち寄ったのは、森原と最初に面会した一回だけである。
そして、喫茶店の名前が「サイサロン」に変わったのは、二人が出会ってからだいぶ先のことだった。
それでも、サイマスターグルーにあやかろうとする人々は後をたたないようで、いつしか超能力者たちのたまり場になっていた。
牧石が、黒井をつれてサイサロンに入った理由については、……
前日の夕方、黒井が、
「牧石。
サイサロンを案内しろ」
という、メールを牧石に送ったのが原因だ。
牧石は、ゲームにより筋肉痛になった全身をゆっくりと動かしながら、
「一人でいけば、いいじゃないか?」
という提案メールを黒井に送付すると、
「一人で入店できるのは、高校生になってから。
だから無理」
という返事がすぐさま送りつけられた。
「だったら、目黒に頼んだら?」
という意見に対しては、
「最初に頼んだ。
断られたから、牧石に頼んでいるのが理解できないの?
バカなの?」
と、人に物事を依頼するような態度とは思えない返事をよこしてきた。
「僕に拒否権は?」
「ない。
飛行船での出来事を、脚色するから」
牧石には拒否権がなかった。
サイサロンに入った牧石たちは、店内を眺める。
さびれた外見と同様に、店内もさびれた様子である。
黒い天井に、シャンデリア、ゆったりと座れるソファーが置かれたテーブル、なんだかよくわからない音楽を流すような機械。
牧石が周囲を見渡す限り、確かに子どもが入店できる雰囲気ではなかった。
店内に入った二人は、従業員の案内も無いので、覚悟を決めて適当にテーブル席に座る。
しばらくすると、やる気のない太った店員が水を持ってきた。
店員は、黒井の前に丁寧に水を置くと同時に、牧石には音を立て、水しぶきを上げながら水を置く。
「メニュー」
店員は、メニューを黒井に手渡しながら一言つぶやくと、素早くテーブルをあとにした。
「少し、いいかな」
少し離れたところにある、カウンターに座っていた緑の縁をしたメガネをかけた男が、牧石に話しかけてきた。
「僕は、『エスパーありま』です。
もしかしたら、君は牧石さんじゃないの?」
牧石は話しかけてきた男に対して不躾だとおもいながらも、「そうだ」と返事する。
それにしても、牧石はどうして自分の名前が「エスパーありま」と名乗る初対面の男に知られているのか不審に思った。
「やっぱりね!
実は、磯嶋から牧石さんのことはよく聞いているよ。
かなり素質があるってね」
どうやら、磯嶋と「エスパーありま」とは、面識があるようだ。
いったいどんな関係なのだろうかと考えていると、「エスパーありま」はポケットからスプーンを取り出してきた。
「ところで、牧石さんの名刺がわりにスプーンを曲げて見せてよ?」
「エスパーありま」は、牧石に対して目を輝かせてお願いしてきた。
「ああ」
牧石は、「ありま」の頼みを断りきれず、スプーン曲げを行うことにした。
超能力といえば、スプーン曲げと言われるようになったのは、いつの頃からだろうか。
スプーン曲げは、難易度が低いことから、多くの超能力者によって力を見せるのにふさわしいとともに、超能力がつかえない人たちにとっても、手品で実演しやすい演目であるともいえる。
もっとも、手品防止用のスプーンも存在し、「エスパーありま」が牧石に手渡したものもそのひとつである。
牧石にとっては、「鉄の菜箸でもいいんじゃないの」などと考えているが、超能力の開発史をひもとけばスプーン曲げが一般的になった理由がわかると、昔磯嶋が教えてくれた。
『牧石。
ぐだぐだ考えずに、さっさと見せなさい!』
黒井は牧石に注意する。
「ああ、そうだな」
牧石はスプーンを右手に握ると、精神を落ち着かせた。
牧石が訓練により身につけた超能力であれば、スプーンを曲げるだけでなく、別のこともできるのだが、とある理由から曲げることしかしない。
牧石は、意識を落ち着かせて、目の前のスプーンを曲げることに意識を集中する。
曲げるというイメージを強く持ち、その意識をスプーンにゆっくりと力強く送ってゆく。
「!」
牧石が、力を送るとすぐにスプーンは内側に曲がってゆく。
牧石は、スプーンが曲がっていることを確認すると、「エスパーありま」に手渡す。
「すごいね!
