とある誤解の超能力者(マインドシーカー)
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第2話 保健委員会
目の前にいる少女の髪型は、漆黒に近い髪を前髪は短く切りそろえ、後ろ髪を背中まで真っ直ぐに伸ばししている。
少女の顔の色が白く、細い目と小さな鼻と口で日本人形のような印象を与えている。
少しでも表情を変化させれば、魅力的に映ると思うのだろうが、牧石が見る限り、常に無表情であった。
「……」
牧石の目の前にいる少女は、何も言わずにいつもの無表情を貫いて、牧石を観察していた。
牧石は、どうして少女が自分の前にいるのか考えた。
「どうしたの、黒岩さん?」
が、クラスメイトであることと、同じ保健委員を務めていること以外に何も接点がないので、彼女の考えなどわかるはずもなく、問いただすことにした。
「……」
黒岩は、牧石の返事に反応しないままじっと牧石の様子を観察している。
牧石は、返事をしない黒岩に対してどうすればいいのかという考えと共に、そういえば黒岩さんの声を一度も聞いたことがないことも頭に浮かんできた。
「……」
黒岩は無表情のまま、スカートのポケットから携帯電話を取り出すと、牧石に見せつけた。
牧石は、黒岩の携帯電話をのぞき込むと、そこには本日放課後に開催予定の保健委員会の予定が示されていた。
「ああ、そうだったね。
教えてくれてありがとう」
牧石はお礼を言うと、あわてて、委員会の開催場所である第3会議室に向かっていった。
「さて、今日の委員会を開催する前に、みんなに紹介したい人がいる」
40人近くが、ロの字に用意されたテーブルに座っている。
テーブルの中央に座る、黒縁めがねの男子生徒が周囲を見渡しながら話を始める。
おそらく、この委員会の委員長なのだろうと牧石は考えながら話を聞いていた。
それにしても、紹介したい人とは誰なのだろうか、特別なゲストでもいるのだろうか?
牧石は、周囲を見渡しながら考えていると、委員長らしき男子生徒から声をかけられる。
「先月編入してきた1ーCの牧石啓也君だ。
今回の委員会から参加してもらっている。
彼は、あの図書委員会ではなく、こちらに来てくれた。
その意味をしっかり理解して、盛大な拍手で挨拶を聞くように」
委員長らしき男は、抑揚を押さえた口調で話すと、大きめの拍手を牧石に向ける。
周囲の委員たちも、男にならって牧石に拍手を送る。
「……、1ーCの牧石です。
よろしくお願いします」
急に話を振られた牧石は、先ほど紹介された内容と同じ程度の話ししかできずにいた。
それでも、周囲の委員たちは牧石に好意的な拍手を送ってくれていた。
「牧石君、簡潔な挨拶をありがとう。
調子に乗って、先日の事件の話を延々とされると思ったのだが、予想以上に理知的で助かったよ。
樫倉君の言葉は、身ひいきでは無いようだ」
委員長の言葉は、牧石に好意的だった。
「今日の議題は、来週行われる献血への参加についての呼びかけだ。
スクリーンを見てくれ、鈴科君説明を頼む」
委員長であろう男子生徒は、隣に座るショートボブの女子生徒に声をかける。
「今回の活動についてですが、大きく二つの……」
鈴科から10分程度にわたり今回の献血活動の意義と目的、保健委員が担うべき役割と役割分担である係りの業務について説明がおこなわれた。
鈴科の説明が終わったあとで、冒頭に挨拶をおこなった委員長の火野が係の編成を行った。
係については、火野委員長が名簿を見ながら、手際よく指名した。
牧石は早朝における資料の配付係に指名されていた。
「係の編成表については、後ほど送付する。
係のリーダーに指名された者は、先ほど鈴科から説明があったように、委員会終了後、引き続き第1回統括運営会議を開催するのでここに残っておくように。
次の議案だが、・・・・・・」
その後、順調に議案が進行して、15分後に会議が終了した。
「・・・・・・以上で会議は終了だ。
引き続き、第1回統括運営会議を開催する。
該当する者は引き続き残ってくれ。
それ以外の者は、お疲れさん。
早く下校するように」
火野委員長は抑揚の押さえた口調で、解散を宣言する。
牧石を含めた8割程度の委員は席を立ち、会議室を後にした。
「黒岩さん」
牧石は、自分の前を歩く黒髪を揺らしながら歩く女子生徒に声をかける。
黒岩は、足を止め牧石の方に振り向く。
綺麗な黒髪が宙に舞った。
「……」
相変わらず、黒岩は無言、無表情で牧石を眺めていた。
「さっきはありがとう教えてくれて。
忘れてしまうところだったよ」
牧石は、頭をかきながら黒岩にお礼を言った。
「……」
黒岩は、ほんの少し頭を上下に動かした。
黒岩の表情は変わらない。
「……」
牧石は、続ける言葉も思い浮かぶことも無く黙ってしまった。
「……」
ほんとうに、ほんとうにわずかに黒岩の表情が動いた気がした。
「どうしたの、黒岩さん?」
黒岩は、牧石に背を向けると、振り返ることなく早足で外へ向かっていった。
「大丈夫かなぁ……」
牧石は、しばらくそのまま立ち尽くしていた。
「磯嶋さん」
牧石は、これからのことを相談するために、磯嶋の研究室を訪ねていた。
牧石と磯嶋は、牧石の透視能力を制御するために、試験勉強と平行して訓練を行っていた。
猛特訓とも呼んでも差し支えないほどの訓練により、能力の制御が終わったが、サイポイントはほとんど上昇しなかった。
夏休みが近づいていることから、夏休み中にはある程度能力を上げたいと牧石は考えていた。
牧石が見ていた「とある」アニメでは、夏休みから物語は始まっていた。
今のところ、原作の登場人物とは出会っていないが、急に巻き込まれる可能性も否定できない。
最低でも、レベル4まで上げれば逃げることはできるだろうと思っていた。
戦闘に参加する?
