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機動6課副部隊長の憂鬱な日々

作者:hyuki
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第106話:私たち、結婚します!(4)


なのはの実家である喫茶翠屋の前で、俺はポカンとその建物を見つめていた。

「ママ! ママのウチはお店なの?」

一方ヴィヴィオは、俺と違ってなのはの実家にランランと目を輝かせている。

「そうだよ。喫茶店なの」

「喫茶店って・・・ケーキを食べるところ?」

「うーん・・・ケーキだけじゃないけど、ケーキも美味しいよ」

「ホント!? ヴィヴィオ食べたい!」

「うん。お父さんにたのんでみるね」

「ありがと、ママ!」

テンションの高いヴィヴィオとなのはに俺はついていけず、
ただ、ぽつんと店の前に立ち尽くして、こじゃれた外観の店を眺めるばかりだ。

「じゃあ、はいろっか!」

「うん!」

なのはがヴィヴィオに声をかけて、ヴィヴィオが勢いよく頷く。
だが、心の準備ができていない俺は、少し待つように言うべく
なのはが翠屋の入り口の扉に手をかけたところで、なのはの肩に手を伸ばす。
が、俺の手は空を切り、翠屋の扉がカランカランという音をたてて開かれる。

ヴィヴィオの手を引いて中に入っていくなのはに続いて、
俺も店の中へと歩を進める。
年末とあってお店は休んでいるのか、店の中に客は誰もいない。

「なあ、お店は休みなのか?」

「そりゃそうだよ。大みそかだもん」

なのはが俺の方をちらっと振り返ってそう言ったとき、
店の奥から何人かの足音が聞こえてきた。
徐々に足音が近くなり、奥から4人の男女が姿を現した。

「やあ、なのは。お帰り」

「うん。ただいま、お父さん」

父さんよりはいくらか若く見える男性が、なのはに声をかけると
なのはは笑顔を浮かべてそれに答える。

なのはの答えを聞いたなのはの父親は、なのはに向かって笑いかけると
俺の方に目を向ける。

「君がゲオルグくんだね。僕は高町士郎、なのはの父親です」

「あ、はい。今回はお世話になります」

「いやいや、遠慮はいらないよ。大事な未来の娘婿だからね。
 自分の家だと思ってくつろいでくれればいいよ」

「ありがとうございます」

士郎さんに向かって頭を下げると、目の前に手が差し出される。
顔を上げると、微笑を浮かべた士郎さんが、俺に向かって手を差し出していた。

「まあ、これからもよろしくね。ゲオルグくん」

「はい。よろしくおねがいします」

俺はそう言って、士郎さんの手を固く握った。





・・・翌朝。
仕事もないのに6時という早い時間に目を覚ました俺は、あたりを見回して
なのはとヴィヴィオはほかの部屋で寝ていることを思い出した。
なのははこの家を出て何年も経つらしいのだが、今でもなのはの部屋が
そのまま残してあるようで、なのははヴィヴィオとそちらで寝ている。

身を起して布団から出ると、冬の冷たい空気にさらされてブルッと身震いし、
思わず布団の中に戻りたくなる。
が、気を取り直して部屋の隅にあるバッグのところに着替えを取りに行く。

バッグからトレーニングウェアを取り出してサッと着替えると、
部屋を出てリビングに向かう。そこには2人の男女が待っていた。

「おはようございます、恭也さん、美由紀さん」

俺が2人に声をかけると、こたつに座っている2人が俺の方に目を向けた。

「おはよう、ゲオルグ君」

「あ、ゲオルグくん。あけましておめでとう」

「あ、はい。あけましておめでとうございます」

一瞬、美由紀さんの言葉の意味を理解できなかったのだが、
昨日になのはから教えてもらった年始の挨拶だと気づいて、
とっさに挨拶を返す。

「どうだ? よく眠れたか?」

「そうですね。床に直接布団をしいて寝るっていうのはちょっと
 抵抗ありましたけど、ぐっすり寝かせてもらいました」

「そりゃ結構。じゃあ、道場に行こうか」

「そうですね」

恭也さんと美由紀さんが立ち上がって居間から出ていくので、
俺は2人の背中を追った。
俺がこんなに朝早く起きた理由は前日の夕食後に交わした会話にある。
士郎さんと恭也さんと美由紀さんは剣術を嗜むようで、
なのはから俺が剣を使った戦いを得意としていることを聞いたのか
恭也さんが稽古に付き合わないかと誘ってきたのだった。
俺も子供のころから剣術のトレーニングを続けてきているので
魔法抜きでもそこそこはやれるという自信があって承諾した。
が、こんなに早い時間に起きる羽目なるとは思っていなかったので
その時は多少後悔した。
だが、今となっては朝の冷たい空気に身を引き締められる感覚も手伝って
早起きも悪くないと思っている。

