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呉志英雄伝

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プロローグ~邂逅~

 
前書き
初めまして。もしくはお久しぶりです。

以前、にじファンにて恋姫関連で二次小説を書かせていただいていた「赤いきつねとピンクのたぬき」と申します。

今回はこの拙作、『呉志英雄伝』を読んでいただくわけですが、注意事項にも書いたように基本的にはオリ主最強です。

ただ何故か自分の書く主人公はどこかしら心に弱点というか欠点があるので、それを四苦八苦しながら克服していくところを上手く書けたらなぁと思います。

それではどうぞお付き合いください。 

 
中国荊州南部の長沙。
この一帯を治める女傑・孫堅は、左右に自らの配下である黄蓋、朱治を従えて賊の討伐に赴いていた。




「数は…2000といったところか。賊にしてはよくまとまっておる」





少し高台から敵を見下ろし、白い髪を風になびかせて言うのは黄蓋。
その口ぶりからは少なからず、賊の集団を統率する人物への感嘆が見て取れた。その言葉に隣に控えていた燃えるような紅い髪を腰のあたりまで伸ばした妖艶な美女、朱治も頷いて肯定する。


「ええ、少なくとも今の皇帝勢力よりはマシな動きね」


朱治は吐き捨てるように言う。この大陸に匪賊が横行し始めてから数年が経過したが、漢王朝は未だにその動乱をおさめられずにいた。
それはつまり漢王朝の権威と軍事力の失墜を示しており、それが匪賊の横行に拍車をかけていた。


「今はこうして各地で細々と賊がはびこっているけれど、そのうちこの大陸を巻き込んだ一斉蜂起が起こる。ならば我らはここで少しでもその災いの芽を摘み取るのみ」

「「応」」


孫堅の言葉に傍らにいた二人はそれぞれの得物を構える。
それに呼応して、彼女らの軍勢も抜刀し戦闘態勢に入る。
・・・・・・とそのときだった。


「申し上げます!」


今から攻め始めんとする孫堅軍の本陣に斥候が息を切らして駆け込んできた。彼が来た方角からは砂塵が舞っている。
それを見て戦闘経験豊富な3人はすぐに状況を察する。


「別動隊じゃと!?」


背後からの突然の奇襲に部隊は混乱している。それと同時に敵本隊も動き始め、孫堅軍に挟撃を仕掛ける。
そして敵の別動隊は本陣目がけて真っ先に突撃を敢行している。普通の軍勢相手なら、この時点で賊の集団は勝ちを拾えていたのかも知れない。…そう、あくまでも『普通』の相手ならば…

賊の誤算はただ一つ。














孫堅らは場数を踏み、幾度の勝利をつかんできた猛者たちであること。






孫堅は黄蓋、朱治に指示を出し、すぐに軍勢を立て直し応戦を始める。そうなればやはり賊ごときでは正規兵と渡り合うのは不可能。
別動隊は瞬く間に殲滅され、2000いた本隊もあっという間に烈火の如く侵攻する孫堅軍に呑み込まれた。
孫堅軍の誰もが自らの勝利を確信した。












「これで決まったわね」


朱治の言葉がこの場にいる者全ての心を代弁していた。しかしそんな中孫堅だけは気難しい顔をしたままだった。


「…堅殿?どうされた」

「ん?祭か…。どうにもまだ一波乱ありそうでな…」

「お得意の『勘』か?」

「…ああ」


孫堅が黄蓋を『祭』と呼んだのは、この大陸に真名という風習があるからだ。それは本人に認めた人物にしか呼ぶことを許されない神聖な名前。
それを勝手に口にすることは万死に値するほど大事なものである。ちなみに朱治の真名は『焔』、孫堅の真名は『桃蓮』である。

さて、話を戻そう。
孫堅の勘だが、常人のソレとは一線を画している。いわゆる超直感というもので、その的中率は百発百中。
ゆえにこの軍の戦略において、孫堅の勘は到底無視できるものではないのだ。
その孫堅の勘が反応している。それはつまり実際にこのあと何かが起きるということ。
そのことを理解した黄蓋たちは否応なしに警戒度を引き上げる。すると敵を取り囲んでいた軍勢に動きがあったようだ。
そちらのほうに目を向ける3人。
そこには信じられない光景が浮かんでいた。












「人が宙に舞っている…!?」


そう、孫堅軍の兵士たちが次々と空に舞い上がるのだ。無論そのまま浮いているということはあるわけもなく、そのまま地に向けて自由落下を開始する。
到底生き残れるとは思えないほどの高さまで舞い上がった体は「グシャッ」と嫌な音を立てて地面にたたきつけられる。









「…来たようだな」


にわかに信じられない光景に思わず呆然としている祭、焔とは対照的に桃蓮だけはその一連の出来事の元をその眼に見据えていた。
気がつけば、顔を古びた布で覆った小柄な人物が桃蓮たちの目の前に現れていた。


