万華鏡
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第二十話 蚊帳その十二
「中に入られてもそれでもだけれどね」
「蚊帳は一人ずつ中に入るもの」
「そういうものなの」
「そう、気をつけてね」
それはだと言ってだった、景子は今度は右手に一升瓶、左手にコップを出してきた。そのうえでまた言うのだった。
「待ってるから」
「いや。お酒見せたられたらさ」
美優は景子が見せた二つに笑って返した。
「突っ込むからな」
「駄目?」
「ちょっとな」
誘惑が強過ぎるというのだ。
「だからまあそれは見せないでな」
「わかったわ」
景子も微笑んで応じる、そのうえで杯とコップは傍に置いて見せるのを止めた。
四人は一人ずつ蚊帳の端をばたばたとさせてから前転の要領で中に入った、美優から琴乃、彩夏に里香の順だった。
五人揃って入って車座になって早速飲みだす、景子は日本酒を飲みながら四人に言った。蚊帳の中はその色で緑色だった。
その緑がかかった世界の中でこう言うのだ。
「どう、蚊帳の中って」
「ううん、何かね」
「不思議な感じ?」
「テントの中に似てても」
「透けてるから」
性格には透けていないが薄い網目なのでそう感じるのだった。
「緑色の中に入って」
「そこで守られる感じ?」
「これが蚊帳の中なんだな」
「こんなのははじめてよ」
「そうでしょ。面白いでしょ」
景子は自分と同じ様に飲んでいる四人に言った。
「蚊帳の中って」
「こんなのなのね」
琴乃は梅干を食べながら言った。
「蚊帳の中って」
「もう蚊帳ってかなり減ってるから」
「私見たのはじめてよ」
こうも言う琴乃だった。
「いや、本当にね」
「日本酒はそうでなくてもね」
「あはは、これはね」
梅干の種は口の中に箸を入れて摘んで出して皿の上に置いてそのうえで答える琴乃だった。それから自分の酒を少し飲みもした。
「はじめてじゃなくてもね」
「いいものよね」
「お酒はね」
何度幾らでも飲んでもだというのだ。
「いいわよね」
「琴乃ちゃん日本酒は」
「随分飲める様になったかも」
以前と比べてかなりだというのだ。
「そうなったかもね」
「前はワイン派だったわよね」
「うん、そうだったけれど」
ティーセットと一緒に飲んでいたのだ。
「それでもね」
「変わったのね」
「日本酒も凄く美味しいし」
実際にまた飲む、他の四人と同じく。
「特に皆と一緒に飲むと」
「そうそう、お酒は一人で飲むよりはね」
里香も言う、彼女のつまみは柿の種が多い。
「皆で飲む方が美味しいから」
「そうよね」
「ビールでもワインでもそうだけれど」
「皆で飲むと」
「余計に美味しいのよ」
そうだというのだ、そして。
景子は四人にこのことも話した。
「このお酒って御神酒でもあるから」
「あっ、御神酒なの」
「それなの」
「一旦神前に捧げたから」
そうした酒だというのだ。
「神聖でもあるからね」
「そういうのって神社の特権よね」
彩夏も飲みながら笑って言う。
「蚊帳もかしら」
「蚊帳はまああれだけれど」
景子は蚊帳についてはこう返した。
「もうない神社の方が多いから」
「また別なのね」
「そう、だからね」
それでだというのだ。
「特別だから」
「また違うのね」
「昔は普通のお家にも。何処にもあったけれど」
蚊取り線香の普及まではそうだった。
「そうだったけrどね」
「ううん、そう思うとな」
「そうよね」
琴乃は美優の言葉に頷いて言う。
「この蚊帳の中にいるのもね」
「貴重な体験だよな」
「そうよね、だからもうちょっと」
「こうしていたいよな」
「この中で寝たかったらね」
どうすればいいかも笑顔で言う景子だった。
「何時でもうちに来ればいいから」
「それで景子ちゃんと一緒に寝るのね」
「そうすればいいいのね」
「そう、何時でもいいからね」
夏限定だがそれでもだと笑顔で言う景子だった、そうした話をしてだった。
五人は蚊帳の中でお酒を飲んで楽しい時間を過ごした。はじまったばかりの夏は緑色でありそれが心地よい幕開けとなった。
第二十話 完
2012・1・11
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