とある誤解の超能力者(マインドシーカー)
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レベル3 おもい を はせる こと は じゆう
第1話 疑問
終了を告げるチャイムを合図に、教室内が騒ぎだす。
後ろの席から解答用紙が次々と前に手渡され、一番前の席の生徒が、目の前で待っている教師に集められた解答用紙を差し出した。
「お疲れさま。
今日の授業はこれで終わりね。
補導されない程度に息抜きをしなさい」
担任の先生は、クラス全員のテストを回収すると、SHRを6秒で終わらせた。
「さすが先生、話がわかる!」
目黒は賞賛の叫び声をあげる。
この期末試験の期間中、部活動が完全に中止となるため、目黒ほど忙しい状態の生徒はいなかったはずだ。
それを知っているクラスメイト達は、目黒の叫びに暖かい視線を送っていた。
「はい、目黒君は残念でした。
これから、職員室前に来るように」
「待ってください、先生!
僕は何も悪くないです、たぶん……」
目黒は、抗議の声をあげる。
目黒は先ほどのテストが始まる前に、
「俺、このテストが終わったら、爆睡するんだ……」
と死亡フラグのような言葉を言っていた。
言葉の力の恐ろしさを、牧石達は思い知らされた。
「ええ、目黒君は悪くないわよ。
ただ、詐欺被害啓発ポスターの撮影の打ち合わせをするだけだから」
「なぜですか?
あのポスターは、マリヤがモデルになった分ができあがっているはずじゃないですか」
「マリヤだと!」
目黒が、1-Gに転入してきた女子生徒滝山マリヤのことを名前で呼び捨てにしている事実に対して、男性生徒達からの鋭い視線が、目黒に突き刺さる。
少し前に発生した、1-Gの編入生騒動は、教師による詐欺事件の発生により急激に鎮静化されていた。
福西の話では、隣の席に座る滝山さんが学校にも慣れ、普通に授業を受けているので問題ないと教えてくれた。
牧石は、福西に対して、1-Gの男子生徒から向けられる殺気を込めた視線にも慣れたのかと問いつめたが、
「くじイベントは、生徒会が引き継いで厳正に行われた。
何か問題でも?」
と、いつものようにズレた回答をしてくれた。
それでも、男子生徒から依然として人気があるのは、
「確かに騒ぎは鎮静化して、校内での注目度は落ちたかもしれない。
でも、マリヤちゃんの魅力が落ちたわけでもないのだよ!」
といった、とある男子生徒の言葉に代表されている。
目黒はとある目的のために滝山に話す機会が生じたが、滝山が目黒のことを気に入ったようでお互い名前で呼びあうようになっていた。
その事実も、騒ぎが鎮静したからといって変化が生じることでもない。
しばらくは、目黒も福西も男子生徒からの厳しい視線が向けられる日が続くだろう。
まあ、もう少しで夏休みが始まる。
それまでの辛抱だ。
牧石が考えごとをしている間に、
「何を言っているの?
あれは校内掲示用。
今回は、警察の広報ポスターよ、滝山さんは今回もモデルに選ばれたのは変わらないけど」
と、担任が丁寧に事情を説明し、
「あ~、思い出してしまった」
目黒は、握った左手を手のひらを出した右手に押し当ててから答えた。
「目黒君、よく忘れられるわね。
警察からの要請を」
担任はため息をついた。
羽来による詐欺事件は、羽来の自供により詳細が明らかになると、サイキックシティのみならず、日本国内のトップニュースで報道された。
詐欺事件自体は、特段目新しいものではない。
注目された理由は、詐欺事件で学生の交付金の債権が事件で使用されたことによる。
学生の交付金の債権市場は、サイキックシティのみならず、日本全体を巻き込んだものになっている。
サイキックシティは、圧倒的な超能力とその力を活用した科学力を背景に、順調に経済成長を続けている。
サイキックシティは、施設建設の為の長期市債を発行しているが、毎年の市にはいる税収で全額返済が可能なほど財政は潤沢であり、市の保障を受けた交付金債権は安心確実な資産運用であった。
今回の事件により、サイキックシティが債権をすべて回収するのではないか、という噂が市場を流れた。
サイキックシティ市長と、サイキックシティ中央銀行総裁の共同会見で「この問題の本質は、詐欺事件からいかに学生の身を守るかという点であり、市場への流通の可否とは別の問題であること」と宣言し、交付金の債権化は引き続き行われることになった。
そして、本質の問題である「詐欺事件からいかに学生の身を守るのか」について、さまざまな対策が次の市議会で提案され、実施されることになっている。
「そのひとつが、俺たちの表彰ということですか?」
事件の翌日、担任から校長室に呼び出しを受けた牧石は、目黒と担任に交互に視線を移し変えながら質問する。
「そのとおりよ。
拒否権はないと考えなさい」
担任は、牧石達に強い視線を向ける。
校長室の応接室には、牧石達と担任の他に校長と警察の偉そうな人がいた。
「そこは、否定しませんが、お願いがあります」
牧石は、担任にお願いする。
「僕のことは、目黒について来ただけで、ほとんど何もしていないという感じでお願いできませんか?」
「どういうことなの?」
担任は牧石に説明を求めた。
担任以外の視線も、すべて牧石に集中した。
「事件の日のことですが、自分が持つ超能力が発動しました。
それ自体は問題ないのですが、今その力が制御できない状態なのです。
指導を受けている、能力開発センターの磯嶋室長の話では、集中的に制御のトレーニングを受ける必要があるそうです。
僕個人の問題なのですが、僕が事件の手伝いに一役買ったことが明らかになれば、マスコミは特にサイキックシティの外のマスコミは、この事実をおもしろそうにかき立てるでしょう。
僕はそれが心配なのです」
牧石は話し終わると、周囲を見渡した。
「繰り返しますが、表彰式には出席します。
ただし、僕の情報については最小限の公表でお願いしたいのです」
牧石は、目黒を含めて全員に頭を下げる。
「いいの牧石君?