家の中を静かに歩き、裏手に回ると平屋の木造建築が現れた。
表の洒落た感じとは一線を画する雰囲気に気圧され、俺は一瞬足を止める。

「どうした?」

「いえ、なんでもないです」

足を止めた俺を不審に思ったのか、道場に入りかけた恭也さんが
俺の方を振り返る。
俺は恭也さんに対して首を横に振ると、2人に続いて道場に足を踏み入れた。
道場の中は板張りの床で、外とほとんど温度の変わらない、ひんやりとした
空気で満たされている。

「さあ、はじめようか。好きな木刀を使ってくれていい」

低く抑えられた声で言う恭也さんに対して小さく頷くと、
壁に掛けられた木刀の一本に手をかけた。
その形状はレーベンにも似た、わずかに湾曲した形状をしている。
木刀を握り、2度3度振るって感覚を確かめると、恭也さんに向かって頷く。

「それでいいんだな。じゃあ、こちらへ」

恭也さんに招かれるまま、道場の中央に移動すると、
正面には木刀を握った美由紀さんが立っていた。

「今日は美由紀の相手をしてもらう。いいな」

「はい。よろしくお願いします」

恭也さんは美由紀さんに向かって無言で頷き、美由紀さんも
同じく無言で頷き返す。

「じゃあ、はじめよっか」

そう言った直後、美由紀さんの表情からスッと色が抜け落ちる。
俺が木刀を構えると、美由紀さんも木刀を構える。
美由紀さんの動きを見定めようと、じっと美由紀さんを見ていると
不意に、美由紀さんの姿が掻き消えた。

(なっ!)

何かが来る!という直感のままに木刀で防御の姿勢を取った直後に
木刀と木刀がぶつかり合い、カンッという鈍い音が静寂に包まれた道場に響く。

「へぇ、初見で防がれるとは思わなかったなぁ」

やけに間延びした口調で美由紀さんは言うのだが、
俺は何が起こったのか理解できず混乱の極致にあった。

(なんだよあれ! 魔法・・・なわけねえし。訳がわからん!)

俺が混乱から抜け出せないでいると、美由紀さんは一旦距離を取る。

(くそっ、また来るぞ・・・。どうする、どうする・・・)

その時、俺の頭の中に相棒の声なき声が響く。

[《マスター、大丈夫ですか?》]

[レーベンか。まあ、大丈夫だ。]

[私の助けが必要なんじゃないですか?]

[《命を取られるような戦いじゃなし、ここは一人でやらせてくれ》]

[・・・わかりました]

レーベンは最後に不満そうな声を出して引き下がった。
再び、美由紀さんとの戦いに集中する。

(さあ、今度はこっちから行くか!)

俺は気を取り直し、美由紀さんに向かうべく板張りの床を蹴った。





・・・1時間後。
俺は大の字になって道場の床に寝転がっていた。
結局、美由紀さんの攻撃を満足に防ぐことができたのは、最初の1回と
終盤の何度かだけで、俺の攻撃はかすることすら1度もなかった。
結果、俺は美由紀さんにボコボコにされたわけだ。

「大丈夫か?」

やられっぷりを見てさすがに心配になったのか、恭也さんが俺の顔を覗き込む。

「まあ、なんとか」

「悪かったな。美由紀が途中から調子に乗ってしまって・・・」

「ちょっ、あたしのせい!?」

タオルで汗をぬぐっていた美由紀さんが慌てて駆け寄ってくる。

「ゲオルグ君に満足に攻撃を当てられないからといって、
 ムキになって本気を出す美由紀が悪い」
 
「あたし本気なんか出してないもん」

恭也さんと美由紀さんが口論を始めたのだが、俺は仲裁に割って入る気力もなく
2人が言い争う様を床に座り込んで茫然とみていた。
しかし、そういう光景は5分も見れば飽きてくるようで、
体力が回復してきたこともあって、止めに入ろうと身を起こそうとした。
そのとき、不意に道場の入り口が開かれた。

