アルジェのイタリア女
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第二幕その二
第二幕その二
「では及ばずながら」
「頼むぞ、侍従長」
「はい」
(今度はランタン持ちとは)
タッデオは心の中で誇り高きキリスト教徒、自由を愛するイタリア人がムスリムに仕えるのを悲しんでいた。なおランタン持ちとは取り持ち役のことを言う。
「では旦那様」
「うむ」
「宜しくお願いします」
「こちらこそな。では皆の者」
「はい」
他の者達はムスタファに応える。
「これからはこのタッデオ侍従長の言うことをよく聞くようにな」
「わかりました」
「侍従長、これから宜しくお願いします」
「ええ、こちらこそ」
侍従達の丁寧な挨拶と素朴な様子にはいい印象を受けた。だがやはり今の境遇を悲しむ気持ちは消えはしなかった。消せる筈もなかった。
「では私はまずは」
「何処か行くのか?」
「姪にこのことを伝えに行きます。宜しいでしょうか」
「いや、いいぞ」
ムスタファはにこりと笑って言った。
「喜びは伝えるがいい。いいな」
「わかりました。では」
タッデオは応えた。そして一礼してその場を後にするのであった。
大広間。今イザベッラはトルコの豪奢な服を着てそこに佇んでいた。リンドーロと別れてここでこれからのことを考えていたのだ。そこにズルマがやって来た。
「貴女は」
イザベッラの方がまず彼女に気付いた。
「宜しく、ズルマっていうのよ」
「ズルマさんね」
「イザベッラさんだったわよね」
「ええ」
まずは挨拶が交あわされた。
「宜しくね」
「こちらこそ」
「それでね」
ズルマが話を切り出した。
「何かしら」
「御妃様のことだけれどね」
「ええ」
「旦那様に捨てられるのじゃないかって凄く悲しんでいるの。それはわかるでしょ」
「けれど大丈夫よ」
イザベッラはそれを聞いたうえで言った。
「あの旦那様はね」
「わかってるみたいね」
ズルマはそれを聞いてニヤリと笑った。
「若しかしてと思ったけれど」
「誰だってわかるわよ」
イザベッラはズルマに対してこう返した。
「あれだけあからさまだとね」
「そうね。誰だってね」
ズルマは我が意を得たりといった感じで笑っていた。見ればイザベッラも笑っている。
「けれどね、御妃様は違うのよ」
「そうみたいね」
「あの方は純真な方だから。そう言われると凄く心配されるの」
「そして旦那様はそうして困っているのを見て喜ぶ」
「そういうこと。悪趣味でしょ」
「子供みたいね」
そうとしか思えなかった。
「あれさえなければあの旦那様も凄くいい人なのだけれど」
「で、どうするの?」
イザベッラは問う。
「あの旦那様引っ込めたいのでしょ?」
「それはそうだけれどね」
ズルマは考えを巡らせていた。
「今のところこれといって」
「ないのね」
「どうしたものかしら」
彼女は言った。
「これから」
「そうね」
何時の間にか二人は手を組んでいた。そして互いに考え合う。
「とりあえずあの旦那様本当は私なんかどうでもいいのよ」
「ええ」
「あくまで御后様だけ、そこがまず肝心ね」
「そうよね、それをまず念頭に置いて」
「ギャフンと言わせたいけど」
「ギャフンていうよりゲフッて感じだけれど」
ムスタファへの悪口であった。
「まあね。あの体格だから。ともかくね」
「もう二度とこんな子供じみたことはさせない」
「それが問題なのよ」
「そうよね、どうすべきか」
二人は考える。だがそこへタッデオがやって来た。
「ああ、そこにいたか」
「叔父様」
「あれ、貴女は」
タッデオはズルマに気付いた。
「確か御妃様の」
「ズルマよ、宜しくね」
「ああこちらこそ。ところでな」
ふと話を変えてきた。
「ええ」
「わしは今度侍従長になったのじゃ」
「侍従長に」
「それを伝えに来たのじゃが」
「そうだったの」
「またえらい出世ね」
これにはズルマも驚いていた。
「いきなり侍従長だなんて」
「何でもたまたま空席でわしがアラビア語もイタリア語も話せるからな」
「へえ」
「あっ、タッデオさん」
そこへ侍従の一人が来た。
「こちらへ旦那様が来られますよ」
「こちらにですか」
「はい、ここは侍従長としてお出迎え下さい」
「わかりました。では」
「頑張って下さいね、叔父様」
「うむ、では」
一応畏まって態度をあらためる。そしてムスタファを迎えるのであった。
「ようこそこちらへ」
「大した用事ではないのじゃがな」
ムスタファはこう断った上で述べる。
「実はな」
「はい」
「イザベッラに伝えることがあったのじゃ」
「私にですか」
「左様、この度そなたの叔父が侍従長になったのじゃがな」
「それはもう叔父様から直接聞きましたが」
「まあわしから直接言おうと思ってな」
彼は言う。
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