公表できないのであれば、成績評価への加点もできなくなるわよ」
「はい、先生。
大丈夫です。
僕にとっても、能力の制御が最優先ですから。制御を失敗して、問題を起こさないことが大事ですから」
「牧石君。
警察は、君の提案を受け入れる用意がある。
当然、長官の判断を受けてからになるが。
それと、裁判では証言に立ってもらうぞ。
それまでには、制御はできるのだな?」
警察の偉い人は、細身にも関わらず静かな太い低音で確認を求めた。
「磯嶋室長から一月程度で問題ない程度に制御できると聞いております」
「それなら問題ない」
警察の偉い人は簡潔に答えた。
「牧石の頼みだ、それにこの件では牧石に助けてもらった。
お礼になるかわからないが、牧石の分まで引き受けよう」
目黒も、牧石の願いを聞き入れた。
そのことで、牧石の提案は受け入れられた。
もっとも、この話の前に、能力開発センターと警察とで事前にやりとりがあって、牧石から提案するように磯嶋から頼まれたことであったのだが。
「とにかく、時間がないから今から私についてきなさい。
以上、解散」
担任は教室を出ていき、目黒はそのあとをあわててついていく。
クラスメイトのうち、男性の殺気は目黒の後頭部に、学級委員長樫倉の視線は牧石へと向けられる。
「牧石君、約束はどうなっているの?」
樫倉は、テレパシーを送信することもできないし、牧石も、相手の心を超能力で読みとることもできない。
それでも牧石は、樫倉の視線の意味を正しく解釈した。
「わかっている、もう少し待ってくれ」
牧石は、あわてて樫倉に視線を送った。
樫倉も正しく牧石のメッセージを受け取ったようで、頬を小さく膨らませて、
「早くしなさいよ」
との、督促を受けた。
「わかっていますよ、委員長殿」
牧石は、委員長に返事を送ると、最近先延ばしにしていた疑問点を整理することにした。
疑問点というのは、牧石がいる世界と牧石の考えている世界との差異についてである。
牧石は、神様を名乗る青年から「とある世界」へ転生させるという内容であった。
ところが、牧石の認識と異なっている事象が存在していた。
これまでは、研究所からの脱出や、編入試験、期末試験等といろいろな事情に追われていた。
それは、それで重要なことではあったが、差異の状況認識とその原因を確認しない限り、後で大きな落とし穴にはまるかも知れない。
牧石は、携帯電話にパスワードを入力すると、最近作成したメモの内容を確認する。
「市長の存在」
「警察の存在」
「サイキックシティという名称」
「風力発電所が少ないこと」
「学生の割合が少ないこと」
「アニメで登場した人物が一切登場しないこと」
「知っている学校が存在しないこと」
「・・・・・・けっこうあるな」
牧石はこれまでに携帯電話に記載しているメモの内容を確認する。
牧石は原作との相違点について、二つの仮説を持っていた。
一つ目は、未読の原作準拠ではないのかという仮説。
二つ目は、原作開始前の時代に転生したのではないかという仮説である。
一つ目の仮説であれば、牧石が知っている情報と異なることも理解できる。
牧石が知っているのは、アニメ版の3作品であり、原作では第13巻までの内容が反映されている。
しかしながら、アニメ化がされていない内容は牧石が同じくらいのボリュームがあることから、大きく状況が変わることもありうる話だ。
ただ、その場合は原作の登場人物に関する噂を一度も聞いたことがないことが問題になる。
学園都市最強クラスの超能力者について、牧石はちゃんと記憶しているが、この世界で噂を聞く限り、編入試験の日に出会ったサイマスターグルー以外の情報を聞かない。
それならば、第2の仮説を考えるが、それでも、多くの差異、特に人口に対する学生の割合が3割という現状との差異を説明することができない。
牧石はこれまでに、磯嶋や目黒、福西や迫川に相談することも考えていた。
しかし、今の状態で転生者であることを知られてもいいとはどうしても思わず、これまでためらってきた。
その対応策があるのだが、それを実行に移すためには……
「……」
牧石は、人の存在を感じ取り、視線を上にあげると、目の前には女子生徒がいた。
牧石の記憶が確かなら、同じクラスで保健委員を務めていた女子生徒であるはずだ。
「どうしたの?」
牧石はクラスメイトに声をかけた。
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