カルメン
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第四幕その二
第四幕その二
「エスカミーリョ!」
「今回も頼むぞ!」
子供達だけでなく他の群集達の歓声にも笑顔で右手を掲げて応えるエスカミーリョであった。その腰には剣が、左手には深紅のマントと。赤く着飾ったカルメンがいた。
「エスカミーリョ頑張れ!」
「見せてくれよ!」
「カルメン」
エスカミーリョはその歓声の中で自分の左にいるカルメンに顔を向けて声をかけてきた。
「若し俺が好きならもうすぐ御前は俺を好きになる」
「その言葉信じていいのね」
「勿論だ」
カルメンは何故か顔は笑みでも目の奥の光は暗いものがあったがエスカミーリョは違っていた。満面に笑みを浮かべているのであった。
「それはもうすぐだ。いいな」
「わかったわ。それじゃあね」
「あの酒場で」
エスカミーリョは闘牛場に向かう。その前にカルメンにこう告げた。そうして闘牛場に入る。するとそこでも彼は歓声に包まれるのであった。
カルメンはその歓声を背で受けていた。その彼女にフラスキータが歩み寄って声をかけてきた。
「カルメン、忠告するわ」
「一体どうしたの?」
「早くここを離れて」
そうカルメンに忠告するのであった。真剣な顔で。
「いいわね」
「何があったの?」
「彼がいるのよ」
メルセデスも心配する顔でやって来た。そうしてフラスキータと同じくカルメンに忠告するのであった。
「だからよ」
「そう、やっぱりいるのね」
「わかっているのなら」
「早く」
「運命からは逃れられないわ」
しかしカルメンは二人の言葉を受け入れずにただ呟くだけであった。
「決してね」
「運命!?」
「一体何を言っているのよ」
「ケリをつけるわ」
それがカルメンの返事であった。
「それだけよ」
「それだけって」
「まさかあんた」
「そうよ、会ってやるわ」
顔をあげ毅然として言うのであった。
「ホセとね。逃げることなんてしないわ」
「あんた、そんなこと言っていても」
「相手が」
「いいのよ、ここは任せて」
二人の忠告を受けようとはしない。あくまで顔を見上げて前を見据えているだけであった。
「わかったわね」
「わかったわ」
「そこまで言うのなら」
二人も観念した。そして彼女の言葉を認めるのであった。
「任せるわ。けれど気をつけてね」
「ええ」
一応は頷く。だが空返事である。
皆闘牛場に入りカルメンだけになる。闘牛場から華やかな音楽が聞こえてくる。彼女の前にみすぼらしい荒れ果てた服のホセがやって来た。顔も汚れ荒れた髭を生やしている。暗い顔と目を俯き加減にカルメンの前にやって来た。そうして上目遣いでカルメンを見据えている。それに対してカルメンは相変わらず毅然として顔をあげている。そうしてきっとした顔でホセを見据えているのだった。それまで華やかに鳴り響いていた闘牛場の音楽が止まった。その瞬間にまずカルメンが口を開いたのであった。
「あんたね」
「俺だ」
ホセは答えた。
「来ると思っていたわ。けれど逃げなかったわ」
「俺は別に悪いことをしに来たんじゃないんだ」
ホセはまずこう前置きをしてきた。
「過去は忘れよう。そしてやり直すんだ」
「やり直すですって?」
カルメンは動かない。動かないが眉を顰めさせた。
「無理な話ね。そんなことは」
「どういうことだ、それは」
「もう終わったのよ」
それがカルメンの返答であった。
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