とある誤解の超能力者(マインドシーカー)
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第6話 グルー
ある人たちからは、高い評価を受けても、それ以外の人たちからは低い評価を受ける。
世の中にはそのような人物が少なからずいる。
サイキックシティ内の人物で真っ先に思い浮かぶのは誰かと言えば、人類史上初のサイマスターと呼ばれるグルーである。
グルーは、かつて大規模な災害を予言し、多くの災害から人命を救っている。
その能力が本物かどうか、国会において証人喚問されたこともあった。
そのときの様子は国内のみならず全世界で放映され、伝説の始まりとして、今でも動画投稿サイトで内容を確認する事ができる。
とある外国の自爆テロ攻撃を予言したときは、最初首謀者ではないかとその国から思われたが、違うと判明した直後に、大統領が感謝の言葉を伝えた。
かつて日本の禅寺で修行していたと言われているグルーは、それらの賞賛とは関係なく、質素な生活をサイキックシティ内で送っていた。
その能力は、未だにサイキックシティ内最強と言われており、多くの人から尊敬と敬意を受けている。
毎年ノーベル平和賞候補にあげられているグルーだが、能力者たちの間での評判は極めてひどかった。
「グルーから、強制的に超能力を試されたあげく、サイポイントを奪われた」
「グルーが視界に入っただけで超能力者は泣いて謝った。
心臓発作を起こす超能力者も」
「グルーとの遭遇確率は150%。
行きにグルーと遭遇する確率が75%、グルーから別れてから2km以内に再度出会う確率75%という意味。
グルーがテレポート能力を無駄遣いしている一例でもある」
「サイマスターからは逃れられないのは、テレポートだけではなく予知か、読心術の能力をも極めているからだ」
「ガッツポーズをするだけで、サイポイントが入る」
「視野に入っただけで、スプーンが曲がる」
「グルーの半径2メートル以内のスプーンはすべて曲がるため、ついた異名が「スプーンブレーカー」。
サイキックシティにある洋食屋の看板には「グルーお断り」と書かれている」
「超能力防護用品製造メーカーと能力開発研究センター、そして最強スプーンの製造メーカーの三者が総力を挙げて製造した最強のスプーン「ガルム」を、さわることなく3本一緒にねじ曲げた」
「スプーンを曲げてしまうため、グルーが宮中の晩餐会に呼ばれるときのメニューは常に和食」
「晩餐会のメニューに茶碗蒸しを入れる際に、木匙も曲げられると思って、事前に料理長からグルーに対して木匙を曲げないよう依頼された」
「事前の料理長の配慮を無視して「木匙はさすがに曲げられないのかね」と、空気を読めない発言をした男に対して、その男の木匙だけを触れることなく丁寧に曲げた」
牧石が知っているだけで、これだけの噂話が存在する。
つまり、超能力者達にとってグルーは、目指すべき存在であるとともに、出会いたくない相手でもあった。
牧石は、久しぶりに全力疾走していた。
編入試験の朝、いつもであれば普通に目が覚める牧石が、寝坊してしまった。
しかも、間が悪いことにアラームの代わりに使用していた携帯電話もマナーモードにしたままだったため鳴ることはなかった。
朝早くから研究所にいた磯嶋に起こされた牧石は、あわてて着替え、財布と身分証明書とサイカードを鞄に詰めると、長めの白衣の袖を大きく振りながら制止を呼びかける磯嶋を振り切って研究所を飛び去った。
そして、編入試験の会場である高校に向かおうとする牧石の前に現れたのが、目黒達から聞いていたグルーと呼ばれる人物の特徴にそっくりな男であった。
男はオレンジの僧衣を身にまとい、小柄ながらも、僧衣の下からは鍛え抜かれた筋肉を覗かせる。
頭部は、剃っているのかきれいな頭皮を拝むことが出来る。
頭皮の艶めかしい輝きは、思わずつるつるしているかどうかを直接触って確認したいという誘惑を喚起させる。
だが、それをあきらめさせるかのように静かでありながら鋭い視線は、興味本位で近づく生物を退かせる力を備えている。
丸い顔は、視線の鋭さを幾分和らげているが、余分な肉が付いていないため、深い鼻やしわまっすぐに閉ざされた口と共に、これまで生きてきた時の深さと厳しさを如実に物語っていた。
「牧石さん」
男の口から発せられた言葉は、小さく落ち着いた声だったが、なぜか石碑に刻みつけられたような重さを聞くものに与え、牧石の背筋は真っ直ぐに伸ばされた。
「私はサイマスターのグルーだ。
これから、君のサイパワーを試してみよう」
