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英雄伝説 零の軌跡 壁に挑む者たち

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7話

夕暮れの森林地帯を走り抜けて行く一人の人影がいる。それを追う人影は一人や二人ではない。10数人の集団だ。それが全力疾走で駆け抜けていく。
その先頭を走る人影が開けた場所に出ると向こう側から飛び出した人影が飛び掛り引き倒したのだ。
すると笛が鳴らされて走っていた全員が一斉に倒れた。

「参ったな。あとちょっとだと思ったのに」

飛び掛られた人影、ロイドははあはあ息を切らせながら汗びっしょりですぐ隣で倒れている自分を引き倒した相手を見た。フランツが満面の笑顔でロイドから奪った笛を見せている。

「今日の追いかけっこは俺たちの勝ちだ!」

追いかけっこ。このノックス森林帯を使った総合追跡訓練である。正式名称は追跡捕縛訓練。
内容は至って明快。犯人役の候補生が刑事役の候補生から逃げるというだけ。
しかしこの本来なら警備隊のサバイバル訓練に使う広大な森林地帯全てがフィールドとあって実に大規模なものになる。森林地帯のありとあらゆるものを使って逃げ切れば良く、それを見つけて捕まえれば良いからだ。
この訓練は単純そうに見えて実に実践的で多くを得ることが出来る。
追う、逃げるで体力、瞬発力が付くのもあるが、犯人役はどのように逃げるかの判断を瞬時に行う対応力が求められ、刑事役はどのように隠れたのかを見極める観察眼や犯人を追い込むチームワークが求められる。
これにいつ逃げるかの時間調整と犯人の数で非常にバリエーションも豊富で。特にこの訓練で養われるのは逃げる思考を想定することだった。逃げる相手を追うということが重要なのだった。
そして今回ロイドが犯人役をやったのは一番難易度の高い見つかっている状態でここに逃げ込んだ場合のものだった。つまり余程足が速くないと逃げ切れないのだ。ロイドは出来るだけ逃げたのだが、足の速い候補生に捕まってしまった。

「足が速いな」

「これが武器なんでね」

足を叩いてみせるフランツと雑談しながら息を整えていると教官たちがやってきたので全員が起き上がった。

「ロイド候補生はリーダーシップもあるし観察眼も鋭いから追う側では一番なんだが逃げる側だとイマイチだな。それに仲間がいるときはもっと粘るが一人だとちょっとな。そこは班長というところかな、委員長?」

教官が訓練での評価を述べていくと訓練終了が言い渡されて全員学校に帰ることになった。

ロイドが警察官を志しクロスベル警察学校に入って2年が経っていた。共和国のおじさんの家に移ってから今後のことを考えたロイドだが、一年間考えた末に出した結論はすでに出ていたものだった。
兄貴のような警察官になる。最初からそれしかなかったのだ。
それ以外に目指すようなものもなく、またこの手で仇を取ってやりたいという思いもあったからだ。
そのためにどうすればいいか調べた結果、警察学校に入ることにした。
クロスベル警察でもっとも優秀で有名な兄も在籍したエリート部署、捜査一課。
そこに入る一番の近道が在学中に捜査官資格を取ること。通常は勤務経験がなければ受けられないのだが、教官の推薦があれば受けられるらしい。

そうして始まった学校生活で勉強は元々得意だったが体力には自信がなかった。そのため座学では常にトップを維持した一方で体力テストでは下から数えたほうが早いという始末だった。結果一年目は総合的には普通の候補生として終えることになる。
しかしロイドはこの入学から実家に帰らない、休みの日も街に出ない生真面目な候補生として有名になっていた。
家庭の事情、すでに天涯孤独の身の上だったり身一つで学校に入ってくる者も少なくないため、一年中寮にいる候補生は少なくないが、街にも出ないのは珍しかった。
その間、座学はもとより体力強化を繰り返した。警備隊から出向している武術担当のダグラス教官が来てからは熱心に頼み付き合ってもらった結果2年目はクラスの委員長として周囲の支持も集める文字通り優等生として知られるようになっていた。
そうして念願の捜査官資格試験を教官の推薦で受けるまでになり、ロイドはこの2年で随分逞しく鍛え上げられたが、それでもまだまだ風貌は少年らしい線の細さを残していた。
そうした実り多き学校生活ももう終わりに差し掛かっていた。来月には卒業である。

