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作者:50まい
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「いってきまーす!」



 日紅(ひべに)の元気な声が聞こえる。



「昨日やってた宿題持ったの?」



「もったー!」



 日紅は後ろを振り返りつつ答えている。



 その笑顔は明るい。太陽のように、きらきらと輝いたままだ。



 家を出るのが、少し遅くなってしまったようだ。日紅は少し早足で歩く。



「ヒベニ」



 いつもの道。光を反射して眩しい屋根。心地よく冷えた空気。



 日紅はスキップでもしそうな勢いで、真っすぐ続く白く塗装された道を歩く。



「ヒベニ」



 ふいに明るい朝には相応しくない、全身黒づくめの着物を着た男が道の端に現れた。けれど、日紅は彼の姿も、かけられた声も、まるで気がつかぬように、急ぎ足でせわしなくその横を通り過ぎる。



 そして男など一瞥(いちべつ)もせずに、そのまま去ってゆく。



 男はじっとその後ろ姿を見ていた。その間通りかかったサラリーマンや学生が、ぎょっとしたように男を凝視するのをまるで気にもかけず。



 日紅が見えなくなってから、男はゆっくりとヒトに見えぬよう姿を消した。



 わかってはいた。



 もう、日紅が男を見ることはない。ウロと、その名を呼ぶこともない。虚だけではなく、日紅の瞳は二度と(あやかし)を映す事はない。当然、声も聞こえるはずなどないのに。



 日紅は、奇妙なヒトだった。本当に。妖と関わるヒト。日紅と同じヒトを喰らうと知っても、日紅は虚を優しいと言った。



 足の横を小さな妖がころころと転がってゆく。右を見ればいいところに来たと、日紅の家の隣にある大木がざわめいた。



 最近、ここ一帯にいる妖が言うことはひとつだ。



「…なんだ」



 用件は分かっていたが、虚はあえて尋ねた。



「花を」



 やはり内容は一つだ。



大樹(たいじゅ)お主は動けただろう。なぜわたしに頼む」



「もう動けぬ」



 大樹はそっけなく言った。そうかと虚は頷く。命の終わりは誰にでも来る。そう、誰にでも。



「どの花だ」



「ワシの花を」



「命を縮めるぞ」



「構わんよ。勿体ぶる程のものでもない」



 はらりと虚の足元に薄桃色の花が落ちてきた。



「嬢ちゃんの優しい色だ。青更(せいふ)にこれ以上な花はあるまい」



「では預かる」



 虚はそれを拾った。懐にしまう。



「ワシはな、黒いの。昔、嬢ちゃんと青更に会いに行ったことがあってな。その時に祝言(しゅうげん)には呼べと言ったのだ。あれは、あながち狂言でもなかったのだが」



 大樹は独り言のように、ぽつりと零した。






















「よかったなぁ!ツミ!」



「よかったよかった!太郎!」




「わーっ!?」



「にぎゃっ!?」



 虚は足元で踊っている妖どもを蹴散らした。



「食人鬼!こらなにをする!」



「大樹の花を持ってきた」



「それにしても我らをよけて通ればよいであろう!」



「そうだそうだ!せっかくの祝い事を…」



 ぶつぶつ言う猫の妖を尻目に虚は公園に足を踏み入れた。



 古ぼけた遊具。奥へと進む。



 一番奥に、木があった。その根元は、花で溢れかえっている。



 見ている間にも、はらりはらりと花が降り積もる。



 その上に、虚は大樹から預かった花を置いた。花は喜ぶように(ほころ)んだ。



「お主とヒベニの祝言を大樹が見たがっていた」



 『彼』はもういない。そんなこと、ここで言っても詮無いことだ。わかってはいたが、虚の口をついて言葉は落ちた。随分、ヒトに毒されてしまったようだ。虚も、ここにくる妖たちも。



 『彼』は長い時間を生きてきた。故に『彼』の事を知らぬ妖はいなかった。



 誰にともなく、ここに花を飾るのが、『彼』への餞別となっていた。ヒトは大切な人が死ぬと、墓を作り花を飾る。



 所詮(しょせん)ヒトの真似ごと。しかし、ヒトと()った妖には相応(ふさわ)しかろう。



 風もないのに花弁は揺れる。歌うように、楽しげに。まるで、『彼』に日紅が寄り添っているかのように。



「馬鹿者が」



 虚は呟く。



 愚かだ。『彼』は自らが消えるのと同時に、日紅と(せい)から『彼』の記憶を消したのだ。妖と関わりすぎてしまった日紅が、もう面倒なことに巻き込まれないよう、ご丁寧に二度と妖を見ることも、声を聞くこともできなくしてしまった。



