今もそこにいる
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第一章
今もそこにいる
カール=ベームはモーツァルトやリヒャルト=シュトラウスの指揮で有名だ。ドイツ系指揮者の巨匠としてワーグナーも振る、だが。
「やはりマエストロはモーツァルトですね」
「そしてシュトラウスですね」
「シュトラウスさんとは交流もあったからね」
ベーム自身の言葉だ、彼は生前のシュトラウスと親しく交流していた。
それで彼の作品の指揮も出来た、作曲家その人を知りその音楽も知っていたのだ。
だから得意だった、そして彼が手本にしたモーツァルトもだったのだ。
「それにモーツァルトもね」
「得意にされていますね」
「よく振られていますし」
「モーツァルトは確かに天才だよ」
このことは間違いない、ベームも認めることだ。
だがそれ以上のことがあるとも言うのだった。
「けれどそれ以上にね」
「それ以上?」
「それ以上といいますと」
「彼が生きているんだよ」
「生きている?モーツァルトがですか」
「そうなのですか」
「うん、そうだよ」
ベームははっきいりとした顔で周りにこう話す。
「モーツァルトは今も生きているんだよ」
「モーツァルトの音楽がですか?」
一人が怪訝な顔で問うた。
「そういうことですか」
「それもあるよ」
ベームは微笑んで彼の言葉はあながち間違いではないと答えた。
「音楽は生き物だ、だからね」
「モーツァルトの音楽も生きている」
「今も尚、ですね」
「ロココの音楽だからワーグナーやシュトラウス先生の作品よりずっと古いんだ」
このことは事実だ、紛れもなく。
「死んでもう百年は優に経っているね」
「はい、まさに古典です」
「古典派になりますね」
「そう、けれど音楽は生きているんだ」
ばた言うベームだった。
「一度生まれたら死ぬことはない、芸術作品全てがそうだがね」
「モーツァルトの音楽も然り、ですね」
「そういうことだよ。けれどね」
言葉はここで終わらなかった、ベームはさらに続けた。
「彼自身もね」
「生きているのですね」
「そうなのですね」
「そうだよ、生きているんだよ」
モーツァルト自身もそうだというのだ。だが。
周りは彼のその言葉を聞いてもだった、怪訝な顔になり首を捻りそのうえでこうベームに対して返すだけだった。
「いえ、それは流石にないと思いますが」
「モーツァルトは既に泉下の人です」
「墓もあります」
尚その墓にはモーツァルトの亡骸はない、彼の亡骸はあまり評判のよくない夫人のせいで無縁墓地に入れられたのである。
それで彼の墓には彼の亡骸はない、今は何処にその亡骸があるのかというと土の下にいる人達だけである。
彼等もそのことは知っている、それで言うのだった。
「幾ら何でもそれは」
「ないと思いますが」
「いや、肉体の問題じゃないよ」
ベームは怪訝な顔になる彼等にまた笑って言った。
「魂なんだよ」
「そちらですか」
「魂のことですか」
「肉体は滅ぶが魂は不滅だからね」
ベームも知るあのバイエルン王ルートヴィヒ二世が信じていたことらしいそしてそれはベームも言うのだった。
「だからだよ」
「モーツァルトは今も生きている」
「魂は」
「そしているんだ」
何処にいるかというと。
「私達と共ににね」
「我々とですか」
「共にですか」
「そう、いるんだよ」
こう言うのだった。
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