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とある誤解の超能力者(マインドシーカー)

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第9話 特訓の日々



牧石が訓練を開始してから、1ヶ月が過ぎた。
牧石は、磯嶋の熱心な指導のもとで、まじめにトレーニングを取り組んでいたが、一向に成果が上がらなかった。

最初の頃は、
「これ以上下がることはない。
後はあがるだけだから!」
と、ポジティブに開き直っていた牧石だったが、ここ数日は口数も少なくなっていた。

所内の研究員が牧石と磯嶋に向ける視線や、ひそひそ話は決して居心地がいいものではなく、牧石の心が徐々に重くなっていった。

心配になった磯嶋が、繰り返し牧石を慰めることで、訓練は続けられていた。
「正直に言って、今の牧石君が超能力を発揮しないというのは、今の能力開発理論から見てありえない話です。
その答えが見つかれば、きっとすぐに卒業できますよ」
コンピュータールームで磯嶋が牧石に説明する。
磯嶋は、野球のユニフォームの上に白衣を羽織っている。

ちなみに、磯嶋はいつも野球のユニフォームを着ているわけではない。
最初に牧石とあったときには、白衣のしたにはブラウスをまとっていたし、スーツを身につけていることもある。

磯嶋がユニフォームを身につけるのは、仕事で研究所に寝泊まりする場合だけである。
もっとも、牧石の研究担当になってから、ほとんど家には帰っていないようだ。

牧石は一度だけ、
「あまり、研究所に寝泊まりを続けるのはまずいのではないですか?」
と、磯嶋に思い切って尋ねたことがあるが、返ってきた答えは、
「ユニフォームは6枚あるから、十分ローテーションを組むことができます」
という内容だったので、牧石はそれ以上の質問をすることはなかった。



「こうなれば、特訓よ!」
どうにもならないと思った磯嶋が、急に開き直ったのか、特訓をする事を宣言した。

本来であれば、超能力を酷使することは正しいことではなかったのだが、正しい方法で能力が発揮されなかった以上、通常の方法を外すしか手段が残されていなかった。

「わかりました!」
牧石は、やる気を取り戻して元気な声を出す。



その特訓とは、牧石の部屋の入り口にサイロックと呼ばれる、鍵をかけることだった。
サイロックとは、その名のとおり念力によって開錠させる装置のことである。

サイロックには2種類存在し、念力さえあれば誰でも開錠できるものと、特定の脳波による念力でしか開錠できないものに分けられる。

これらの技術は、対超能力者用に開発されたもので、超能力による犯罪を防止するために欠かせないものである。

そして、牧石の部屋への入り口には、牧石と磯嶋しか開場できないサイロックが施されていたのだが。



「その結果、一度も部屋から出られなくなるとは……」
牧石は、一度も自分の力で、自分の部屋から出ることができなかった。
特訓の成果が現れる兆しは、いっこうに見えなかった。



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広大な敷地を持つ、超能力開発センター。
その中には、三角柱の構造をした窓や扉のない建物があった。
その部屋の持ち主は、たった一人で生活をしていた。
その持ち主は、開発センターの所長だった。

所長は、超能力に関する多くの研究を世間に公表することで、科学的な見地から超能力の存在を明らかにした。

その後、超能力をもとにしたエネルギーの開発により、エネルギー革命を起こしたこと。
さらに、超能力を「新しい力」として物理法則に組み込むことで、「大統一場理論」が2013年に完成した。

この時、科学と超能力が一体となった。
これにより、人類の新しい進化が始まったといえるだろう。

このように、人類史上もっとも偉大な研究を成し遂げた所長ではあったが、ある日を境にして研究所の建物内に籠もる生活を続けていた。

研究所の所長にもなれば、基本的に研究だけに打ち込むことなどできない。
特に、研究所の規模が大きなこの組織は、運営のためのマネジメントが求められるのだ。

所長は、それらの業務をすべて3人の副所長と1人の事務局長、そして12人の理事に任せ、自分の研究の世界にのめり込んでいた。

研究所に引きこもっていると言っても、外部からの情報は、第5世代コンピューター「エキドナ」によって容易に入手できる。
だから、所長室に侵入した白衣を身につけたやせぎすの男、天野(あまの)のことも知っていた。