 そんなことを…あの太陽のような娘が喜ぶとでも思っているのだろうか。



「よかったなー楠美(くすみ)!」



「いやあよかった!よかった!」



 そこかしこで妖が宴会を繰り広げている。公園はいつになく賑やかだ。勿論ヒトの目には映らないが。



 妖は『彼』が消えたことを喜ぶ。死ねない『彼』がただ一人、真名(まな)を明かしてもいいと思える相手に出会ったことにただ喜ぶ。妖とヒトは生きる道が違う。本来交わってはいけないものだ。いくら心を添わせても一緒に生きていくことはできない。



「おい、食人鬼。次は俺の番だどいてくれ」



 ぬっと人型の細長いものが横から顔を出した。虚は横にずれた。妖は握っていた蒲公英(たんぽぽ)をそっと添えると両手を合わせた。



「…なんだそれは。何をしている」



「食人鬼、知らぬのか。ヒトはこうして手を合わせる。いなくなった者の幸せを願うのだ」



「願うだけか。無意味だな」



「ヒトは意味のないことが好きなんだろう」



 がくんがくんと妖は首を振った。頷いているつもりらしい。人型に慣れてはいないようだ。



「そういえば、食人鬼、おまえなぜあのヒトの子を食べぬのだ。おまえの印が付いているぞ。食べぬなら印を消してくれ。旨そうだ」



「ヒベニはわたしのものだ」



「ならなぜ喰わない。遊ぶにしても長すぎじゃないか」



「ヒベニが寿命で死ぬときに喰う。そう約束した」



「なに」



 妖は虚をみた。



「寿命とは、気の長い話だ」



「お主は短気だからな。ヒトの寿命など、あっという間だ。その間ぐらい生かしてやってもいいだろう」



「俺より気の短い奴が何を言う。印はひとつしかつけられないのに…おまえ、そうやってあの娘を守っているのか」



 風が吹いた。虚は答えない。さわさわと花が揺れる。雲間から光が差す。花弁はなおも降り積もる。



「梢」



「三郎」



「宵闇」



「尊人」



「水流」



 様々な妖が口々に『彼』の名を呼んでいく。いろいろな花が折り重なる。けれど答える声はない。



 『彼』の望む名を呼ぶものはもう、いないから。 
 

 
後書き
こんにちは。
最後まで読んで頂きありがとうございました。
これで、三人の物語は終わりです。
本当に、このお話を読んでくださった皆様に心から感謝をしたいです。
ありがとうございました。
以下だらだら後がきです。

書いている時に頂いた感想で多かったのが3人ともの幸せを願って頂けるものでした。
嬉しい半面、『彼』というお話は、最初からラストを決めて書いていたので、みなさんの感想を頂けば頂くほど、筆が重くなっていく…。読んでいる方から顰蹙かう終わりだろうなぁとは、自覚しています。
幸せにしてあげられなくてごめんなさい。本当に。

これはわたしが中学校のころに書いた小説でした。
そもそもの書くきっかけは、「これ以上ないくらい悲しい話って何なのかな」というものでした。
考えた末に、好きな人に殺される、ことが一番悲しいことなんじゃないのかなと思って、3話の短編で考えていました。各題は結構気に入っています。
わたしはどうも物語を長編にしてしまう癖があるようなので、できるだけ短く!そしてちゃんと終わらせる!と自己暗示をかけながら書いていました。
それでこの長さ…もちろん削れるところも多々あるのですが、もし改稿するのなら増えることは必至です。
話のほとんどは、最初から決まったものでした。日紅が犀を選ぶのも、『彼』が死ぬのも。でも青山くんと虚は予定外でした。こんな、出てくる予定じゃ、なかったんですけど…!特に虚は本当にいきなり出てきましたねぇ。齧られるのはごめんですが、なんだかんだ優しいところが好きです。青山君は意味深なところで出演が終わりましたけど…ええ、彼には本編で全く生かせなかった実は霊感が強いという設定を別のところで遺憾なく発揮して頂きましょうかね。
わたしは隠喩?トリック?が好きなので、全部読んだ後にもう一回読んで頂けると面白いところがあったり、するかもしれませんね。

書いているうちに、何度も何度も、「幸せな短編を書いてあげたい」「パラレルストーリーでいいから幸せに…!」と思いましたけど、それは、やっぱり、違うんですよね。彼らの物語はもうこれしかないんです。人生が一度きりしかないように。いくら選択が間違っていても、後から悔やんでも、未来から過去はかえられない。あしたを見ていくしかないんです。幸せな短編書くとしたら、やっぱり、過去の話かなぁ。パラレルストーリーは以上の理由で自主的には書かないと思います。リクエストぐらいかな…。

…なんて長々書いていると終わりませんね。とりあえず、ここまでとしておきます。
感想や一言、「どうして『彼』死んじゃったのーばかー」でも何でも頂けると嬉しいです。お待ちしております。
勉強不足で稚拙な乱文ですが、本当に、本当に、読んで頂いてありがとうございました。


50まい 
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