「孫堅殿でよろしいでしょうか?」


本来あるべき感情がこもっていない声。そのことに桃蓮たちは少しばかり肝を冷やす。
声からは性別がまるで判断付かない。


「いかにも。…お前は何者だ」


目の前の人物は異質すぎるのだ。戦のさなかだというのに、どうして一人でここまでたどり着けようか。
そして何よりもその人物が持つ、身長の倍はあるであろう大剣。
それには肉片がこびりつき、鮮血が滴り落ちていた。


「名前なんかありません。ただ頭からの命令でここまできました」


それだけ言うとその人物は大剣を構える。


「では行きます」


相も変わらず感情のこもっていない声。
しかし布に覆われた顔から覗く視線には間違いなく殺意がこもっていた。


ダッ


周囲に聞こえるような大きな音を立てて、名の無い賊は大地を蹴り、一気に桃蓮に迫る。
だが桃蓮も大陸に名をとどろかせた武人である。自らの愛剣・南海覇王を抜き、迫りくる敵目がけて振り下ろす。


ドゴンッ


鋭い斬撃は敵を完全に捉えることはなかった。
わずかに敵の頭部を掠め、そして顔を覆っていた布がひらりと地面に落ちたくらいだ。
今まで見えなかったその賊の顔が日の光に照らし出される。


「「「っ!?」」」


その素顔を見た周囲の兵士たちは、本来討つべき相手を討つことに思わず躊躇する。それもそうだろう。何故なら…




「子供…だと!?」




相手は多く見積もっても精々12,3の少年だったから…

それを見た桃蓮にも少なからずの動揺が走る。そして少年はこの隙を逃そうとはしなかった。


「しまっ…!?」


気づいた時にはすでに大剣の間合い、そして既に動作に入っていた。全身を使い、遠心力を乗せた大剣が無防備な桃蓮の横っ腹に唸りを上げて襲いかかる。


(やられた!)


そう思い、来るべき激痛とそして死の苦痛に備え、桃蓮は歯を食いしばる。
だが、その激痛も苦痛もいつまで経っても来ることはなかった。


「やれやれ、儂としたことが想定外のことに呆気にとられるとは…」

「全くね…まだまだ精進が足りないみたい」


声の方を見てみると弓を構えている祭と焔が確認出来た。
そして次に下に視線を落とすと、そこには矢じりが潰された矢と、脇腹を押えながら意識を手放した少年。


「祭、焔。手間をかけさせたな。すまない」

「別にいいのよ。…ところでそこの坊やはどうする?」


桃蓮の謝罪を意に介することなく、焔は倒れている少年を顎でさした。


「…こいつには少し聞きたいことができた。事と次第によっては…」


そう言って、再び桃蓮は足もとの少年を見やる。
覆っていた布からはみ出た少年の赤い髪が大陸を抜きぬける春風にそよいでいた。












「名は何だ?」

「先ほども申した通りありません」

「年は?」

「10らしいです。頭の言ってたことですが」

「何故あの賊共とおったのだ?」

「分かりません。物心がついた頃には既に」


桃蓮、焔、祭から矢継ぎ早に繰り出される質問にすらすらと答えていくのは、先ほど捕えられた少年である。
ちなみに一行はすでに桃蓮の居城である長沙まで戻ってきている。そして目を覚ました少年の尋問に取り掛かっているのだ。
とは言ってもどれもはっきりしない答えばかり。
三人は思わず頭を抱える。


「…そう言えば…」


そんな三人の様子を見てかどうかは分からないが、少年は口を開く。


「名前かどうかは知りませんが、頭たちにはよく『人形』と呼ばれていました」


少年が何気なく言い放った一言に三人は絶句する。
少年の言が正しければ、少なくとも人間としては扱われていなかったのであろう。目の前の年端のいかない子供がそのような目にあっていることがたまらなくつらかった。
一方、その本人は先ほどからずっと顔に笑みを張りつかせたままだ。その表情でこのようなことを話されているのがまた不気味でもあった。


「…どうして笑っているのか、ですか?」

「「「っ!?」」」


心の内を見事に言い当てられ、桃蓮たちは思わず驚きを表に出してしまう。しかし少年はそんな様子に構うことなく言葉を続ける。


「何故かはわからないんですけど、こうやって笑っていると頭たちに殴られないですむんです。だから…」


話す少年の目にはわずかながらも悲しみの感情が宿っている。


「そうか…」


今の桃蓮にはそうとしか言えなかった。
もしかしたらこの子は賊に殺された子供たちよりもよっぽどつらい目にあってきたのかも知れない。いや、ほぼ間違いなくそうだろう。
それを考えると「今の自分たちにはかけてやれる言葉がないのではないか…」という思考にたどりつく。
気まずい沈黙が周辺を支配する。









