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戦国異伝

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第百十六話 三杯の茶その八

「もう一杯貰えるか」
「はい」
 若い僧侶は応えすぐにもう一杯出してきた。今度は。
 少し熱い茶が普通の量で出て来た、信長はその二杯目もすぐに飲んだ。これで二杯だったがそらにだった。
 信長は若い僧侶に対してまた言った。
「ではもう一杯じゃ」
「わかりました」
 若い僧侶はまた出して来た、今度は熱い茶が少しだ。その三杯目まで飲んだところで満足した顔で若い僧侶に述べた。
「見事じゃ、そうきたか」
「これが最も飲みやすいと思いまして」
 僧侶もこう答える。
「最初にぬるいものを多く出し」
「そして少し熱い茶を普通じゃな」
「それから熱いものを少しです」
「茶の濃さも変えておるな」
 信長はこのことも見抜いていた、そのことを若い僧侶に言う。
「そうじゃな」
「徐々に濃くしています」
 僧侶もこう答える。
「その様に」
「そうじゃな。徐々に濃くなっておったわ」
「やはりそれがいいと思いまして」
「飲みやすくか」
「最初にぬるく薄いものを多く出しそれから徐々に熱く濃いものを出すと人は飲みやすいです」
「量は徐々に減らしてじゃな」
「はい、それが最もよいので」
 僧侶はまだ若いがわかっていた、そしてそのことを信長に話したのである。
「そうした次第です」
「成程な。茶は一杯ではないか」
「喉が渇いているとどうしても何杯も飲みたくなるものですから」
 このことも言う僧侶だった。
「そうして組み立てた次第です」
「見事じゃ。ところで御主」
「はい」 
 話が変わってきた、僧侶もそれに応える。
「御主がよければこの寺から出てじゃ」
「織田家にでしょうか」
 僧侶はすぐにこう返してきた。
「お仕えせよというのですね」
「まだ何も言っておらぬがのう」
 信長は顔を笑わせてきた。しかし今はその目はあえて笑わせてはいない、顔だけを笑わせての言葉だった。
「何故それがわかった」
「織田信長公は無類の茶好きと聞いております」
「その茶を真っ先に頼んだからか」
「おおよそわかりました。それに」
「それにか」
「織田家といえば青です」
 僧侶が次に話に出したのは色だった。
「その青があります故」
「今わしは青を身に着けてはおらんぞ」
「いえ、その服の袖の下に」
 下に着ている一着、それを見ての言葉だった。
「青があります故」
「ほう、それを見てか」
「表は隠せても中は中々隠せぬものです」
 僧侶はこのことを指摘したのだった。
「ですから」
「よく見ておるのう。その通りじゃ」
「織田信長様ですね」
「うむ」
 ここでやっと目を笑わせて答える信長だった。
「その通りじゃ」
「私を織田家にですか」
「どうじゃ。来るか」
「喜んで。ですがその前に」
 僧侶は礼儀正しい態度で信長に話す。
「お願いしたいことがありますが」
「何じゃ、それは」
「私がこの寺を去ってもです」
「住職が困らない様にして欲しいというのじゃな」
「住職には幼い頃から色々と教え導いて頂きました」
 その恩があるからだというのだ。僧侶が今言うのはこのことだった。
「ですからそのことをです」
「わかった。ではこの寺に寄進をしてじゃ」
「はい」
「別の僧侶を送ろう」
「それではお願いします」
 こうしてこの若い僧侶も織田家に加わることになった、僧侶はすぐに還俗して名前を戻した、石田三成に戻ったのだ。 
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