「ではバニングス。この三つの事件の犯人はわかるか?」

講義室にロイドが一人だけでダグラス教官が問題を出している。それも黒板全体に複雑な人間関係が書き示されており、いくつもの要因が複雑に絡む事件の関係図だ。

「最初の被害者の弟が犯人です。協力者は3件目の被害者です。この二人は取引先の会社の人間という関係がありますし不自然にお互いのアリバイを証明しています。それに被害者の弟は被害者たちが重傷を負うことで抱えている問題が全て解決しています。3件全てでこれが見られるのは彼だけです」

ダグラス教官は頷いた。

「さすがだな、バニングス。実務経験なしでこの問題を解いたのは初めてだ。これまでの成績も申し分ないし卒了時には捜査官資格が取れるはずだ」

緊張感が解けて息を吐いて机に突っ伏したロイドを教官は苦笑している。
終わった。2年間やってきた努力が実を結んだ。その充実感溢れる疲労感で胸が一杯だった。

「やっと兄貴に一歩近付けたかな」

独り言を言うロイドにダグラス教官が話しかけた。

「ところでこの事件に帝国と共和国が関わっているとしたらどうなると思う?」

「それは・・・・」

その一要素が加わっただけで急に今まで明瞭に答えが出た回答が出せなかった。
座学を教えてくれる教官や現役の警察官たちも帝国と共和国の扱いの難しさを何度も語って聞かせてくれている。
逮捕出来るとも出来ないとも言えない。逮捕したとしても外国人犯罪の場合、多くが本国への送還、国外退去が基本である。社会的にクロスベルでは失墜しても他国では自由に生活している、なんてことは多いと聞く。
そもそも逮捕自体が難しいかもしれない。難しい配慮が必要だと。

「現場でそれを学ぶんだ。配属希望は捜査課だったな。推薦は出しておく」

ロイドが一礼していると資料を片付けたダグラス教官が講義室を出た。そして廊下を進むと喫煙室でタバコを一服して待っていた中年の教官が話しかけてきた。

「合格か?」

「先輩、あいつは今年一番の当たりですよ。成績上位者はまだ何人かいますが捜査官資格を在学中に取っちまったのはあいつ一人です。即戦力として期待できますよ」

ダグラス教官は先輩と呼ぶ中年、セルゲイ・ロウがタバコに火を付けて煙を吐き出す。

「これで人員は揃った。もっと梃子摺るかと思ったが市民の人気取りだの言われても信用失墜中の警察は動いてることを見せるために俺の案を呑んだ。財団からの導力器優先手配で予算もぶん取った」

「あとは本人たち次第ですね。出来ると思いますか?」

「期待はしているさ。あいつの本気を見て、思い出したんだからな。一生気楽な教官暮らしのつもりだったってのに、それに俺が動けばいろんな因縁も集まるのさ」

「捜査課希望のバニングスには悪い気がします」

「そいつは仕方ねえさ。希望通りとはいかないがやる気次第で何でもやれるようにしてやるんだ。壁を越える意思があるかどうか最初に見せてもらうんだからな」


警察学校は専門機関なので卒業式はなく簡素に卒業証書と警察手帳と配属辞令を渡すのみだ。
配属先はある程度希望が通ることもあるが大体は下っ端から雑用しつつ仕事を覚えていくのだから大差はないと言える。
しかしロイドは少し複雑だった。いきなり捜査一課は無理にしても捜査官資格を取っているため捜査課には配属されるのではないかと内心期待していたからだ。

ロイド・バニングス。貴殿を特務支援課に配属を命じる。


「特務支援課?聞いたことないな」

教官に聞いても新部署ではないかと言うばかりで聞いたことがなく名前だけでは何をする場所か全くわからなかった。
ともかく卒業したのでまず荷物を送り、共和国にいる身元引受人になってくれているおじさんに挨拶しなければ。そうして胸を張ってクロスベルに帰ろう。
来月から一人前の警察官だ。 
 

 
後書き
なんかロイドだけ異常にやり辛い。膨らませる要素がないからだけど、主人公キャラって大概空っぽよね。
 
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