「お兄ちゃん、お姉ちゃん。 お雑煮できたよ・・・ってゲオルグくん!?」

道場に入ってきたのはなのはだった。
なのはは、床に倒れ伏している俺を見て、慌てて駆け寄ってきた。

「どうしたの!? あ、ここアザになってるじゃない! 大丈夫?」

「大丈夫・・・ではないけど、平気だよ。心配ないって」

「なら、いいけど・・・。何があったの?」

「恭也さんと美由紀さんに剣術の訓練をしてもらってただけだよ」

「お正月なのに?」

「まあ、こんな機会めったにないしな。いい経験をさせてもらったよ」

「ふぅん・・・」

なのはは小さくそう言うと、恭也さんと美由紀さんの方に目を向ける。

「無理にやらせたわけじゃないんだよね?」

「当り前だ」

「・・・なら、いいや。 それより、お雑煮ができてるから食べようよ」

なのはは微笑を浮かべてそう言うと、道場から出て行った。

「ごめんね、ゲオルグくん。ちょっとやりすぎちゃった」

美由紀さんが深く腰を折って、俺に向かって俺に頭を下げた。

「そんな、やめてくださいよ。確かに軽く怪我しましたけど、
 いい経験ができたと思ってるんです。感謝してます」

「まあ、そう言ってくれると俺達も助かるよ」

「それはそうと、俺の力はどうですか? いや、まだまだってのは
 判ってるんですけどね」

「そうだな・・・、よく訓練されている動きだと思ったよ。
 俺達と張り合うにはまだまだだけどな」

「ありがとうございます。次はもっと腕を上げてきますよ」

俺がそう言うと、恭也さんは声を上げて笑った。

「楽しみにしてるよ。さ、雑煮を食べに行こう」

「はい、そうですね」

俺は恭也さんに向かって頷くと、床にてをついて立ち上がった。





その後、お節料理とお雑煮という正月特有の料理を朝食に頂いたあと、
俺となのはとヴィヴィオは、近くの神社に初詣に行くことになった。
俺とヴィヴィオはすぐに服を着替え終わり、居間に戻ってきたのだが、
なのははなかなか姿を見せない。
居間で15分ほど待って、ヴィヴィオが退屈そうにし始めたころ、
居間の引き戸が開いた。

「お待たせしちゃってごめんね。ヴィヴィオ、ゲオルグくん」

声につられて目を向けると、普段とは全然違う格好をして
照れくさそう人笑っているなのはが立っていた。

「えへへ、晴れ着出してもらっちゃった。どうかな?」

「ん、ああ。なんか、変わった服だな」

普段とは全く違う雰囲気に、不覚にもドキッとしてしまい、
そんな言葉しか出てこない。
それを知ってか知らずか、なのはは照れ笑いを浮かべたまま
俺の言葉にこたえる。

「うん。これはね、特別な時にだけ着る伝統的な服なの」

「よく似合ってる。かわいいよ。な?ヴィヴィオ」

「うん、ママとってもきれいだよ。ヴィヴィオも着てみたい」

「2人ともありがとね。ヴィヴィオのぶんはお母さんに頼んどくから、
 また今度ね」

なのはが少し頬を染めてそう言うと、ヴィヴィオは嬉しそうに大きく頷く。

「じゃあ、そろそろ行くか?」

「そうだね、いこっか」

なのはが頷き、俺とヴィヴィオはこたつから出て立ち上がる。
玄関から外に出ると、早朝ほどではないにせよ冬の冷たい空気にさらされる。

「うっ、結構寒いね」

なのはがブルッと肩を震わせて、いかにも寒そうに玄関から出てくる。

「大丈夫か?」

「うん、平気。心配してくれてありがとね」

最後に、コートを着て少しモコモコになっているヴィヴィオが出てきた。

「大丈夫?寒くない?」

「うん、平気! 早く行こうよ、ママ!」

ヴィヴィオは元気に頷いて、なのはの手を引いて先を歩き始める。
俺はそんな2人の様子をほほえましく思いながら、少し後をついていく。
しばらく歩いて行くと、周りにだんだん人が増えてくる。
中には、なのはと似たような格好をしている女性もいる。
それらの人たちは先に行ったところで、石でできた階段を上っていく。
なのはもヴィヴィオの手を引いて、同じ石段を登っていくので
俺もそのあとに続いて上る。
石段は、自然石を使ったものなのか、一段一段の高さがまちまちで
登りづらいことこの上ない。
それでも気をつけながら石段を登っていくと、やがて頂上に少し開けた
場所があって、奥に木造の建物が立っている。

「さ、神社についたよ。みんなでお参りしようね」

「はーい!」

なのはの言葉にヴィヴィオは元気よく手を上げて応える。
一方俺は、なのはに向かって無言で小さく頷く。
俺とヴィヴィオの反応を確認したなのはは、奥の建物に向かって歩き出す。
建物の前には人々の行列ができていて、何やら拍手をしたり、
左右の手を合わせて建物の方に頭を下げている。

(なんだこりゃ?)