つよいバイブレーションを感じるよ!」
「エスパーありま」は、牧石が曲げたスプーンを確認しながら賞賛の声をあげる。
牧石が使用した念力の質の高さに驚いているようだ。
「牧石。
どうして、ねじ曲げなかった?
牧石ならできるだろう」
黒井は、牧石に問いただす。
「確かにできるのはできるけど、そのあとのことを考えるとね」
牧石は、心の中で目黒に答えると、
「すいません。
もういちど、先ほどのスプーンをお借りできますか?」
と、牧石は「エスパーありま」にお願いした。
「スプーン?
ああ、いいよ」
「エスパーありま」は、牧石のお願いに疑問を浮かべながらも、快くスプーンを手渡した。
牧石は、スプーンを手にすると、精神を整えた。
「……」
牧石は先ほどとは異なるイメージをゆっくりとそして力強く送る。
ほどなく、スプーンに変化が訪れた。
「元に、戻った!」
「エスパーありま」は、元にもどったスプーンを見て、驚いている。
「ええ、曲げっぱなしだと、次の人にお願いするときに困ると思いまして。
戻す方は、それほど得意ではありませんから多少精度は落ちますけどね」
「おもしろいね、牧石さんは!」
「エスパーありま」は、笑いながら答える。
「たしかに、直すためには曲げるよりもイメージが難しいからね。
すばらしいよ、でもね……」
「?」
牧石は首をかしげる。
「特殊な形状記憶合金で作られているから、熱湯に漬けると元に戻るのだよ」
「……」
「牧石。
知らなかったのか?」
黒井は牧石の顔をのぞき込む。
「……、ああ」
牧石は、黒井に正直に答えた。
「ぷっ」
「笑うな!」
「ま、牧石、おもしろいな」
「だから、笑うな!」
「……」
牧石と目黒が騒いでいると、テーブルに一人の男が黙ったまま近づいた。
牧石は、先ほどの愛想のない店員と思って視線を向けると、暗い店内にもかかわらず、サングラスをかけ、冷房の効きが悪い蒸し暑い店内にもかかわらず、黒のスーツを身にまとった中年の男性がいた。
「今、一人で静かに飲んでいるんだ……。
わるいけど、邪魔しないでくれるかな」
「はい……」
「ごめんなさい」
牧石と黒井は男性に謝った。
男性はなにも言わずにカウンターに戻っていった。
店内も静かになり、店員がいくら待ってもこないのに気づいた二人は、「エスパーありま」から、テレパシーで注文しないとメニューは来ないと指摘され、それぞれ店員に向けてテレパシーで注文した。
牧石と黒井は、メニューが到着するのを待つ間、「エスパーありま」から話を聞いていた。
「身の回りにある、何か一つのものをじっと見続けていると、いつもとは違った世界を感じることができるようになるよ」
牧石にとって、身の回りのものは、それほど慣れ親しんだものではない。
だから、牧石はそれほど深く考えることはなかった。
それよりも、牧石は目の前に広げられている料理の数々に目を奪われていた。
「なにこれ?」
「アラビアータ、カルボナーラ、ペペロンチーノ、カルボナーラ、ヴォンゴレ、ネーロ、ジェノヴェーゼ、ボロネーゼ」
牧石の質問に対して、店員は、やるきのない様子でテーブルにおいた順番に事務的に読み上げる。
「僕、頼んでないですけど……」
牧石は、とまどいの視線を店員に向ける。
牧石がテレパシーで頼んだのはアイスティーだけである。
「そちらのお嬢様からのおごりだそうです」
店員は、黒井へ視線を移す。
牧石達からの視線を受けた黒井は、携帯を眺めると、
「牧石。
急用を思いついたの、失礼するわ」
そう、言い残すと慌てて店を出ていった。
牧石は、未だに引いていない筋肉痛のため追いかけることが出来なかった。
「すいません……」
牧石は、現在置かれた状況を改善するために、店員に声をかけた。
「……残すなよ」
店員の表情や口調は、なげやりであったが、視線だけは殺気が込められていた。
後書き
残った料理は、スタッフ一同で間食しました(棒読み)。
ちなみにサイサロンで注文した料理は、店員に頼めば、包んで持ち帰ることも可能という独自設定です。
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