東方守勢録
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第十二話
「パチュリーさん、あと木の魔法一発分はいけますか?」
「はぁ……それくらい……なら……はあ……だいじょ……うぶ……けほっ」
「じゃあお願いします。美鈴さん、すいませんがパチュリーさんを」
「は……はい」
パチュリーは最後の魔法を唱え終わると、よっぽど体力が限界に来ていたのかその場に座り込んでしまった。
美鈴はパチュリーを肩で支えながら立ち上がると、俊司の指示通り後ろに下がっていった。
「妖夢、ちょっと来てくれるか?」
「はい」
俊司は妖夢を呼び寄せると、ポケットからあるものを取り出して手渡した。
「これって……」
「俺の携帯だよ。たぶんこれをもってたら文達がきてくれるはず」
「!? じゃあ、今ここで待ち続ければ……紫様がいればスキマで瞬時にここまで……」
「いや、たぶん大分時間がかかると思う」
「なんで……わかるんですか?」
「携帯にはGPSっていう機能があってそれで場所を判別できる。でも、それは幻想今日にはない技術で瞬時に判断できるからなんだ。にとりがその機能を実装できていたとしても、すぐさまできるとは思えないんだ。それにすぐにできたとしたら、さっき俺が文に連絡を入れた時点でここに来てるだろう?」
「……そう……ですね」
「だからこれは持っていってほしい」
「……わかりました」
妖夢は受け取った携帯を懐にしまうと、そのまま後ろに下がっていった。
「5回カウントする。それと同時にむこうにむけておもいっきり走り続けてくれ」
「それで?あなたはどうするの?」
「こいつを使ってここから援護します」
瞬時はそういって一枚のスペルカードを取り出した。
「5分はもつ……でも、それ以上は無理だ。チャンスは一回だから…」
「わかってるわ」
「じゃあ……始めるぞ」
「……ちょっといいですか?」
カウントを始めようとした俊司を、なぜか妖夢が引き止めた。
「絶対……帰ってきてくださいね」
「わかってる……でも、約束はしない」
「どうして……ですか?」
「変に死亡フラグになっちゃいやだから」
と言って俊司は妖夢に笑みを返した。
妖夢は一瞬ポカンとしていたが、俊司の意思が伝わったのか軽い笑みをこぼすと、静かに「はい」と返事を返した。
「じゃあ、始めるぞ……」
「ええ」
「5……4……3……」
あたりに緊張感があふれはじめる。同時に俊司の脳裏に緊張と恐怖の感情が流れ始める。
ここで失敗したらどうなるのか、みんなが逃げきっても自分はどうなってしまうのか、下手したらここで死んでしまうのではないか。考えたくもないことを考えてしまう。
だが、逃げることはできない。俊司は震える手に大丈夫と心の中で言い聞かせながら、カウントを続けていった。
「俊司さん……」
俊司の感情は他の全員にも伝わっていた。
少し遠くから見ても、俊司の手が震えてるのがわかる。だからこそ失敗するわけにはいかないと覚悟を決めた。
必ず彼は帰ってくると信じて。
「2……1……走れ!!」
俊司の掛け声とともに、妖夢たちはいっせいに走り始めた。
変換『犠牲と発達』
「聴覚を犠牲に!」
「やつら全力疾走で逃げていきます!」
逃げていく妖夢たちをみて、兵士がそう叫んだ。
「隊長が来るまで逃がすな!スナイパーあいつらの動きを止めろ!」
「りょうか……」
パァン!!
「ぐあっ」
突如発砲音が鳴り響き、命令を受けスコープを除こうとしたスナイパーは悲鳴をあげて気絶してしまった。
「なっ……なにが……!?」
兵士はまた妖夢たちのほうを振り返った瞬間、なぜか言葉を失ってしまった。
「どういうことだ……?空間がゆがんで……」
兵士が見ていたのは妖夢たちから約50mほど手前の場所。人影はまったく見えない。だが、その場所だけ、空間が軽くゆがんで見えていた。
まるで何かが行き来してるかのように……
「まさか……あの少年が!?」
と兵士が叫んだ瞬間、
パァン
と二回目の発砲音が鳴り響き、
「ぐあっ」
二人目のスナイパーが気絶した。
(聴覚の犠牲がこれほどの能力上昇につながるなんて……)
発動したスペルカードの効果に、俊司は自分が発動したにも関わらず驚きを隠せずにいた。
彼が犠牲にしたのは『聴覚』
目に見えない部分の索敵には必須なのだが、あえてそれを犠牲にすることで通常の何十倍もの効果を得ていた。
体全体が軽くなり自分のスピードで周りすべてがスローモーションに見える他、目に映る情報はそこから先が瞬時に計算できる。身体能力だけでなく思考能力までもが格段にパワーアップしていた。
そのためか、この距離ならスナイパーの方が有利になるはずなのに、
パァン!!
「あぐっ!?」
俊司は500mほど先にいるスナイパーを、寸分狂わずしとめていた。
だが、その分の代償もでかい。
聴覚を失い辺りは何も聞こえない。回り込んでくる敵がいれば即座に対応しないと確実にやばい。それ以外にも着弾音や発砲音が分からず敵の位置も把握しずらく、決して油断はできなかった。
(残り2分……)
俊司はスペルカードの発動時間を気にしながら後ろを見る。だが、そこには誰もいない。
なんとか逃がすことに成功したんだと俊司は一瞬ホッとしたが、安心はしていられない。とにかく目の前の敵を倒すそれだけに集中していった。
「全部隊!一斉掃射を開始しろ!」
向こうの革命軍はもう半分やけくそなのか、前兵士が一斉に発砲を始める。
だが今の俊司にとっては、ただの無駄うちにすぎなかった。
強化された視覚は、高速で飛ぶ弾丸ですらきちんと捉えていた。そこから脳へと情報が渡り弾丸の軌道を予測。あとは強化された身体能力で行動。
一連の作業をまるで流れ作業のように俊司はこなしていた。
だが、もう余裕など言ってられる状態ではなかった。
(たぶん……これがラストチャンス……)
スペルカードの発動時間がついに限界に達しようとしていた。
とにかく一人でも多くの兵士を倒す。俊司はそれだけを考えて再び行動を開始する。
「うおおおおっ!!」
パパパァン!!
三人の兵士をしとめた俊司は、再び木の裏に隠れる。
そして、同時にスペルカードの効果はなくなり、ゆっくりと失っていた聴覚が戻り始めていた。
「ここまで……なのか?」
俊司は無意識にそう呟いていた。
今出てしまっては、人数差を考えると確実にただの的になる。このまま殺されてしまうのか、それとも捕まってしまうのか、俊司の心は次第に恐怖によって埋め尽くされそうになっていた。
(怖い……ここに来て何度も恐怖に見舞われたけど……今回は心が押しつぶされそうだ……)
震える手足をなんとかして止めようとするが、体が言うことを聞かない。
そんな彼にゆっくりと魔の手がせまってくる。
「少年!そろそろ降参したらどうだ!この人数差、貴様でも勝ち目はないはずだ!!」
「……くそっ」
勝ち目がない、それはとうに分かっていたことだった。
だが、勝ち目がなくてもやらなくてはならないこともある。自分がここに残ることでみんなが助かるならそれでいい。俊司はそう決心していたのだから。
(あまり使いたくないけど……使うしかない……か)
俊司はポケットから一枚のスペルカードを取り出すと目の前に掲げた。
「あと五分ほど……悪あがきをさせてもらうか!」
そう言って俊司はゆっくりとスペルカードを発動させた。
変換『感情の真骨頂』
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