所長の部屋に侵入した天野は、磯嶋と牧石の能力開発のせいでエキドナが使用できなくなった男であった。
この天野以外にも、エキドナが使用できなくなった研究員は数多くいたが、ほとんどの研究員は「またいつもの所長命令か」と、ため息をすると、他の端末を使用するか、長期休暇を取得して余暇を過ごしていた。

所長が奇妙な命令を出すのは、今に始まったことではない。

普通であれば、天野も同じことを考えただろう。


しかし、天野は最近入所した磯嶋という研究員に強く敵対意識を持っていた。
天野と磯嶋は、似たような分野を専門にしていた。
そして、所長は入所したばかりの磯嶋に対して、名指しで命令したのだ。

それは今の所長が就任して以降、初めてのことだった。
他の研究員たちも、その事実に驚いてはいたが、「所長の命令だから」とさほど重要視していない。
せいぜい、「少年の子守を頼まれただけ」以上の考えを持っているだけだ。

だが、天野は違った。
所長が、磯嶋を重用して、自分を研究所から追い出すのではないかと考えたのだ。


天野は、真意を質すため、黙って所長室に入った。
この研究所にとって、所長室とは、来客を向かい入れるための部屋ではない。
来客者が簡単に来られないからだ。

ここの所長室は、事務を行うための部屋ではない。
事務仕事は、研究所の管理運営も含めて副所長や事務局長、そして理事たちに任せているのだ。
ここの所長室は、研究室であることが求められていた。

所長室の中央には、円形のテーブルが用意されていた。その中央に所長が座り、テーブルの上に置かれたディスプレーを眺めている。
研究室といっても、器具を使用する実験は必要ないため、研究室としては整然としていた。

所長は、天野が音を立てずに所長室に進入した時点で、天野に声をかける。
「天野君。わざわざ、直接私に会いに来るとは珍しいこともあるものだ。
今日は、エキドナのことか?
それとも、磯嶋のことか?」
所長の視線は、ディスプレーから離れることはなかった。
「どうせ、君の研究の成果がでるのは、まだ先だ。
エキドナにこだわることはあるまい」
「だからといって、少しも能力が出現しない少年に、貴重な機械を使用させるなんて、貴重な機械の浪費にすぎません」
「……。
君には、あの少年が能力を発揮していないと思っているのか。
なるほどな……」
「どういうことですか?」
天野は、所長を眺めていた。

所長は、目の前にあるディスプレーをしばらく眺めると、テーブルにあるキーボードにしばらく打ち込む作業を行った。

第5世代コンピューター「エキドナ」は所長室につながっている。
エキドナを通常使用するのであれば、端末やディスプレーすら不要なのだが、所長は昔のディスプレー、キーボードを使用していた。


「どうして、キーボードやディスプレーを未だに使用していますか?」
かつて、勇敢な研究員が所長に質問したことがある。
「私の研究はこちらの方が進むのでね」
それが、所長の回答だった。


「所長!」
天野は、返事をしない所長に腹をたて、詰問した。
所長室に無断進入した上に、所長の命令に反対し、あろうことか詰問までする研究員に対して、所長は少しだけ悲しそうな表情をする。
「……。
そうか、あれの価値がわからないとはな」
「?」

困惑する天野を無視して、所長は話を続ける。
「まあいい、十分な情報が得られた。
君の言うとおり、次の卒業試験で合格しなければ、実験は中止ということにしよう」
「ありがとうございます」
天野は、満足そうにうなずいて、所長室を後にした。

「確かに、時は満ちたな」
所長は、一人残った室内で別の研究のことを考えていた。



天野が、所長室を出た翌日に、所長から新しいメールが研究所職員に送られた。
そのメール内容は、
「翌日に、牧石の卒業試験を実施する」という内容であった。 
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