カルメン
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第三幕その五
第三幕その五
「ミカエラ!?」
「俺の村の娘だ。もういいぞ」
ミカエラに出るように言う。
「俺がいるから安全だ」
「ホセ」
ミカエラは出て来るとすぐにホセの側までやって来た。そうしてまずは彼に抱きつくのであった。それから彼に言葉を伝えてきた。
「やっと言えるわ」
「言える?何を」
「私は貴方を迎えに来たのよ」
ホセから一旦離れて彼に告げる。
「俺をか」
「そうよ。お義母さんが危篤なのよ」
「母さんが」
「だから。すぐに村に帰って来て」
訴えかける目で彼を見上げて言うのだった。
「さもないともうすぐ」
「しかし俺は」
「行けばいいじゃない」
カルメンは迷いを見せたホセに素っ気無く告げた。
「そのまま村に帰ればいいわ」
「カルメン、じゃあ御前はもう」
「早く行けばいいのよ」
「くっ、そのままあの男と」
ホセにはわかっていた。だから行きたくはなかった。正確に言えば行かねばならないという気持ちと残りたいという気持ちが戦っていた。だがここでダンカイロ達も言うのだった。
「行った方がいい」
「そうよね」
「あんた達まで」
「なあホセ」
「これは本当に言うのよ」
ダンカイロ達四人は優しい顔と声でホセに告げてきた。
「この仕事はあんたには向かない」
「ずっと我慢していたんでしょう?」
「村に帰ってその娘と一緒になった方がいい」
「軍には謝って罪を償ってからね」
「だが俺は」
それでもホセはそれに従おうとはしない。それだけ必死だったのだ。
「このままここに」
「ホセ、御願い」
ミカエラはそんな彼にすがる。
「お義母さんはもう今日か明日かわからないのよ」
「そんなになのか」
「だから。御願い」
必死に彼にすがる。
「だから」
「くっ、わかった」
ここまで言われてはどうしようもなかった。彼としても。
「帰ろう。御前と一緒に」
「ええ」
「だが。覚えておいてくれ」
ダンカイロ達、いやカルメンを見据えた。冷たい目の彼女に対して言うのだった。
「俺は絶対戻るからな」
「ホセ!」
「わかっているさ」
またミカエラの言葉に顔を元に戻す。
「これでな」
「トレアドール、構えはいいか」
ここで遠くからエスカミーリョの歌声が聞こえてきた。
「戦いながらも忘れるな。恋が御前を待っているぞ!」
「俺に待っているのは」
ホセはミカエラと共に山を降りていた。エスカミーリョのその歌を聞きながら呟く。
「死だ。それ以外にはない」
何となく呟いた言葉であった。だがそれでもその言葉は。彼自身が気付かないままその回りに取り憑いてしまった。そうして彼の影となってしまったのであった。
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