ラ=ボエーム
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第一幕その六
第一幕その六
「早くしろよ」
三人は最後にロドルフォに言う。そして彼はそれを受けてテーブルに座る。そしてペンにインクを付けて書こうとする。だがどうにも筆が進まないのだ。
「参ったな」
彼はそれを見て顔を顰めさせた。
「あと少しだっていうのに」
「あの」
ここで扉の外から声がした。女の声であった。そして次にノックが聴こえてきた。
「はい」
ロドルフォはそのノックに気付いた。そして席を立ち扉の方に歩いて行く。
「何でしょうか」
歩きながら考える。ここに尋ねて来るような女の知り合いがいるであろうかと。
「ムゼッタかな」
マルチャッロの前の恋人だ。だが彼女にしては声が可愛い。
「違うな。それじゃあ」
やはりわからない。誰なのか思いながら扉を開けた。
「どなたですか?」
「あの」
扉を開けるとそこには赤と白のチェックの長い服を着た少女がいた。白といっても全体的に汚れていて暗がりの中でも灰色に見える。その暗がりがさらに増していく中で。
髪は黒く、目は少し垂れ気味であるが切れ長ではっきりとしており、琥珀色の光を放っていた。鼻は高めでスラリとしている。だがその顔は白く、まるで雪の様である。そしてやややつれた印象を受けた。
「どうされました?」
「灯かりが消えてしまいまして」
「灯かりが」
「はい。宜しければ頂けないでしょうか」
「ええ、どうぞ」
ロドルフォはそれを入れてその少女を迎え入れた。
少女はそれを受けて部屋に入る。だが急に息が詰まった様になって顔を顰めさせた。
「どうかされたのですか?」
「はい、ちょっと」
少女は苦しそうな声で答えた。
「階段で。少し疲れてしまいまして」
「そうなのですか」
ロドルフォはそれを聞いて少し考えた。そしてコップにワインを注いで差し出した。
「どうぞ。気付けに」
「有り難うございます」
少女はそれを受け取った。ロドルフォはワインを渡しながら彼女の顔を見た。
「大丈夫ですか?」
顔色があまりにも悪いので尋ねた。
「あまり御気分がよくないようですが」
「いえ、大丈夫です」
少女は弱い声で言った。
「お気になさらずに」
「いえ、そういうわけにはいきません」
だがロドルフォはここでこう言った。
「ここは寒いですし。火でもあたりませんか?」
そう言いながらもう火が消えた暖炉に薪を入れようとする。だがミミはそれを制止した。
「いえ、いいです」
「いいのですか?」
「はい。ワインであったまりましたので」
「そうなのですか」
「それで灯かりを」
「ああ、はい」
ロドルフォはその言葉に動いた。そしてテーブルの上に置かれている蝋燭を差し出した。
「これを使って下さい」
「有り難うございます」
少女はその蝋燭を受け取る。ロドルフォはその間に別の蝋燭を取り出してそれに灯かりを点ける。そしてそれをテーブルの上に置いた。それからまた書こうとする。そこでふと少女の顔をもう一度見た。
(可愛いな)
最初見た時から実は思っていたがあらためて認識させられた。
(背も低いし楚々としていて。僕好みだな)
「あの」
ここでまた少女が声をかけてきた。
「あ、はい」
「どうも有り難うございます」
「いえ、いいですよ」
ロドルフォは平静を装って言葉を返す。
「蝋燭位」
「それではこれで」
「はい」
二人は別れた。少女はそのまま部屋を立ち去ろうとする。だがここでふと声をあげた。
「あっ」
「どうされました?」
「いえ、鍵が」
彼女は困った声をあげた。
「鍵が?」
「はい、部屋の鍵が。何処かしら」
今もらった蝋燭の灯かりを頼りに床の上を探す。
「あれがないと」
「あっ、お嬢さん」
ロドルフォは立ち上がって彼女に声をかけた。
「扉は閉めて。さもないと」
だがその言葉は遅かった。風が吹いて来たのだ。
「ああっ」
「遅かったか」
その風が少女が持っている灯かりを消してしまった。暗がりはさらに深くなっておりもう真っ暗であった。
「風が吹いて。火が消えてしまうので」
「そうだったのですか」
「申し遅れました。すいません」
「いえ、それはいいですけれど」
それでも少女の声はこまったものであった。
「灯かりをまた。頂きたいのですが」
「今度は火だけでいいですよね」
「はい」
声が頷いていた。ロドルフォはそれを受けてテーブルの上の蝋燭を持って少女のところへ向かおうとする。だがここでまた風が吹いた。そして火を消してしまったのだ。
「参ったなあ」
ロドルフォは火が消えた蝋燭を見て困った声で呟いた。
「どうしましょうか」
「仕方ありませんね」
とりあえずは扉を閉めた。それから言った。
「一緒に探しましょう」
「すいません」
少女はそれを受けて申し訳なさそうに言う。
「いえいえ、困った時はお互い様ですから」
「そうなのですか」
「ですからお構いなく。では探しましょう」
「はい」
こうして二人は暗がりの中うずくまり床の上を手探りで探しはじめた。やがてロドルフォの手に何かが当たった。
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