カルメン
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第一幕その七
第一幕その七
「ここはな。美人だがな」
それに関して少し残念そうであった。
「だがそれでもだ。ジプシーの歌は監獄で歌え」
「何処でも歌ってあげるわよ」
ここでもカルメンは平然としていた。
「ジプシーにとってはね。何処でも同じだから」
「言ったな。では望み通りにしてやろう」
スニーガもその言葉を買った。彼にしては高く。
「連れて行け。わしは命令書を書いて来る」
「はっ、それでは」
ホセが敬礼する。スニーガはそれに返礼してその場を去る。後にはカルメンとホセと兵士達が残ったがそれでもカルメンの態度は相変わらずであった。平然とホセに対して言うのであった。
「縄がきついわ」
「我慢しろ」
ホセは半ば無視するようにして言い返した。
「少しの間だ」
「あら、厳しいのね」
「御前が悪い」
ホセはここでも半ば無視していた。この時までは。
「だが。そんなに痛いのなら少し緩めてやるか」
「あら、その花」
カルメンはホセが近寄るとその胸にある黄色い花に気付いた。
「さっきあたしがあげた花ね」
「それがどうした?」
「持っていてくれたのね」
そう囁いてホセに笑う。ホセは今カルメンの縄を少し緩めていた。その彼に囁くのだった。
「ねえ」
「何だ?」
「逃がしてよ」
「馬鹿言え」
最初は取り合わなかった。
「そんなことができるものか」
「逃がしてくれたらバラキの石をあげるわ」
「バラキ?」
「小さな石でね」
カルメンはその石について説明をはじめた。
「持っていればどんな女からも愛される石なんだけれど」
「興味はないな」
まだこの時はそうであった。
「そんなものは。わかったら大人しくしろ」
「そう。ところであんた」
「今度は何だ?」
「ナバラの生まれだってさっき言ってたわよね」
「ああ」
ホセはその言葉には答えた。警戒する目でカルメンを見ながら。
「ナバラの何処なの?」
「エリソンドだ」
ホセは素っ気無い声で答えた。
「それがどうかしたか?」
「ふうん、じゃあ一緒だね」
カルメンはそれを聞いて言うのだった。
「一緒!?じゃあ御前も」
「エッチャラールよ」
にこりと笑ってホセに対して告げた。
「そこの生まれなのよ」
「だが御前は」
ホセは生まれを名乗ってきたカルメンに対して言った。
「ジプシーの女じゃないか。それでどうして」
「そうよ」
「それでどうしてナバラの生まれなんだ。それも俺に逃がしてもらいたい為の嘘なんだろう?」
「正直に言えばそうよ」
悪びれずに言うのだった。
「けれど。これから言うのは本当のことよ」
「それは何だ?」
「あんた、あたしが気になっているわね」
「馬鹿を言え」
ホセは頭からそれを否定しようとした。
「そんな筈が」
「じゃあその花は何?」
ここでその黄色い花を言ってきた。
「それは。どうして持っているのかしら」
「たまたまだ」
ホセは苦しい言い逃れをした。
「たまたまだ。それだけだ」
「本当に?」
「そうだ、もう話し掛けるな」
たまりかねて離れて言った。
「いいな、もう何も聞かないからな」
「じゃあこれからは独り言ね」
それでもカルメンは言うのだった。
「セビーリアの城壁近くの馴染みの店のリーリャス=パスティアの店に」
「あの店に?」
ホセも知っている店だった。明るい雰囲気の飲み屋である。
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