勝てるのか、あんな連中に?
俺は首を大きく左右に振る。
正直、原作の主人公のように戦うことなんて無理だと牧石は思っていた。
磯嶋は、研究室の中で資料を広げて考えていた。
資料といっても、研究の資料ではなく、海外旅行のパンフレットのようである。
「北イタリア7日間」、「シドニー7日間」、「赤ヘル応援7日間ツアー」、「リオネジャネイロ10日間」「ハワイ5日間」という文字が牧石の視覚に飛び込む。
よく見れば、海外旅行では無いパンフレットも含まれているようだ。
「私に何か用かしら?英雄さん」
磯嶋は、牧石の姿を確認すると、立ち上がり冷たい口調で話しかける。
「……、まだ怒っているのですか?」
牧石は、磯嶋をなだめるように声をかけた。
牧石は先日、目黒に巻き込まれるように詐欺事件の解決に関わった。
研究所への帰宅が遅くなった理由について、磯嶋に説明したのだが、
「何、事件に巻き込まれているのよ!」
と、怒られた。
「え、えぇ!」
牧石は驚いた。
自分は、ただ巻き込まれただけなのに。
牧石は、状況説明を繰り返す。
「……。
言いたいことはわかるわ。
でも、私はあなたを失いたくないのよ」
さすがに、生死に関わる事件なら逃げるつもりだと、牧石は磯嶋に説明したが、
「……ごめんね。
あなたを止められるわけがないのに。
でも、約束して。
姉さんから離れないって。ね?」
「……。
僕は、磯嶋さんの弟ではありません」
牧石がつっこみを入れた時から、磯嶋は不機嫌になった。
「……用が無いなら、行くわよ」
磯嶋は、あの時と同じ不機嫌な表情で部屋から出ようとする。
先日、事件に巻き込まれたことによる対応策を、牧石、磯嶋、事務局長、北川副所長と協議したときは落ち着いていたので、磯嶋の機嫌が収まっていないことに驚いていた。
しかし、牧石は研究室から出ようとする磯嶋に声をかける。
「しばらく、研究を中止するって、本当なのですか?」
最近研究所内で広まった噂の真偽を確認するために。
牧石がその噂話を聞いたのは、食堂で働く小早川さんが、夏期限定の新作メニューを考案する為に買い物をすることをつきあった時の帰り道であった。
小早川さんの話によると、牧石が透視能力を知らない間に酷使したこと、透視能力を制御するために過剰な訓練を積んだことから、しばらく訓練を休んだほうがいいという話だった。
確かに牧石は、レベル3にあがった時には、かなり疲労がたまっていた。
しかし、現在はトレーニングの量を期末試験の影響もあって抑えたおかげで、ほとんど疲れは残っていない。
牧石にとっては、ゆっくりでも練習を続けた方がいいと思っていた。
そのため、真偽を確認することを目的に磯嶋の研究室を訪問したのだ。
「……。そうよ本当よ。
あなたは、楽しい学生生活を続ければいいわ」
磯嶋は、牧石にほんのわずかにすねたような口調で返答する。
牧石は、磯嶋の真意が理解できなかった。
「磯嶋さん、僕をおいていくつもりですか?」
牧石は、出ていこうとする磯嶋をくい止めようとする。
もし、研究所が利用できなくなれば、成長が止まるのではないか。
その思いが、牧石を駆り立てる。
「私を置き去りにしたのは、あなたの方じゃない!!」
磯嶋が、牧石に大きな声で反論する。
「磯嶋さん……」
確かに、牧石は磯嶋と顔を合わせる時間が減っている。
学校に編入したこともあるし、帰りも遅くなってきている。
しかし、それは普通のことである。
ただ、牧石は最近自立した生活を送るための計画を考えていた。
あまり、磯嶋に迷惑がかからないようにと考えてのことだったが、相談しなかったことが裏目に出たのだろうか。
牧石はそう思いながら、磯嶋の言葉を待つ。
「たった二人きりの姉弟なのに!」
「いや、違うから……」
牧石は、急に冷静につっこんだ。
磯嶋は牧石の言葉を無視して話を続ける。
「うそよ!
あなたは私より争いを選んだわ!
自分の理想を実現させるためなら、あなたは私を見捨てることができる。
私のことを忘れることができる……」
「磯嶋さん……」
結局、牧石は研究室を出ていった磯嶋を引き留めることができなかった。
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