ガシッ


「ひっ!?」



沈黙を破ったのは少年が発したかすかな悲鳴。











「怯えないの。…私たちはあなたの味方よ」


何と焔が少年の頭をかき抱いたのだ。少年は突然のことに驚き、そして戦場で見せた姿とは正反対のおびえた様子で体を恐怖に震わせていた。


「大丈夫」


焔は今一度少年に言い聞かせる。
少しだけ少年の震えが弱まる。すると焔は少年の頭をゆっくりといとおしげに撫でる。




「…今まで辛かったでしょう。色々なことをされて、生き延びるために人も感情も殺して…。でももう我慢しなくていいの。それに怯えることもないわ」





少年を気遣い、そしていつくしむ声がその場に溶けて消えていく。
数拍の間を開けた後、黙ってされるがままになっていた少年がようやく口を開く。





「…ホント、ですか?」


それは先ほどまで淡々と質問に答えていた無感情な声ではなく、年相応の怯えに満ちた声。


「ええ」


そんな声を聞いて、焔は少年の心が壊れてしまう前に何とか救いだすことが出来たのだ、と根拠のない、しかし間違っていない感触を得る。
焔の腕の中では小さな嗚咽を漏らし、涙を流す少年の姿。
焔は泣きやむまで、少年の頭を優しく撫で続けた。









――――――――――――――――――――








「落ち着いたか?」


泣くだけ泣き、少年は少しだけすっきりした顔をのぞかせる。
そして桃蓮はその様子を見て話を元に戻す。


「お前の処遇についてだが…」


そう言った瞬間、再び少年の体が強張る。少年は既に孫堅軍の兵士を何人も葬り去っているのだ。処遇と聞いて楽観的になれない程度の常識はすでに持ち合わせている。


「安心しろ。別に殺そうってわけじゃない。ただその前に聞きたいことがもう少しだけある」

「…何ですか?」

「あの背後からの奇襲…発案したのはお前か?」

「何!?このような子供がそんな芸当を出来るわけないっ!」


桃蓮の問いに祭がありえないと言った風に応える。
しかし桃蓮はじっと少年の顔を見つめている。


「…そうです」

「やはりそうか」


少年は沈黙を守っていたが、桃蓮のすさまじいほどの無言の圧力に遂には屈し、そして肯定の返事を返す。少年自身、この答えの持つ意味を分からないわけではない。
奇襲をかけることによって、少なくとも真正面からぶつかり合う以上の損害を孫堅軍に与えたのだ。そんな者の行く末など想像に難くない。
だからこそ少年は俯き、ギュッと目を閉じ、そして拳を強く握り締めて桃蓮の言葉を待った。


「この年でこれほどの才。…失うには惜しすぎる」


しかし桃蓮の口から出た言葉は少年に対する讃辞。


「どうだ?私に仕える気はないか?」

「…ふぇ?」


そして続いて出た言葉もまた少年には想定外の言葉。
あまりの急展開に少年は言葉を失う。


「そうだな。親もいない、そして名前もない、それでは余りにも不憫だからな。焔、コイツを引き取ってやれ」

「ええ、そのつもりよ」


そんな少年に関係なく、話はとんとんと順調に決まっていく。少年はただ呆然とその様子を眺めていることしかできなかった。


「というわけでよろしくな、童」


呆けていると、突然頭の上に手を乗せられる。
少年振り向いた先には同じく急展開に取り残された祭の姿があった。祭は少年の頭を焔とは逆に乱暴に撫でつける。


「我が名は黄蓋、字は公覆。…まぁこれからは同志じゃ。真名の祭と呼ぶことを許そう」

「私は孫堅文台。桃蓮と呼べ。そしてこっちが朱治、字は君理だ」

「自己紹介くらいさせなさいよ。真名は焔よ。これからはあなたの母親になるから存分に甘えなさい」


あっという間に自己紹介を済ませる三人に少年は返す言葉を探すが見当たらない。
何せ少年には名前などないのだから。
そんな少年の心中を察したのか、焔は自らの考えていたことを言葉にする。


「それでね、あなたの名前を考えたのだけれど…」


その言葉に少年は敏感な反応を示す。


「姓は朱、名は才、字は君業、そして真名は…そうね、偉大なる長江をなぞらえて『江』でどうかしら?」

「…」


何かを言おうと必死に口を動かす少年。
しかしどうしても出せない。代わりに嗚咽が漏れだし、そして頬を一筋の涙が伝う。


「き、気に入らなかったかしら?」


焔は焦って、泣きだした少年を慰めようとする。
それに対し、少年はフルフルと首を横に振って嗚咽まじりの声で返す。






「朱才……君業…名前を、ありがとうございます…母様」


名前もなく、人形として扱われてきた少年にとって、名前というのは非常に大きなものだった。憧れ、そして嫉妬の的。
今まで欲しくて欲しくて、でもどうせ手に入らないと思っていたものがようやく手に入ったのだ。その感動は計り知れない。


「…そう、よかったわ」


そしてその真意を感じ取った焔は今一度少年を胸に抱いて一言。


「これからよろしくね。江」


とだけつぶやいた。 
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