男は自分の名を名乗り、牧石が密かに願っていた「人違いの可能性」を一蹴する。
「スクールの卒業生なら出来るはずだ。
これくらいのことが出来ないようでは、エスパーとは言えないぞ!」
グレーは、少しだけ語気を強めたが、牧石にとっては、それだけで真剣を目の前に突きつけられたかのような圧迫感を受ける。
少なくとも、この男には近寄りたくないという、人々の言葉には納得できるものがあった。
「もちろん、借り物ではない君自身の力を使ってな」
「!」
牧石はグルーの言葉に思わず息を飲み込んだ。
牧石が一番恐れていた事態だった。
目の前の男は、最強の超能力者。
自分が思っていたこの世界での最強の超能力者はすべての力を操作する能力者だったが、
目の前の超能力者はそれ以上に牧石にとって危険な相手であった。
グルーが牧石の名前を知っているということは、おそらく予知か読心術の能力を持っているのだろう。
グルーに関する噂にも合致する。
そしてグルーが、牧石の行動を予知したり、牧石の思考を読みとったりしたのならば、この世界にとって牧石がどういった存在であるかも、この世界が虚構の世界であるという事実を知ることも可能だ。
もしグルーがその事実を公言したらどうなるのだろうか。
グルーの予言とその正確性は多くの人が知っていた。
たとえ、普通には信じられないことでも、多くの人がその内容を信じて行動に移すだろう。
現に政府は、グルーの予言を信じてエネルギー政策を転換した。
もちろん転換がスムーズに行われた背景には、サイキックシティの市長が、代替エネルギーの技術提供と廃炉費用支援交付金という名の税金投入が行われた事もある。
「牧石さん。
心配は不要だ。
事実を公表した場合に生じる影響は、私が望むことではない。
もし、公表するつもりなら、既に公表したはずだ」
グルーは静かに牧石を諭すように話しかけた。
「さあ、君がこの先に進みたいのなら力を見せるがいい」
そう言ってグルーは、視線を三叉路に移す。
三叉路に続く道は左右を白い塀が存在しているため、その先の道路の状況を確認することが出来なかった。
「これから、64秒後に目の前を車が通過する。
その車の色を当てなさい。
制限時間は50秒だ」
牧石はグルーの言葉を聞き終わったとたんに、真剣に頭を回転させる。
まず、現状を確認する。
これは、瑞穂からたたき込まれたことだ。
現在、編入試験を受けるため、全速力で走ってきたが、グルーにより足止めを受けている。
グルーの言葉を信じるならば、この先に進むためには、グルーの質問に正しい答えを出さなくてはならない。
失敗すれば、おそらく別の質問をするだろう。
「あと40秒」
成功して、再び全力疾走したとしても、少し遅刻する程度で済むだろう。
もし、失敗すれば受験すること自体できなくなるだろう。
それだけは、避けなければならない。
おそらく、「グルーに邪魔されて遅刻した」という言い訳は通用しないだろうから。
「あと30秒」
ならば、目の前の問題を片づける必要がある。
どの色の車が通るかを当てること。
これは、牧石が卒業試験の際に使用した方法を封じる方法としては適切である。
なぜならば、牧石が卒業試験に使用した方法はいわゆる消去法であり、限られた選択肢の中から違うものを選び出すものである。
「あと20秒」
しかしながら、無数にある選択肢の中から消去法で消すやり方は限られた時間で答える方法としては、ふさわしくない。
「それだったら、「これだけは絶対にありえない」というものを一つ選ぶようにすればいいのではないか?」と思うかもしれないが、
以前の能力実証の時に、その手段は使用できないことが明らかになっている。
「あと15秒」
どうすべきか、考えていると、携帯電話が鞄の中で振動している事に気づいた。
牧石は、素早く鞄から携帯を取り出すと、メールが何通も届いていることを確認し、最新のメール内容を確認する。
「あと10秒、9、8……」
牧石は質問の答えを確信し、グルーに向き直る。
グルーは、静かにカウントダウンを行っている。
牧石は、先ほどまでの全力疾走により、うまく声を出せないでいる。
「5秒前」
「……はぁ、はぁ」
ようやく牧石は息を整えることができた。
「4、3、2、……」
牧石は、グルーのカウントダウンが終了する前に確信の表情で、とある色を宣言した。
牧石は、三叉路の方に視線を移す。
グルーが予言した時間どおりに、牧石の視線の先を1台の車が通過した。
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