俺は見慣れぬ光景に気圧されながら、なのはの後に続いて歩いていく。
前を歩くなのはとヴィヴィオの会話を聞いていると、お参りの作法について
話をしているようだった。
それによれば、”お参り”とは土地の神様に1年のお願い事をする行為らしい。

しばらくして、俺達の番が来た。
俺はなのはの作法を見よう見まねでまねて、お参りとやらを済ませた。
建物の前を離れたところで、なのはが話しかけてくる。

「ねえ、ゲオルグくんは何をお願いしたの?」

「俺となのはとヴィヴィオの健康だよ」

「へ? なんかゲオルグくん、おじん臭いお願い事だね」

なのはが呆れたような目を俺に向けてくる。

「ほっとけよ。それより、なのははどんな願い事をしたんだ?」

「わたし? わたしはね・・・ゲオルグくんには秘密だよ!」

なのはは少し赤い顔で、悪戯っぽい笑顔を浮かべていた。

「はぁ? そんなケチくさいこと言わずに教えろよ」

「ダーメ! ゲオルグくんには絶対教えないんだから!」

そう言ってなのはは、自分の口元に人差し指を立て、
俺に向かってウィンクしてみせた。





昼前には初詣から戻った俺達は、高町家でお昼とお茶をごちそうになり、
のんびりと過ごした。
その間、ヴィヴィオは高町家の庭で美由紀さんに遊んでもらったり
したようだったが、俺の方はこたつに潜り込んで、ミッドから持ってきた
本を読んだりしていた。

夕方になり、俺は翌日から当直なので帰らなければならず、
残りたそうにしているなのはやヴィヴィオを置いて、一人で
ミッドに帰ろうかとも思った。
だが、なのはとヴィヴィオに言うと、2人とも一緒に帰るといったので
3人そろって高町家を後にすることにした。

「また来てね。待ってるから」

「はい。美由紀さんにリベンジしないといけませんし、近いうちにまた来ます。
 今回はお世話になりました」
 
俺はそう言って士郎さんに向かって頭を下げた。
隣では、美由紀さんがヴィヴィオと離れ難そうにしていた。
どうも、ヴィヴィオは若い女性に絶大な人気を誇るらしい。

「それでは、失礼します」

玄関先でもう一度3人そろって高町家のみなさんに向かって頭を下げ、
俺達はミッドへの帰路につく。
来た時と同じように3人で手をつなぎ、転送の中継地点である
すすかさんのお宅へと歩く。

「どうだった?はじめての地球は」

「そうだな・・・まあ、楽しかったよ」

「そう? それならよかった。 よかったらまた来ようね、一緒に」

「そうだな。また来よう。な、ヴィヴィオ」

俺が話を向けると、ヴィヴィオは大きく頷いた。

しばらく歩いて、すずかさんの家の前にたどり着く。
立派な門の前で待っていると、門の向こう側からすずかさんが姿を現した。

「待ってたよ、なのはちゃん」

「ごめんね、いつも迷惑かけて」

「ううん。全然迷惑なんかじゃないし、なのはちゃんとあえて嬉しいよ」

「ありがと、すずかちゃん」

なのはとの会話を終えたすずかさんが、俺の方に目を向ける。

「ゲオルグさんはどうでした? なのはちゃんの故郷を訪れた感想は」

「いいところだと思いますよ。人は優しいし、環境も厳しいわけじゃないし。
 引退したら、こっちに住むのも悪くないかもしれませんね」

「引退したら・・・って、ずいぶん先のことじゃないですか?」

「まあ、そうなんですけど、いずれ来ることですしね」

俺がそう答えると、なのはが呆れた目を向けてくる。

「ゲオルグくん、それはさすがに気が早すぎるよ・・・」

なのはの反応に俺もすずかさんも噴き出してしまう。
それを見て、はじめは憮然としていたなのはも最後には笑っていた。
やがて、転送地点にたどり着き、すずかさんが俺達から距離を取る。

「きっと、また来てくださいね。 その時はおもてなししますから」

「はい、必ず」

そう言って頷いた時、俺達3人を白い光が包み込んだ。
こうして、俺達家族の地球訪問は幕を閉じた。

 
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