ソードアート・オンライン ~無刀の冒険者~
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SAO編
episode6 虚ろな風と再びの火種
「……!」
俺の拳が、金属質のヘルメットの顔面に鋭く突き刺さる。
相手は、身長は二メートルに迫ろうという漆黒の金属兵士。重厚な鎧は勿論、そのヘルムの下の顔も金属光沢を放つのっぺらぼうだ。色は、鎧も生身もどちらも黒。名称、『ブラック・ルーク』。このダンジョン、『盤上の古代遺跡』に出現する金属兵達の中でもHP、防御力共に最高ランクのモンスター。
「……おおおおおおおおおおっ!!!」
HP、防御ともに高いという、俺の戦闘スタイルでは相性最悪の敵だが、そこをレベル差で無理矢理に押し切る。もう何発目か分からない顔面への殴打が、硬い敵を爆散するポリゴン片へと変えた。
そしてその時には、俺の目は既に別の敵へと向いている。
次の敵は、背後から駆けてくる、白い金属兵が、四体。
片手剣と円形盾をもった二体の『ホワイト・ポーン』。長大な両手槍を携えた馬の頭部を持つモンスターは、『ホワイト・ナイト』。そして最後の一体だけは、鎧ではなく布製のローブを纏った金属の僧兵、『ホワイト・ビショップ』。携える武器は、…エストック。
無感動にそれを確認し、真正面から飛び掛かる。
減少した自身のHPを一瞥もしないで、飛び込んでの《スパイク・ハリケーン》。
あの日、ソラが死んで。
俺はこの、『チェス盤』と呼ばれる地に籠りきりになって、その硬いMobの群れを相手に狂ったように戦い続けていた。
◆
何度目かの意識の消失から目が覚めた時、俺はまた安全エリアに死んだようにうつ伏せに倒れていた。この『盤上の古代遺跡』は屋内のダンジョンだ。周囲の明かりは横の燭台からだけで常に一定量のため、今が昼なのか夜なのかも分からない。そして、何日が経過したのかも。
「……」
だが、そんなことはどうでもよかった。
もう俺には、できることなんてない。
なにかができるかもと思うことさえ、できない。
うつ伏せで転がっていたせいか、息が苦しい。ごろりと横に寝がえりを打つように転がると、古びた遺跡の、円形をしたドームの天井が見える。大きく一つ息を吸い、そのまま顔を覆う。眠ろう。なんの寝袋も用いないこの体勢でも、Mobのポップの無いこの場所なら問題ない。
勿論ここに犯罪者プレイヤーでも来れば、すぐさま俺は殺されるだろう。
「……」
だが、それももうどうでもいい。
右腕で視界を覆い隠して、その暗闇の中でぼんやりと考える。
なぜ自分はここに来たのだろうか、と。
はっきり言って、意識しての理由などは無い。ただ、ギルドホームのソファからぼんやりと起き上り、体の動くままに来たら、ここにいたのだ。この、敵が硬い、武器も様々で対策も立てにくい、高価なドロップアイテムも無い、レベル上げスポットの対極に位置するようなダンジョンに。
……様々な武器。
(……ああ、そうか)
ここには。ここに出てくる「ビショップ」の連中が使うのは、エストック。珍しい武器だ。
(……いや、それとも)
ここは、短剣を使うMobがいない。短剣の、赤黒い輝きを、見ないで済む。
(……考えるのは、よそう)
ぐるぐると回転し始める…或いは、キリキリと痛みを放ち始める思考を、無理矢理に断ち切る。眠ってしまおう。そして、起きたらまた、あいつらを倒し続ければいい。何も考えずに。何も得ず、何も生み出さずに。 暗がりに戻りかけた、その瞬間。
「シドさん」
凛とした美しい声と、二人分の足音が、俺の耳に届いた。
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