今もそこにいる
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第二章
「音楽の場にね」
「というか今度の舞台にもですか?」
「モーツァルトはいるのですか」
「私はいつも見ているよ」
ベームの言葉は周囲から見れば驚くべきものだった、だが。
彼は澄んだ顔でそれで彼等に言うのだった。
「カーテンコールの時にもね」
「いるんですか」
「そうなのですか、そこに」
「モーツァルトが」
「そう、いるよ」
ベームの主張は変わらない。
「ちゃんとね」
「マエストロが御覧になられている」
「そうなのですね」
「君達も見ることが出来るよ」
そうだというのだ。
「ちゃんとね。意識して見ればね」
「モーツァルトの姿を」
「まさか」
「私は嘘を言わないよ」
ベームはそうした人間ではない、人望もある。
その彼が言う言葉だ、周囲もそれを聞いてだった。
「やっぱり」
「それでも」
「まあ今度の舞台だよ」
その時にだというのだ。
「意識するといいよ」
「カーテンコールの時にですね」
「その時に」
「彼はいるよ」
モーツァルト、その彼がだというのだ。
「よく見るといるからね」
「ううん、マエストロだから見えるんじゃないんですか」
「そうじゃないんですか」
「誰でも見える筈だよ」
それで間違いないというのだ。
「彼は人懐っこい性格だからね」
「そうだったらしいですね、実際に」
「モーツァルトは」
寂しがり屋で人に愛されることを誰よりも望んでいた、それが実際に適えられたかどうかは断言できないものがあるが。
そのモーツァルトのことをさらに言うベームだった。
「いつも笑顔でいるからね」
「じゃあ会えることを願います」
「今度の舞台の時に」
「特に今度の舞台は魔笛だからね」
モーツァルトの最後のオペラとされる作品だ。
「彼はあの作品を今でもとりわけ気に入っているから」
「カーテンコールの時には絶対にですね」
「いるんですね」
「そう、いるよ」
ベームは微笑んでそれは間違いないと言う。
「私もいつも会ってるからね」
「そして私達もですね」
「彼に会うんですか」
周囲はベームの言葉に半信半疑だった、ベームの人間性は知っていて信頼出来てもその言葉は、だった。
それでいぶかしみながら魔笛の舞台を迎えた、その舞台はというと。
「今回もいいな」
「ああ、そうだな」
「流石マエストロだよ」
「モーツァルトはお手のものだよ」
今回もベームの指揮は見事だった、彼のそのモーツァルトの指揮はモーツァルトの音楽を最高の芸術にしていた。
その中で歌手達についても話される。
「モーツァルトの音楽は不思議だよ」
「確かに。どんなに難しい歌でも歌える」
「そして演奏出来るからね」
「夜の女王にしても」
今丁度第二幕だ、夜の女王が娘パミーナに対して怒りのアリアを歌っていた。
この歌は超絶的な技量を要求されるオペラの中でもとりわけ困難な曲として知られている、だがこの歌にしても。
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